テニアン
テニアン
この島の名は、後世の日本人によって悪しき記憶と共に語り継がれるはずであった。少なくともトルーマン大統領と一部の米軍高級将官はそう考えていた。しかし今、この島の名前は彼らの予想とは大きく異なる意味を帯び始めた。今テニアンにおいて行われようとしているのは、敗北の道から抜け出すべく、最後の一本の綱を掴み取ろうと迫る日本軍と、その綱を掴ませまいとし、最後の枢軸国に引導を渡さんとする米軍との、互いの命を懸けた「決闘」であった。
その一端は、既に海上において展開されていた。
11月6日午前7時。「利根」艦上。
艦隊周辺は激しい砲声に包まれていた。夜明け直後から始まった米機動部隊による波状攻撃は留まる事を知らないかのように押し寄せていたのだ。
「何としても敵機を第2艦隊に近づかせるな。テニアンへの砲撃を妨害させてはならん!」
小沢が叫ぶ。
「『信濃』が発進可能な全戦闘機を発進、艦爆も順次発艦させているとの事です。他の空母の機も急ぎ発進中とのことです!」
参謀の一人が叫び返す。砲声や敵機の爆音により、まともな声では会話が成り立たないのだ。
直後、激震と水柱が「利根」を襲った。
「至近弾!」
報告が入る。今しがた投弾を終えた米軍急降下爆撃機を高角砲弾が捉えた。主翼をもぎ取られ墜落する機体がヘルダイバーではなく旧式のドーントレスであることを小沢は見逃さなかった。
「敵も疲弊しているのだ。あと少し、持ち堪えれば……」
小沢の読みは間違ってはいなかった。満足な補給も受けられないまま戦闘を続けた結果として、米艦隊側の稼動機数は大きく数を落としていた。
もっとも、日本側もその状況に変わりはない。特に激しい戦闘を繰り返してきた戦闘機隊に至っては当初の半数にまで消耗していた。
「偵察機より入電、我、接近セル敵戦艦部隊ヲ発見。位置、テニアン島南南西15海里、速力、25ノット。以上です」
「動き出したか」
こんな時に、と続けるのを小沢は堪えた。指揮官の狼狽は士気に影響する。だが実際問題として第1艦隊に空母と戦艦を同時に相手する余力はなかった。
「止むを得ない。第2艦隊に命令、接近せる米戦艦部隊を全力をもって撃破せよ」
第2艦隊が行動を開始したのを確認すると、小沢は陸軍との連絡を担当している参謀に尋ねた。
「陸軍部隊の状況は?」
「はっ、北部海岸線の大部分を制圧し、北西部の『伊勢』周辺の部隊との合流を目指しています」
「第3艦隊を回し、支援させろ。必要なら陸戦隊を揚げても構わん」
第3艦隊は元来支援部隊として編成されているため、現状では第1艦隊の後方で偵察機の発艦等に徹していた。第3艦隊の主力は旧式の空母「鳳翔」と軽巡「酒匂」である。「鳳翔」の搭載機は旧式の複葉機であるが、それでも地上部隊からすれば大きな脅威になりうる。
「はっ!」
その時、朗報が入った
「長官!陸軍部隊の一部が、北飛行場(米軍名称ノースフィールド飛行場)の滑走路に侵入したとのことです!」




