突撃
「敵艦隊との距離を詰める。全艦、左4点逐次回頭」
日本艦隊が順番に左へと回頭する。因みに左4点とは左45度の意味である。
「主砲、徹甲弾に切り替え」
「大和」が主砲を3回斉射した。主砲などの弾丸を運び上げる機能を持つ砲は通常、弾種の切り替えに3回の発射を必要とする。
「主砲、次より徹甲弾」
「距離、4300」
「クソッ、全艦『ヤマト』を撃て!」
接近する日本艦隊を見てハルゼーは叫ぶように命じる。
米海軍の誇るアイオワ級の50口径40,6cm砲が斉射を開始する。続く各艦も主砲を斉射する。しかし「ヤマト」には一向に堪える気配がない。
「ニュージャージー」の脱落後、「アラバマ」「ノースカロライナ」も被弾。「ノースカロライナ」は戦闘継続が可能であったが「アラバマ」は1基を除き主砲が全損、戦艦としての用を為さなくなっていた。
ハルゼーとしては一方的に叩かれているような印象があった。
実際のところ、日本側もそれほど余裕があったわけではなかった。「日向」は第3砲塔を全損、「伊勢」も至近弾によってカタパルトのうち1基が使用不能となっていた。「大和」においても小口径砲による被弾によって舷側の機銃座を破壊されていた。しかし、伊藤には損失を顧みることはできなかった。ここで負ければ日本は負けるのである。
「距離、2800」
「長官、このままでは敵に接近しすぎます。衝突の危険もあります!」
有賀は叫ぶように言った。だが、
「構わん、体当たりする覚悟で突っ込め!1隻でも突破すればこちらのものだ」
すでに砲戦では考えられないような至近距離である。
「距離、1800」
直後、激震が「大和」を襲った。伊藤以下、艦橋に居た者は残らず床に叩きつけられた。有賀は即座に
「被害報告!」
を督促した。
「煙突付近に被弾!電探室がやられました!」
「了解した。機関室、速力に問題はないか」
「問題ありません。最大戦速を維持できます」
「左舷高角砲付近で火災発生、このままでは誘爆します!」
「消火班を最優先で向かわせろ!」
幸い火災はすぐに消し止められたが、その間にも第2艦隊は米艦隊に接近している。目測ではおよそ1000mといったところか、
米艦隊が必死の様相で撃ちかけてくる。主砲だけでなく両用砲や対空機銃も動員しているようだ。すでにこちらも副砲、高角砲の射撃を始めている。米戦艦の艦上では時折、小規模な爆発が起こる。日本側も同じだ。小口径砲の被弾により、甲板に張った木材はめくれ上がり、ささくれている。
「距離780!」
見張り員の悲鳴のような声が伝声管を通して響く。
「総員、衝撃に備えろ。応急要員は隔壁閉鎖の用意をせよ」
「長官ッ!」
伊藤の命令に有賀は敬語を忘れ声を荒らげた。しかし伊藤は咎めようとはせずにこう言った。
「先程も言ったとおり、この艦隊の中から1隻でも突破し、空母にたどり着くことができれば空母を叩くことは容易だ。しかし空母に逃げられては元も子もない。この千載一遇の機を逃せば、我が国はかの屈辱的な要求を呑み、降伏しなければならない。しかしそれは断じて許せることではないのだ」
「しかし、我が艦隊も全滅する可能性があります」
上官に対し声を荒らげた気まずさもあり、有賀は小さく言った。だが
「貴官にとって我が艦隊とは何だ、国が無くなっては艦隊など無意味なのだ。皇国を存続させるためにこそ艦隊は存在するのだ。この身と引き換えにしてでも日本は守らなければならないのだ」
自分の発言の誤りにはとうに気付いていたので「失礼しました」とだけ謝罪した。
むしろ講和が結ばれた時、艦隊などない方が良いのだがな。という呟きが聞こえたのは気のせいではないだろう。
「距離、480!」
有賀は米艦隊を見た。あと数分で接触するだろう。
「主砲撃ち方待て、本艦はまもなく敵艦隊と接触する。機を逃すな、すれ違いざまに確実に当てるんだ」
米艦隊は手の届くような位置にいる。有賀は改めて命令を下した。
「目標、先頭のアイオワ級戦艦、撃ち方用意!」
旗艦「アイオワ」すぐそこにいる。有賀は深く深呼吸し、前方を見据えた。




