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魔王と妖精  作者: 銀月
本編
1/29

魔王と妖精

短編「魔王と妖精」をこちらに入れました。

内容は短編と同じです。

 森の中には魔王が棲んでいる。

 森の中は、魔の領域だから。


* * *


「おや、こんなところに合いの子が来るなんて珍しい」


 何十年かぶりにわたしを訪ねてきたのは、淡い色合いの髪と目に僅かに尖った耳を持つ、ヒトと妖精の合いの子だった。


「あなたが魔王様ですか?」

「外から来るものには、そう呼ばれているよ」

「昔、あなたがわたしの曾祖母の曾祖母の曾祖母である妖精にくださった指輪があります。これがあれば魔王さまがお願いを聞いてくれると知って、ここへ来ました」

「ほう?」


 たしかに、かなり以前、ある妖精に困ったことがあったらわたしを訪ねておいでと、指輪を渡したことがあったと思い出す。

 そうか、あれはもうそんなに前のことだったのか。

 彼女がここまで無事にやって来られたのは、そうか、その指輪を持っていたからなのか。


「魔王様、お願いです、殺されてください」

「……殺されろと? 今ここで、お前にか?」

 “お願い”が、まさか“わたしの死”とは! 長く生きてはいるが、さすがに驚いたぞ。

「いえ、これから来る騎士様にです」

「何故?」


 合いの子は逡巡を見せてから、言葉少なく語った。


「騎士様に、恩返しがしたいのです」

「恩返し?」

「はい。騎士様は、思い人である姫君と結婚するためには、あなたを倒さねばいけないのです。私は騎士様の思いが叶ってほしいのです。

 でも、魔王様はとても強いのだと聞きました。

 だから、魔王様、お願いします、騎士様に倒されてください」

「合いの子よ、お前は自分が言っていることが無茶苦茶だとわかっているか?

 お前の騎士は、弱いのか?」

「……いえ、いえ、騎士様は国一番の強いお方です。でも、万が一にも、死んでしまったらと思うと……。

 魔王様は、指輪を持ってくれば、どんなお願いでも叶えてくれると聞きました。どうかお願いします。騎士様に倒されてください!」

 合いの子は、涙ながらにわたしにとりすがり、懇願する。

「……お前は、その指輪を渡した本人ではないから、代償が必要だ。

 お前の寿命の半分をわたしに寄越すと言うなら、その願いを叶えてやってもよい」

「ほんとうですか!? 寿命の半分など惜しくありません。お願いです、魔王様」


 この合いの子は、自分がどんなことを願っているのか、わかっているのだろうか?


* * *


「魔王よ、私は騎士カーライル。お前を討伐に来た」

「ほほう? このわたしを滅ぼすと?」


 数日後、確かに騎士が現れた。

 美丈夫と言っていいかもしれない見事な体躯に、金の髪と抜けるような青い瞳の美貌。しかも、ここまで単身乗り込むとは……鎧についた傷や汚れから、相当な戦いがあったことも見て取れる。なるほど、確かに腕も立つのだろう。国一番というのも頷ける。

 何せ、ここは魔の森なのだ。ただの人間が運だけでここまで来られるはずがない。


「……滅べと言われて、わたしが素直に滅ぶと思うのか?」


 周囲に揺蕩う闇を掻き集め、わたしは地の底から響くような嘲り声で騎士に応える。

 わたしの周囲に、パチパチと火花のように魔力がきらめく。


「わたしに滅べと言うのなら、その実力を持って成してみよ」


 魔力を束ねて放つと、驚くことにその騎士は弾いてのけた。なるほどなるほど。


「ほう、これは驚いた。人間のくせに、なかなかの腕のようだな」

「魔王にお褒めいただくとは、私も鼻が高い……参る!」


 騎士は私に向かって踏み込み、剣を一閃する。おや、これは本気で強い。

 わたしはさらに魔力を放とうとする……が、その間に何合も騎士は斬り込んでくる。

 合いの子よ、お前の騎士は相当な腕だぞ。

 軽くやりあったあとにやられた振りでもしてみようと思っていたが、これはなかなかのものだ。騎士の剣を魔力で弾きながら、わたしはどうしようかと考えた。


「なかなかやる。ならば……」


 わたしは再び魔力を凝縮し、練り上げる。下手な小細工を施すよりもこのほうが説得力もあるだろう。

 わたしは魔力の狙いを騎士に絞り込み、解き放った。騎士はさすがに躱し切れなかったのか、左肩でそれを受け……そのままわたしを袈裟懸けに切り上げた。

 かなりの衝撃だ。これはさすがのわたしでもきつい。


「みごとだ……」


 わたしは口から血を吐き出し、仰向けに倒れた。おお、腕が動かぬ。さすがにここまでいったのは久しぶりだ。これは危ない。

 騎士にも手応えがあったのだろう、しかし油断なく剣を構えたままわたしに近寄ってくる。


「騎士よ……なんと言ったか」

「カーライルだ」

「なるほど、カーライルか。お前、知り合いに合いの子はいるか?」

「? エルを知っているのか?」

 そうか、合いの子はエルというのか。訝しげな顔をする騎士をよそに、わたしは笑った。

「ふふ、楽しかったぞ、騎士カーライルよ。お前は強いな」


 その言葉を最後に、わたしの身体は霧散した。

 あとに残ったのは、暗く日の差さない静まり返った森と、わたしの頭にあった2本の角。


 騎士カーライルは、魔王討伐の証にとその角を拾い上げ、森を出た。


* * *


「さて、お前の寿命の半分を頂こうか」


 騎士が去った後、どうにか身体を集め終わったわたしは、合いの子に告げた。

 合いの子は震えながらこくりと頷いた。


「ふむ、お前は合いの子だから、半分なら100年といったところか。ならば100年の間、わたしに付き合ってもらうとしよう」

「……付き合う? 寿命を吸い取るのじゃないんですか、魔王様?」


 “その時”を待っていたらしい合いの子は、ぽかんとわたしを見上げた。

 いや、わたしも随分消耗し、合いの子とほぼ変わらない大きさになってしまったから、見上げるほどの高さはないな。


「寿命を吸い取れと言われても、わたしにそのような器用な真似はできんよ?」


 合いの子は、まだぽかんとしている。


「それにしても、あの騎士カーライルは強かったな。

 半分になってしまったのは予定外だよ。これでは元に戻るにもたっぷり100年はかかる。ちょうどお前の寿命の半分の期間だ。わたしに捧げると約束したのだから、約束どおり、戻るまでは付き合ってもらうつもりだよ。

 おまけに、倒されたことになってるのだから、このままここで隠居生活を送るわけにもいかないだろう。外の様子もろくにわからんのに、ここから出なければならんのだ。100年くらいわたしに付き合ってもらわねば、割に合わないだろうが。

 ……まあ、お前が来なかったら、本当に滅ぼされていたかもしれんな。お前のお陰で準備ができたようなものだ、お互いさまかもしれん」


 ふふふ、とわたしは思い出し笑いをした。


「合いの子よ……エルだったか……もう間抜けな顔はやめろ」

「魔王、様……」

「カルシャだ」

「カルシャ、様」

「ただのカルシャだ。そもそも魔王だの何だのは、外のものが勝手に言い出しただけで、わたしは知らぬ」

「カルシャ」

「よし。

 ……それでは外に行こうか。その前に、これでは少々目立つかな」


 わたしは魔族特有の髪と目の色を変えた。この状態なら角は生えてこまいから、このままでよかろう。


「ふむ、これで人間に見えるか?

 何せ外へ出るのは数百年ぶりだ、以前とは勝手も違うだろう。少し楽しくなってきたぞ。

 まずどこへ行くかはお前に任せよう。お前の好きなところへ行けばいい。……それとな、何を怯えているのかは知らぬが、わたしに妖精だの人間だのを頭からばりばり食うような趣味はないからな」


 さあ行くぞ、と合いの子を連れ、わたしは幾百年かぶりに、森の外へと旅立った。


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