飛行場突入
久しぶりに投稿させていただきます。私用により長らくお待たせし、申し訳ありません。
米軍防衛線を突破したのは近衛第1師団を中心に戦車第1連隊や第11師団による混成部隊であった。敵防御線の綻びを見つけ、火力を集中、突破したのだ。
「これより敵飛行場に対する突撃を敢行する。我々戦車隊は攻撃隊正面に位置し、友軍歩兵部隊を援護しつつ速度と火力を持って敵の防衛線に突破口を開く」
福田は前線よりわずかに下がった位置で、今しがた司令部より伝えられた命令を小隊各員に伝達していた。
隊長、と車長の一人が手を挙げた。
「敵の規模と配置は?」
「偵察を出しているが未だ報告が無いとのことだ。そこで我々が最初に出て行き、状況に合わせて行動せよというのが司令部からの命令だ」
車長は釈然としない顔ではあったが引き下がった。実際のところ福田もこの状況に言いようのない胸騒ぎを覚えていた。敵の様子が分からないまま戦うほど兵士にとって恐ろしいことはない。
ふと気が付くと、部下たちが福田の表情に注目している。どうやら部下の前で思案している姿を晒してしまったようだ。
己の弱気を追い出そうとするかのように福田は毅然と言った。
「では各員、乗車!」
はっ、と応えた乗員たちが各々の車両に乗車する。
「前進!」
福田の3式中戦車が土煙を上げ前進する。小隊各車がそれに続いた。
行動開始したのは福田の小隊だけではない。第1連隊の実に3分の1に上る戦車が攻撃開始予定地点へと行動を開始し、歩兵部隊がそれに続いた。
「まもなく会合予定地点だ、友軍の誤射に注意しろ」
しばらく移動すると前方に友軍の95式軽戦車が姿を現した。福田車の存在に気づくと砲塔上のハッチからまだ学生のような少尉が身を乗り出した。尤も福田も20代前半であり十分に若かったが。
福田も身を乗り出し尋ねた。
「周辺の敵情は?」
「滑走路周辺に敵歩兵及び工兵部隊が展開中。野戦築城を行っている模様」
少尉は至って事務的な口調で答えた。
「司令部への報告は」
「既に行いました」
そのとき司令部からの通信が入った。
「現状における攻撃は一時中止。日没を持って主力による攻撃を行う。展開中の部隊は現在の位置を維持し、主力の到着に備えるべし」
福田は若い少尉に呼びかけた
「聞いたか?我々はここを維持する。戦車を等間隔に並べ、その隙間を歩兵で埋めろ。火は使うな」
「了解」
即座に配置を完了し、敵襲を警戒したが米軍側に何の動きも認めることはなく後続の部隊が到着した。
17時50分、野砲隊と1式砲戦車の砲撃が開始された。
既に艦砲射撃と爆撃によって耕されていた滑走路に再び砲弾が降り注いだ。巻き上がる土煙の中に時折、車両や航空機、基地施設の一部と思われる残骸が混ざるのを見た日本軍将兵は勝利は近いことを確信し始めていた。
本土防衛用の砲弾を全て撃ち込んだのかと思われるほどに砲撃は激しく、常に物量で優位に立っていた米軍に反撃の隙を与えないほどだった。反撃を試みたある野砲中隊は、掩体壕から砲を引き出した直後に半数の砲が被弾損傷し、残りも3回の斉射の間に1門を残して破壊された。多くの兵士たちは掩体壕や塹壕に身を潜め、自分の直上に着弾しないことを祈りつつ、砲撃が過ぎ去るのを待った。
そして米軍兵士達に休息を与えまいとするかのごとく続けられた砲撃は、日付が回る直前、予定発射弾数に達したことで一応の収束を向かえた。
動き出したのは米軍が早かった。米軍部隊はそれぞれの待機地点から即席の塹壕線や砲撃跡に入り、攻撃に備えた。
日本軍は追加砲撃が必要か否かの判断の後、前進を開始したため僅かに出遅れる形となった。
日付が回った午前1時、ついに日本軍の前進が開始された。独ソ戦におけるソ連軍の戦闘を参考に、先頭を戦車が行き、その後方に歩兵が続くという新たな攻撃形態をとっていた。
混乱を避けるために密集陣形で前進すること15分、ハッチから頭を出していた福田は、前方の暗闇に発射炎が閃くのを視認した。
「砲撃、来るぞ!」
無線に怒鳴りつける。直後、着弾の衝撃が腹に響いた。着弾は遠く、闇雲に射撃しているらしかったために福田は安心したが、続いて起こったことが状況を一変させた。
砲撃とは異なる独特の射出音とともに、米軍側から何かが発射された。次の瞬間、周囲が昼間のように照らし出された。落下傘でゆっくりと降下する光源から放たれる光はその瞬間ごとに影の姿を変化させ、一種幻想的な様相を見せたが、福田らにその光景を楽しむ余裕はなかった。
「照明弾だ!砲撃が来るぞ、全車散開しろ、全速前進!」
車内に飛び込んだ福田が叩き付けるように指示を飛ばす。砲撃を分散させるために各車が車間を広く取るが、既に遅かった。
「砲撃、来ます!」
「衝撃に備え!」
慌しいやり取りの直後、左後方で爆発音と共に金属がひしゃげる轟音が響いた。無線から乗員の悲鳴が聞こえたような気がしたが、それも報告にかき消された。
「95式軽戦車被弾!」
あの若い少尉の車両だ。苦い感覚が福田の脳裏をよぎったが、今は感慨に囚われている訳には行かない。
「全車、射程に入り次第砲撃始め!優先目標は敵の野砲及び戦車、歩兵部隊は援護に回れ!」
先頭を行く車両が砲撃を開始した。不安定な行進間射撃であるため、命中弾は数えるほどでしかないが、怯んだように敵の火勢が弱まった。この間に少しでも前進を、そう考えた直後、敵陣から銃撃が加えられた。
歩兵が戦車の陰に身を隠す。機銃弾が弾ける音が福田車を包み込んだ。
「97式中戦車及び89式中戦車、95式軽戦車は敵歩兵を攻撃しろ!」
福田の指示が飛ぶ。
「敵野砲を捕捉!撃ち方用意!」
撃て、そう命じようとした直後、福田は激しい衝撃に揺さぶられた。
「被害報告!」
「履帯を破壊された模様、行動不能!」
たちまち福田車に攻撃が集中する。
「仕方ない、脱出するぞ!」
幸いにも重傷者はおらず、全員が脱出した。だが車体の影から姿を出した直後、操縦手が悲鳴を上げ倒れた。続いて駆け寄ろうとした装填手が重機関銃の射撃に足をさらわれる。
慌てて車体に身を隠した福田は、周囲を見回して息を呑んだ。
被弾炎上した車両から脱出しようともがき炎に包まれる乗員、前進を試みて機銃掃射を受け壊滅する歩兵小隊、それらを照らし出す照明弾と飛び交う曳光弾。
「旅順だ……」
無線手が呟く。
それらの光景は福田にある種の怒りを巻き起こした。敵に対してではない。この救いようのない物量戦に自国民を送り込む国家の愚かしさにである。
なぜ日本人はここまで愚かになった……昔の日本人はもっと利口だったのではないか……なぜだ
うわごとの様に呟く福田を、砲手の声が現実に引き戻した。
「車長、何をやっているんです!ここは危険だ、移動しましょう!」
決死の形相で叫ぶ砲手に、福田は答えた。
「うむ、行こう」
攻撃は、まだ終わっていない。




