マリアナ
政治のお話になります
翌朝、日本の各家庭のラジオからは軍艦マーチが流れ、戦果を伝える放送が繰り返された。
「昨日、房総沖にて、帝国海軍は米英海軍に対し大規模な攻撃を行い、空母3隻、戦艦3隻、その他駆逐艦多数を撃沈、また戦艦3隻を大破せしめたり。また敵空母15隻を鹵獲せり」
国民は大戦果に沸き立ち、一時の厭戦気分は嘘のように解消した。
そんな中、
「ソ連が宣戦布告を撤回した!?」
最高戦争指導会議において、阿南惟幾陸軍大臣の頓狂な声が響いた。東郷茂徳外務大臣が答える。
「左様、今朝早くにマリク駐日大使から外務省に対し通告がありました。ソ連は対日宣戦布告を撤回、満州から兵力を引き上げるとしています」
「何と・・・」
阿南は言葉を繋ぐ事が出来なかった。何と暴慢な事であろうか、と言おうとしたのである。
ソ連は8月8日に日ソ中立条約を破棄すると同時に対日宣戦布告し、同月9日には攻撃を開始している。それを一方的に撤回するなど、暴慢としか言いようがないであろう。
「ソ連の意図は何だと思うかね、外務大臣」
鈴木貫太郎内閣総理大臣が実際的な質問をする。
「はい、ソ連は昨日の我が軍の戦果と米太平洋艦隊の壊滅を見て、我が国に米国を討たせる腹積もりだと考えます」
「それはどういう意味かね、ソ連は米国と同じ、連合国ではないか」
阿南の質問に東郷が答える。
「しかしソ連は社会主義国家、米国は資本主義国家です。今のところファシズムという共通の敵に対して共同戦線を張っていますが、根底では相容れない国家です。今、我が国に米国を潰させようとしても不思議ではありません」
「なるほど・・・」
そう言うと阿南はしばらく沈黙した。何かを考える様子だ。
「それならばソ連に支援を要請し、米軍をこの機に撃破、本土決戦を強いればよいではないか」
物資が枯渇する日本にとって、ソ連の支援が受けられるとなればこれ以上のことはない。
しかし東郷は首を縦には振らなかった。
「先程も申し上げた通り、ソ連にとってはファシズムとそれに追従する国家が当面の敵です。一時的に敵としての優先順位が変わったとしても、事が終われば我が国を滅ぼしにかかるはずです」
阿南はまたも沈黙してしまった。
暗澹とした空気が会議に流れた。
「提案があります」
豊田副武軍令部総長が発言した。全員の視線が豊田に集まる。
「ソ連が介入する間を与えずに、米国と講和を結ぶのです」
そんなことは判っていると言わんばかりの視線が投げられる。だが豊田は発言を止めない。
「しかし、現状では対等な講和を結ぶことは困難です。なぜなら、現在我が軍は一時的ながらも米軍から制海権を奪取していますが、サイパンからの空襲は依然続いており、それによって我が国に長期的な消耗を強いるという手段も米軍には残されているからです」
「だからどうしろと言うのだ」
阿南が苛立ちを隠そうともしない口調で言う。
「サイパンを含むマリアナ諸島を、全軍を以って攻略するのです」
「全軍・・・」
「そうです。占領まで行かずとも、飛行場を再起不能なまでに叩く必要があります。その為には、陸海軍の全兵力を投入する必要があるのです」
続く言葉に、豊田は殊更力をこめた。
「マリアナ攻略こそ、皇国の運命を決する最後の決戦です」




