突破
烈風20機がグラマンの編隊に下方から銃撃をかける。
油断していたのか下方への警戒を怠っていたグラマンは格好の標的であり、瞬く間に3機が火を噴く。
敵襲に気付いた他の機体は慌てて急降下に転じた。急降下の性能においてはグラマンに分がある。緊急回避としては上等な判断だと言えたが、そこにもまた烈風が待ち構えていた。
低空で待機していた烈風20機がグラマンに食らいつく。低空での格闘戦では、烈風が圧倒的に有利だ。
煙と炎が次々と空中に湧き出し、海面に撃墜された機体の水柱が上がる。
再度上昇して逃れようとした機もあったが、上方からも烈風が襲い掛かった。
空中で展開されたのは戦闘ではなく、一方的な虐殺だった。
その間にも彗星艦爆は敵空母へと接近を続けている。
直掩機が全滅したのと艦隊が対空射撃を開始したのは同時だった。
それまでは同士撃ちの危険があった為に射撃を控えていたが、上空から自軍機が居なくなったのを見て射撃命令が出されたのだ。
VT信管は全金属製の彗星には容赦しなかった。断片を浴びた彗星が次々と海面に激突する。
中津留が後方を見ると、出撃時には25機居た彗星も既に10機を割っている。
今しも中津留機の左を飛行していた彗星がエンジンから火を噴いた。同時に機首を落として海面に激突する。
だが多くの損害を出しながらも、中津留の隊は敵艦隊の中心に近づいていた。海面すれすれの低空飛行が功を奏した形である。
「かかれ!」
中津留の号令が電波となって各機に伝わる。
生き残っていた6機の彗星が各々の目標へと向う。
もっとも、正規空母だけでも20隻を越える艦隊に対し、艦上爆撃機6機というのはあまりにも非力であった。
そしてまた、1機の彗星が海面に散る。
中津留も必死の回避行動を取ったものの、無数の弾片を浴びて機体は穴だらけになっていた。
中津留隊の各機は手近な空母を目標に定めて攻撃したが、投弾に成功した機体は僅かに2機。命中は1発のみであった。
そんな中、中津留の彗星は爆弾を抱えたまま飛行を続けている。
狙うはミッドウェイ級、最低でもエセックス級だ。
おそらく、中津留が投弾に成功したとしても生還できる可能性は限りなく低い。輪形陣を脱出する前に対空砲火か敵戦闘機の餌食となるだろう。
ならばせめて、大物を狙おうと考えたのだ。
「居た」
中津留の視界に、これまで見てきたものとは大きく異なる空母が映った。ミッドウェイ級だ。
操縦桿を引き付け、機体を引き起こす。
眼前に見えていた空母がカウリングの下に消え、体が座席に押し付けられる。
高度2000mで機体を翻し、そのまま急降下に入った。
激しい対空砲火に機体が揺さぶられる。
高度600m
「投下ッ!」
だが爆弾は投下されない。対空砲火によって投下索と懸吊器が切断されたのだ。
「くそっ、肝心なときに」
こうなったらやる事はひとつしかない。中津留は同乗の遠藤飛曹長に呼びかけた。
「遠藤、やるぞ」
遠藤も中津留の考えを察したらしい。
「はっ、お供します」
「我、突入ス、送れ」
電文が遠藤飛曹長の手によって送信される。
直後、中津留の彗星は「ミッドウェイ」の飛行甲板に突入した。
燃料タンクに残されていた燃料、胴体に抱かれていた爆弾は機体の突入と同時に誘爆し、飛行甲板上にあった警急の戦闘機を巻き込んで炎上した。
「ミッドウェイ」の甲板上に灯った炎は、中津留の不屈の精神そのものであるかのようにしばらくの間燃え続けた。




