対空戦闘
「『酒匂』より入電、我、敵空母ヲ発見ス」
大須賀大佐は即座に即座に聞き返した。
「敵空母だと、空母は第2艦隊が殲滅したのではないのか」
「英軍の護衛空母とのことです。増援と見られます」
「位置は」
「本艦の北東、20海里の地点です」
大須賀は頭を抱えた。航空機からすれば目と鼻の先である。
「総員戦闘配置、対空見張りを厳と為せ」
機銃員や見張り員が慌ただしく甲板上を駆けて行く。
「艦爆を待機させろ。爆弾を搭載する必要は無し」
「艦爆を、ですか」
飛行長が問う。
「直掩機の代わりだ。敵機を追い払うくらいの事は出来るだろう」
艦爆はその性質上、艦攻よりも大型の戦闘機に近いところがある。機種には固定機銃もある。艦攻にも固定機銃はあるにはあるが、1丁と数が少なく非力であった。
攻撃に徹するため、「鳳翔」は戦闘機を搭載していない。大須賀は艦爆に戦闘機の役割を期待したのだ。
格納庫から96艦爆が運び出される。エンジンこそ点火していないが、搭乗員は待機しており何時でも発艦出来る態勢だ。
緊張の中、
「北東より国籍不明機接近、複葉機です!」
見張り員の声が沈黙を破った。大須賀は双眼鏡を構えた。
96艦攻に似た機影、英軍のソードフィッシュ艦上雷撃機だ。
「あれは英軍機だ。対空戦闘用意、機銃、1番2番射撃始め!」
舷側スポンソンから4条の火箭が迸る。
だが敵機に堪えた様子は無い。夜間で照準が甘い上に、敵機は布張りの複葉機だ。第3艦隊の所属機が米機動部隊を攻撃したときと同様に、命中した際の効果が少ないのだ。
「直掩機を発進させろ。1個小隊でいい」
待機中の艦爆の内、3機のエンジンが回される。
3機の96艦爆は敵機を撃退すべく発艦した。
「敵機発見、上方より攻撃する」
小隊長、中津留大尉機より発光信号が送られた。2番機、3番機から了解の信号が送られるのを確認すると、中津留機は上昇に転じた。
敵機は未だ小隊の接近に気付いていない。爆弾等は搭載していないように見えた。
中津留機はソードフィッシュの後ろ斜め後方に占位すると同時に急降下を開始した。照準器の中で機影が徐々に大きくなる。
その時、敵機の偵察員がこちらに気付いた。後部機銃が火を噴き、曳光弾が96艦爆の機首を掠める。同時に中津留機が機銃を発射し、敵機の下方へと駆け抜ける。後続する2機も隊長機に倣い、攻撃する。曳光弾は多数敵機に命中したように見えたが、上方の敵機は依然飛び続けている。
「だめだ、もう一度やる」
発光信号を送り再度上昇しようとした時、敵機が反転し急降下に転じた。機銃を乱射しつつ小隊とすれ違う。同時に中津留機の後方に爆炎が閃いた。
「3番機が!」
偵察員の叫びと共に激しい銃声が聞こえる。
銃声が、止んだ。
「敵機は?」
「逃走しました」
荒い息と共に報告が入る。どうやら敵機は、攻撃を仕掛け、すれ違うと同時に逃げ帰ったらしい。
「分かった、目的は果たした。これより帰投する」
2番機に発光信号を送り、反転、「鳳翔」に着艦した。
「敵機はいなくなったか」
大須賀が中津留に尋ねる。
「はっ、撃墜には至りませんでしたが、撃退には成功しました。しかし、こちらは艦爆1機を失いました」
「止むを得ん、爆弾は載せていたか」
「いいえ、単なる偵察と見られます」
「だろうな、この暗闇では爆撃は困難だろう」
そう言う大須賀の表情は心底安堵している。
「航海長、横須賀にはあとどのくらいでたどり着く」
「天候にもよりますが、日の出までには確実に入港できます」
「よし、おそらく敵機の攻撃はないが、念のため警戒配置は維持しろ、以上」
その頃、「ユニコーン」艦上では、500ポンド爆弾を搭載したソードフィッシュが飛行甲板上に待機していた。




