抗戦
「目標を『サウスダコタ』に変更」
伊藤の指示が「大和」の艦橋に響く。
回頭し、遁走するかと思われた米戦艦であったが、「サウスダコタ」「ウィスコンシン」の2艦は、第2艦隊の進撃を阻止するべく追撃を開始していた。
非常に勇敢な行動であり、戦術的にも正確なものだったが、この2艦は致命的なミスを犯した。
「大和」が戦闘行動不能であると判断してしまったのだ。実際、「大和」は至近距離からの砲撃によって大きな損害を受け機関不調を起こしていたが、主砲塔や艦そのものの構造が非常に頑強に設計されていたために浮き砲台としての行動は十分に可能であった。
「撃ーッ!」
「大和」の主砲が再び火を噴く。射弾は「サウスダコタ」の手前に着弾し、大量の海水を巻き上げるに終わった・・・誰もがそう思ったその時、「サウスダコタ」の舷側に水柱が立ち上がった。
91式徹甲弾が水中弾効果を発揮したのだ。海中に落下した砲弾は稀に魚雷の様に水中を進むことがある。水の抵抗と砲弾重量のバランスが整った時に起こる現象であるが、91式徹甲弾ではこの現象を確実に発生させるべく、海中への着弾時に風防(砲弾の先端の尖った部分)が分離するように設計されていた。これによって水の抵抗が増し、水中弾効果が発生する条件が整いやすくなるという物である。
実際には発生率はそう高くはなかったのだが、今回は―幸運にも―水中弾となり、命中したのである。
水中での爆発は空気中での爆発の数倍の衝撃波を発生させる。「サウスダコタ」は艦底に巨大な亀裂を生じ、急速に傾斜を始めた。
「サウスダコタ」の甲板から乗組員が海に飛び込むのが「大和」の艦橋からも見て取れた。
しかし尚も「ウィスコンシン」が前進を続けている。
「副砲、高角砲、敵戦艦を撃て。効かない?関係ない、敵が戦意を失ってくれればいい、撃て!」
有賀が指示を飛ばす。「大和」の副砲、高角砲が「ウィスコンシン」を砲撃する。中小の砲弾が「ウィスコンシン」を連打する。だが「ウィスコンシン」は前進を止めない。
「主砲、発射用意よろし」
「よし、目標『ウィスコンシン』砲撃用意」
主砲塔が僅かに旋回し、照準を定める。
「撃ーッ!」
今度の射撃は「ウィスコンシン」の第3砲塔を直撃した。艦体後部に火災を生じた「ウィスコンシン」は慌てた様に回頭、遁走して行った。
「大和」は更に数回の砲撃を行ったが、被害は与えられなかったようであった。
束の間、海域が静かになったとき、
「もう居ないかな」
伊藤が言った。
「はっ、米戦艦は全艦、撃破あるいは遁走しました」
「あとは宇垣の腕を見させてもらうとするか」
伊藤の言う様に、今後の作戦は宇垣に託されたのであった。




