嵐の前の静けさ
「日向」轟沈の後、敵襲も受けずに順調な航海を続けていた。ただし駆逐艦等の小型艦は激しい波に揺さぶられ、決して平穏とは言いがたかったが。
また、この嵐に乗じて、多数の上陸部隊を乗せた輸送船団が、駆逐艦と共に出航したという暗号電も届いていた。ここまで自然が日本側に味方するというのは、まさに天佑とでも言うべきものであるかもしれない。あるいは全日本軍将兵の祈りが通じたか。
日本艦隊が低気圧を抜けるまで、戦場は完全に膠着していた。日米両軍共に悪天候により航空機を飛ばすことが出来ず、手が出せなかったのだ。サイパンから日本本土への空襲は鳴りを潜め、日本軍の硫黄島爆撃も一時中断された。
そして11月2日午前6時、第2艦隊、第3艦隊が低気圧を抜けた。その30分後には第1艦隊も低気圧を抜けた。
第2艦隊旗艦「大和」艦橋
「前方に敵巡洋艦1、距離6000!」
報告が入った。
「総員戦闘配置!」
有賀はそう命じてから伊藤に警告した。
「長官、敵の警戒艦です。見つかりました」
「分かっている。全艦最大戦速!敵機が来る前にマリアナへ向うぞ」
「第1艦隊への連絡はどうされますか」
「止むを得ん、今無電を打てば敵に攻撃時期を悟られる危険がある。各艦に信号、これより第2、第3艦隊各艦は無線封止を行う、送れ」
「はっ」
第2艦隊、第3艦隊各艦は急遽、第1艦隊を置き去りにしてマリアナへの前進を開始することとなった。
しかしこれは止むを得ないとはいえ大きな危険を伴う作戦であった。
航空兵力は「鳳翔」の複葉機18機並びに「伊勢」搭載の彗星艦爆22機、各艦の水偵、観測機のみである。
その時参謀の一人が発言した。
「長官、『伊勢』の艦爆に連絡させてはどうでしょうか」
艦橋の全員が目を見開いた。そんな単純な手法が存在することに今まで誰も気付かなかったのだ。度重なる戦闘に逆上っていたとしか思えなかった。
直ちに連絡士官を乗せた彗星1機が「伊勢」から発艦した。
しかしここで誤算が生じた。
連絡機は第1艦隊に到着せず、行方不明になったのだ。
第1艦隊へ向けての飛行中、連絡機は哨戒飛行中のドーントレスに接触、交戦した後に撃墜されたのだ。
しかし、情報伝達が困難な状況下では誰もそのことを知らない。
さらにこのことは恐ろしいことを表していた。米機動部隊は嵐の中で日本艦隊を探し回り、第1艦隊と第2、第3艦隊の間に入り込んでしまっていたのだ。
日本側は、気付かぬうちに分断されていたのだった。




