恋文と情と幻
驚いてください。
けっして後味悪い驚き方ではないはずですから、、
拝啓、清水美鈴さま。
美鈴に助けられたのは六歳の時です。美鈴は覚えているかは分かりませんが僕にとっては忘れられない思い出です。
あれは学校帰りでした。
クラスの男子生徒にいじめられていた時のことです(なぜイジメられていたかは覚えていません。美鈴のことで僕の記憶はいっぱいです)
小学五年の女子、それなのに剣道を習っていた美鈴。その美しく洗練された剣舞で僕をいじめていた男子達を倒して助けてくれました
それから美鈴とは高校までずっと友達として仲良くって。
僕は助けてくれた時から美鈴のことが大好きです。その思いはいつの日か、いつの間にか友達としてではなく女性として好きになっていました。
ずっと美鈴を守ってあげたい。そのために毎日鍛錬をし体を鍛えてきました。
今度は僕が守ってあげます。美鈴が苦しんでいる時に傍にいて―
これじゃ束縛していないか?
水色の紙に書き綴っていた美鈴への思い。気恥ずかしくも卒業式の時に告白をしようと決意し書き続けているが、これで無駄になった紙は何枚となっただろう。
もう一回書き直そう。
せっかく書いてきた文章、紙を思うままに握りつぶし小さくしてゴミ箱に投げ捨てた。
ん〜……………。
「だぁ!もぅ」
何を書いても美鈴にフラレそうで怖い。
椅子からベットへダイブ。持っていたペンは机のほうへ投げて、美鈴との思い出を思い出すことにした。
剣道をしているからといっても美鈴は不細工ではない。
面をつけて暑くないかと何度も聞いても「私のプライドなの」と言い返し短く切らない綺麗な髪。セミショート、っていうのかな、肩にかかるくらいの長さ。
化粧をしなくても十分綺麗な顔。
男女関係なく気さくに話す明るい性格――そういえば去年行ったプールは楽しかったなぁ。仲のいい友達だけだからといって、遊び半分にきわどい水着を着てきた美鈴。高校最後のプールだとか言って騒いだなぁ「マコトぉ」って美鈴は僕にじゃらけ抱きついてきたっけ。
…よしっ書こう。
「そこのあなた」
誰?
聞き覚えのない声が机の辺り、外と通じる窓の近くから聞こえた(どうせ外から聞こえてき)
「見えるだろう、ワシの姿が」
み、みえ、見える。
小さな老人が机の隅から現れた。白髪、白髭、皺くちゃの顔、ボロボロの黒いローブ、まさに小さな魔法使いの老人。
「ワシが見えてるのぉ。また何とも、そのおっきな眼をまた大きく開いたものだな」
楽しそうに笑みを浮かべる老人(なに、こいつ)が僕に近づいてくる。
「さてと、お主の望みを叶えてあげよう……」僕の心を探るようにジッと見つめる老人「お主の―」
「なんでも?」つい、現実感のない情景に心は、老人の差し出した救いの手をつかみたがった。
「む、人の話を最後まで聞かんか」
「な、あんたが最後まで言わずに僕の顔を見つめていたんだろ」
もう老人に、さっき僕が投げたペンを背負った老人に何を怯えてやるか。
「ほほぅ、めずらしいものだ、ワシにそんな強気なことを話す人間は」可笑しそうに、面白そうに笑みを浮かべ続ける老人。
「それで僕の望みを叶えてくれるの?」
「…そうだな、叶えられるぞ」
……どこか、さっきまでの笑みとは少し変化があるような。
「まぁいいや。とにかく叶えてよ」どうせ、これは幻か夢。
「幻でも夢でもない、現実だ」と老人。
「!…どっちでもいい。僕の願いは美鈴って子と付き合いたい」
「では、眼を閉じ願いに集中しなさい」
…正直に僕は眼を閉じた…これで眼を開いた時には老人もいなくなって、願いも叶わない………いや、もしかしたら願いだけは叶うかも。
「……さて、そろそろいいじゃろ。眼を開けなさい」
恐る恐る、いやワクワクと言ってもいいぐらいの興奮で眼をゆっくりと開けた。
老人の姿は消えて、そこにあるのは僕が投げたはずのペンが足元に落ちているだけだった。
「…僕、机のほうに投げたよな」つい独り言を言ってしまった。
苦難に苦労をかけて書き終えたラブレター。を両手に持って美鈴の下駄箱に向かい、入れてきた。
奇妙な小さな老人のことは忘れて書いた、とはウソです。あの老人の言ったことが本当なら、という希望が後押しして美鈴に渡す勇気がでた。と認めたくないが。
だけど書き終えてからずっと心臓が高鳴って昨日は眠れなかった。
卒業式。
その式の間中、心臓が静まった時はない(卒業証書を取り落としたくらいだ)
式の間、僕の後ろに美鈴がいる。僕を見ているのだろうか、その疑問は僕の心臓を叩き続ける。
卒業という別れに悲しむ友達もいた。たしかに美鈴と別れるかもしれないと思うと悲しくなるが、それ以上に、もしもの場合の嬉しさを考えてしまう(あの老人のせいだろうな)
『美鈴の答えが聞きたいです。午後四時ごろに北公園で、美鈴が助けてくれた公園で会ってくれませんか。
ずっと待ってます』
手紙に書いた最後の文。
僕は三時前、卒業式が終わった時からずっと公園で待っていた。
ベンチに座って空を見上げていた。
空が動いているか全く分からないなぁ……
…そういえば、あの時もこんな曇り空だった気がする。あの時、美鈴と紀子と香と僕とで歩いていた時、何かの話をしながら馬鹿みたいに笑っていたっけ。
香と紀子は違う大学に進学して僕と美鈴は同じ大学。もう、毎日は一緒に帰ったりダベったり海行ったりプールも行けなくなるんだ。
今日でもしかしたら…美鈴との仲も悪くなるかもしれないんだ。
「うぃ〜す、マコト。うううぅ、まだ寒いなぁ」
この声は「美鈴」
「おぅ」シュたっと手を上げる美鈴。寒風になびく綺麗な黒髪。それに、ほのかに頬が赤くなっている。
「紀子たち寂しがってたぞ、せっかく皆で写真撮ろうって言ってたのに先に行っちゃって」そう言いながら僕の隣に座る美鈴。
「あ、ごめん」
「あとで撮ろうって、んでその後にカラオケ行こうってさ」
「うん」美鈴のいつものように振舞おうとしている笑顔と泳ぎ続ける瞳をじっと見つめていた。
「でさ、見た?井藤先生、泣いてたんだよ、意外だよねぇ」
「うん」
「でさ、でさ―」
「美鈴?…美鈴の答えを聞かせてよ」そのまま答えを聞かないままも良かったのかもしれない。でも、でも。
「マコト。マコト、マコトはさぁ、ほら」
僕の眼を見つめ、首に手をまわしてきた。
「美鈴?」の顔がすごく近くに。
「これ、プレゼント」
「え?」僕の髪を触りながらプレゼント?
「動かないで、うまくいかないよ」
「ご、ごめん」
「……ほらっ」そういって美鈴は手を離して、顔も離して、いつもの僕が大好きな笑顔で「ねっ」て。
「なに?」髪に何かをつけたの?少しだけ重い。
「リボンよ」
「僕に?」
「うん、卒業プレゼントに買ってたんだ」
「僕になんか似合わないよ」
「いいえ、似合います、ほら」鞄の中から鏡を出して僕に向ける「こんなに可愛いのに」
寒風がふいた。
その鏡には、リボンのおかげで初めて二つに分かれた髪が動いて、青空色のリボンが二つ見えて、僕の女の子っぽくなった顔が見えて。
「似合わないよ!僕は美鈴を守るんだ」つけてもらったリボンを取ろうと、取ろうと…したけど「……なんでリボンなんだよ」
「だってマコトは私より可愛いのよ。それなのにボーイッシュな服とか化粧とかしないし」
「そうじゃない、そうじゃないんだ。僕が聞きたいのは…美鈴が僕のことを…愛してくれるかどうか…」
「…マコト、私はマコトのこと愛しているよ。ずっと前から。だから幸せになってほしい、ずっと一緒にいたい。そう思ってるから…から」
「そう思っているから?」
「から、マコトの望む関係にはなれないよ。ごめん」コトンと鏡を置きながら美鈴はそう言う。
「……」そう、だよな。僕は女。そうだよ「うん、いいよ」
「ほら、俯いてないでせっかく可愛くなったのに。私のリボンが無駄になるでしょ」
僕の頬を両手でそっと包んで顔を上げてくれた。その時の美鈴は笑顔、それは愛し抱きたいと思ってしまう笑顔。
「うん」と僕は美鈴の笑顔につられ笑って、美鈴を抱きしめた。
「マコト……あたたかいね」
「うん」
これで良かったんだ、うん。付き合う、って願わなくても良かったんだ。
愛している。美鈴も僕を愛している。それでいい。
美鈴の良い匂いと柔らかい髪と感触を味わいながら眼を閉じていた。
「さてと、そろそろ眼を開けてもいいじゃろ」
?
「ほら、開けなさい。これが現実じゃ」
さっきまで両手に、体に感じていた美鈴は消えて、消えて?
空を抱いている僕。
「眼を開いてごらん」
この声は…信じたくないけど…あの時の小さな老人?
眼を恐る恐る、ゆっくりと開けた。
「ど、どういうこと、どういうことですか」
ここは、僕の部屋か?
「そう、君の部屋じゃ」
「美鈴はどこにいったんだ」
「まぁ落ち着きなさい。時計と日付を確かめてみるんじゃな」
嫌な考えがうっすらと浮かびながら携帯を探し、みつけディスプレイを見、見てみる。
…卒業式二日前。老人に出合った日だ。
「君が見たのは幻、もしくは現実。それを信じるのは君しだいじゃよ」
そう言う老人をジッと見つめていた。
なのに老人の姿は跡形も、影も残さずに消えた。唯一、老人についていたペンが老人が立っていた場所に倒れ落ちただけだった。
これに、この何の変哲もないペンに奇妙な老人が?
「なぁに、ワシはどんな物にでも気ままに現れてるからのぉ。それを大事にしても意味はないかもなぁ」
と、どこからともなく、脳に響くかのように老人の声が聞こえてきた。
…
…
どいうことだったんだ?
ベットに座りながら目の前に起きた不思議なことを考え、思い出していた。
頭が何だか少しだけ重いと思って、もしかしてと思って髪を触ってみた。
そこには、
二つのリボンがついていた。
告白、ラブレター。どうしよう。
…
僕はリボンを付けたまま卒業式に出た。
美鈴は私のリボンを見て驚いていた。いや、私が書いたラブレターに驚いたのかな。
ラブレターには公園に待ち合わせるようには書かなかった。
ラブレターの内容は、ただ愛しているずっと親友でいようとだけ書いた。
『本当はのう、君から何か見返りをもらおうと思っていたんだがね、君の心や人生や大切なものを。
だけどね、君たちを見守っていたら、その気がなくなったよ。
…気ままに暖かい気持ちにさせてくれたペンになんかに乗り移ったのが失敗だったかのぉ、すこし疲れたわい』
そう考えている年老いた者が見ているものは―
―卒業証書を入れた筒をもっている女子高生四人。四人の顔には何の悲しみも苦しみも見受けられない。あるのは、あたたかい感情ばかりだ。
その一人は嬉しそうに二つの青空色のリボンを両手に持っていて、髪にはもう二つの青空色のリボンをつけていた。――老人はこの子をとても可愛いと思っているのだろう――
『幸せになるのだよ、マコト』