一撃離脱
「全艦、左8点逐次回頭!」
小沢の命令が飛び、旗艦「利根」のマストに信号旗が翻る。「利根」が回頭し、後続の各艦も同じ位置に差し掛かると同時に回頭する。これで艦隊は米空母に右舷側を向ける形で並航することになった。
米空母の両用砲が火を噴き、先頭を行く「利根」の周囲に着弾の水柱が林立した。しかし小沢艦隊に停船や撤退の意思はない。進んでいるほうが敵弾が当らないという現実的な理由もあるが、この作戦に参加した時点で、既に死を覚悟していたという精神的な理由が大きかった。死を恐れないがゆえにこれだけの猛攻を行えるのだった。
「全艦、右砲戦、右魚雷戦!」
小沢の指示が飛び、艦長が復唱する。
「右砲戦、右魚雷戦用意」
「撃ーッ」
巡洋艦、駆逐艦の舷側から次々と魚雷が発射される。その数およそ90本。
「15…10…5…じかーん」
だが発射弾数に比して、立ち上った水柱の数は少なかった。
僅かに7本がエセックス級空母3隻、4本が護衛駆逐艦4隻に命中したのみである。
「次発装填、急げ!」
水雷長が命じる。
「主砲、撃ち方はじめ!」
艦長の指示で主砲が砲撃を始めた。小太鼓を連打するよな砲声が響く。
直後、艦橋を激震が襲った。
「被害報告!」
艦長が伝声管に怒鳴りつける。
「艦橋基部に被弾、損害ありません!」
「よし!」
重巡の装甲は両用砲の砲撃に耐えたのだ。もし貫通していたら小沢以下幕僚は無事では済まなかったであろう。
だがその直後、
「『楢』被弾」、大爆発!」
見張り員の悲鳴のような報告が入る。直後におどろおどろしい爆発音が聞こえてきた。「楢」は次発装填中の魚雷発射管付近に被弾し、誘爆を引き起こしたのだ。水柱が消えたときには艦の中央部分は消失しており、前部と後部が漂流するのみであった。
「利根」の艦橋からは「楢」の甲板上から乗員が脱出する様子が見て取れた。見かねたように艦長が
「長官、救助の許可を」
と言ったが、小沢としても許可は出せなかった。
「この状況下で救助はできん、いたずらに被害を増すだけだ」
小沢自身も救助を行いたかったのだが、指揮官としては冷徹にならざるを得なかった。そのことは小沢の苦痛に満ちた表情からも見て取れた。それを見た艦長も察した様に引き下がる。
艦長が引き下がったのを見てから小沢が見張り員に尋ねた。
「上空に味方機はいるか?」
「いません、ただの1機も見当たりません」
よし、と小沢は独り呟き、命令を発した。
「全艦、左8点逐次回頭!砲撃しつつ退避し、空母に合流する」
小沢の命令に異論を唱えるものはいない。死を恐れずとも、囮として艦隊を壊滅させるのは惜しいのだろう。
艦隊は次々に回頭し、次第に敵艦隊から遠ざかりつつある。そして距離5000mを超えたところで小沢は「撃ち方やめ」を命じた。
日本側は確認できなかったが、この攻撃による米艦隊の損害は駆逐艦4隻、空母1隻であった。




