【お見舞い編4】4人と鈴 『至れり尽くせり』
鈴に通されて、四人は彼女の家に入った。玄関と玄関から続く廊下には機能的なデザインの傘立てと靴箱が置かれ、壁には誰が描いたか分からない幾何学的な絵画が一枚飾られている。
トイレとバスルームのドアが並んだ廊下を抜けると、キッチン兼ダイニング兼リビングの一間が広がっていて、さらに奥には二つの部屋のドアがあった。一部屋は寝室として、もう一部屋は書斎だろうか。
孝司とシオンは四人で買い物したスーパーの袋と、鈴のコンビニ袋をダイニングに置かれた長足の白いテーブルの上に置いた。テーブルは小さめで、四つイスが並んでいるが少しだけ窮屈そうだった。
「すげー。鈴ちー、こんな部屋に住んでるんだね! 広くない? なんか一人暮らしの部屋じゃないみたいだよ」
美有貴は興味津々で視線をあちこちに動かした。最新型よりちょっと古め薄型テレビとブルーレイレコーダー。テレビ台には余計なものは置かれておらず、すぐ隣の戸棚に家族と友人との写真立てが飾られていて、『KISSME』のコンサートDVDや出演ドラマのDVDボックスや写真集が並べられていた。頻繁に出し入れされているのか、それとも性格からか、発行順に並んでいないのが美有貴としては好ましく思えた。
「最初は、姉と二人で暮らしてたんです。姉の大学出るタイミングと私の就職が同じ時期だったので」
「へえ。鈴ちゃん、お姉さんいたんだ? なんで今は一緒に住んでないの?」
「結婚して――皆さん座ってください、何か飲み物を」
ゴホゴホと咳をしながらキッチンへ向かおうとした鈴を、いつの間にか後ろに立っていた宗佐が制止する。
「鈴は寝てて」
「でも、お客様ですし、何も出さないというのは――ってえ!?」
言い訳を続けようとした鈴を、宗佐の腕が問答無用で抱きかかえた。太ももと背中に力強い腕が回る。
「おまっ……」
「宗」
「秦っち!?」
驚いたのは鈴だけではなかった。三人は絶句してメンバーの一人と専属衣装スタッフのお姫様だっこを見た。複雑な気持ち、不愉快な気持ち、羨ましい気持ちと一言では表わしきれない色んな感情で言葉が出てこなかった。
「あなたは、こうでもしないと無理するから……。寝室行こう」
体勢的に近付かざるを得ない位置の唇にぼそりと囁かれ、鈴は弱々しく頷くしかなかった。抵抗する気力はまったく起きなかった。
「鈴ちー。寝室ってどっち? 右? 左?」
「右です。左は元々姉の部屋で、今は仕事部屋というか、物置というか」
「えっと、ぼくが開けていい? ……お邪魔しまあす」
はじめての女の子の寝室である。美有貴はドキドキしながらドアノブをひねってこっそりと部屋の中を覗いた。
中はカーテンが閉め切られて薄暗かった。ベッドが我がもの顔で部屋の中央に置かれているほかは、壁際に全身鏡があるのと、ベットサイドに間接照明のランプが置かれているくらいでものがほとんどない。脱いでそのままのパジャマや下着類なんかは見当たらなかった。ほっとしたような、がっかりしたような、美有貴は小さくため息をついた。
「みー。どいて、通るから」
「あ、ごめんね」
美有貴は慌ててベッドに駆け寄り、掛け布団をめくって待機した。宗佐は女の子を運んでいるというよりは荷物運搬する業者のようにテキパキとした手つきで鈴を寝かせると、満足げに頷いた。
「宗佐くん、ありがとうございました。すみません、運んでもらってしまって……」
「ううん。いい。俺がしたかったから」
宗佐は首を横に振ると、ふらっとどこかへ行ってしまった。入れ替わりで、シオンが部屋の入り口に顔を覗かせる。
「鈴ちゃん。今お腹空いているかな? 食欲ある?」
「はい。あります。お腹空いてます」
そもそもお腹が空いてもすぐに食べれそうなものがなかったので、コンビニまで買い出しに行ったのだ。
「それはよかった。ちょっと待ってて。台所にあるもの、使っていいよね。触っちゃダメなものとか、取り扱いに注意しなきゃならないものとか、何かある?」
「ぜ、全然ないです。ご自由にどうぞお使いください」
「あはは。わかった。ご自由に、使うね」
じゃあねと手を振って、シオンは立ち去った。作ってもらうのを止める暇がなくて、なんだか作ってくださいとお願いしたような形になってしまった。玄関前での話のときもそうだったし、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「食欲あるんだね、鈴ちー。すぐ元気になりそうだねー。よかった。ぼくねー、一人でキミが辛い思いしてるんじゃないかなってすっごく心配だったんだよ」
「そうだったんですか」
「うん。ぼくだけじゃないよ。孝ちゃんもシオくんも秦っちもすっごいすっごい心配したの。もちろん、ぼくが一番だったけど。お見舞いに行きたいって言ったのぼくだしね」
手柄を披露するように、ふふんと美有貴が胸を反らして言う。
「超特急で仕事終わらしたよー。その集中力他に回せよ、って越智さんに呆れられちった。でね、でね、みんなでスーパーに買い物に行ったんだ。けっこうフルーツって高いんだね。名前聞いたことない奴とかいっぱいあってさー、なんだっけ、パイナップルみたいなやつでー、……もう名前忘れちゃったけど試食はおいしかった。あと孝ちゃんがスーパーに一度も来たことなかったんだって! ちょー意外でしょ。野菜の元の形とかあんま知らないし、レジ袋にお金掛かるのも知らなかったんだよ。こわいよね! 番組とかで結構色んなもの学んでるけど、当たり前のこと知らないのはだめだよねえ。ぼく怒っておいたよ! 世の中のことに興味持ってって」
美有貴は思い返しながらあちこちに話題を移しながら話をしてくれる。鈴は相槌をうつだけでよかった。感想を交えつつ楽しそうに語られると、こちらまで楽しくなってくる。
「シオくん、どのくらい料理うまいんだろうねー。楽しみ」
「簡単なものなら自分で作れる、というようなことを聞いたことはありますし、番組の料理企画では手慣れてる感じでしたよね」
「んー。ぼくよく覚えてないんだよねえ。ちょっと見て来る!」
美有貴が部屋を出ていくと、鈴はぽつんと自分の寝室に取り残された。
だが、一人ぼっちで辛かった朝の心細さはもうない。シオンたちの話し声や、ガチャガチャと食器や調理器具が立てる物音がこちらまで聞こえてくる。
まだ風邪の容態は変わらずあったが、ただ辛いだけではない力強いなにかが確かに身体のなかから湧いてくるような気がした。四人にもらった元気だろうか。
四人はアイドルだ。他人に元気を分け与えることができる人たち。彼らを一人占めにしているなんて、なんだか夢のような心地がした。
もしかしたら、夢なのかもしれない。風邪の頭が見せた都合のいい夢。そう考えたほうがつじつまが合う気がする。
うとうとしかけた鈴は、ぼんやりと自分が外着のまま寝ているのに気づいた。寝汗をかいたらシミになってしまうかもしれないし、着替えなきゃいけない。ベッドを抜けだしてふらふらとクローゼットに向かい適当な寝巻と替えの下着を取り出す。
上着を脱ぎ、ブラウスシャツのボタンをおぼつかない手つきで外して――
「おい、飲みも……っ!」
シャツの袖から腕を引き抜こうとしたとき、部屋のドアが開いた。
「へ? 孝司くん?」
片手にスポーツドリンクのペットボトルを持った孝司が目を丸くしてこちらを見ていた。鈴も、なぜ孝司が自分の家にいるのか、すぐに思い出せずに驚いてしまう。
一瞬時が止まり、孝司ははっとしたようにドアを閉めて荒々しい足取りで鈴の前までやってくる。
「何してんだよ、オマエ……!」
「……何をって?」
「バッカじゃねーのか。隠せ。まず隠せ。見せるなこっちを向くな後ろを向け」
「隠すって、何を」
「っああ! クソ、い、い、か、ら、後ろ向け! そのシャツの前を合わせろ」
強引に肩を掴まれくるっと回転させられた。本人が何が何やら状況が飲み込めないうちに、孝司が彼女のシャツの襟部分をぐいっと掻き合わせた。
「マジ、心臓に悪すぎるだろ……。着替えんなら言えよ。鍵掛けるんでもいいし。開けたら下着とかねーから、マジで。男四人いるんだっての」
「あ!? そっか! ご、ごめんなさい……!」
「今!? あー、ほんとお前……。もういいけどさ」
「ボーっとしちゃって、孝司くんたちがいること忘れちゃってました」
「ああ、寝ぼけてたのか。まあ、具合悪いのは分かってたから、色々覚悟済ではあったけど」
一応、健康的な十八歳の孝司としては、鈴の寝顔とか、ノーブラのパジャマ姿とか、刺激的なネグリジェだとか、脱ぎっぱなしの下着類とか、あり得ないものまで見る覚悟で来たのである。メンバーには何も言ってなかったが、きっと他の三人も同じようなものだろう。だが、生着替えを見る想定はしていなかった。柄に無く動揺してしまった。
はあ、と万感の思いを込めた孝司のため息が鈴の耳をくすぐった。くすぐったさは全身に伝わり、我慢してもぶるりと震えてしまう。
そういえば、後ろを向かされてシャツの前を手で留めてもらっているこの状況は、抱きしめられているような格好だ。見られたら一発で誤解されてしまうような気がする。物思いにふける孝司は気づく様子はなかった。
「あの、孝司くん。もう大丈夫です。あの、だから離し……」
「鈴ちゃん、食事もうすぐ出来――って」
声を掛けた時にはもう遅かった。ドアが開き、シオンが現れて二人を目撃した。
「……孝。お前ね、人が料理してる隙にそういうことするか」
シオンの声が、あからさまに不機嫌になった。がらりと空気が冷たくなったような気がした。
「誤解だっつの。このバカがおれの見てるとこでシャツ脱ぎだしたから注意しただけだ」
「脱いだ? 着替えの最中に入ったってこと? お前、ノックしなかったの?」
「あ」
「ホラ、お前の過失だね。お前がわるいよ。鈴ちゃんに謝って、一旦出るよ。孝。まずさっさと離れようね。いつまでそうしてんの? ハッキリ言って不快だよ」
有無を言わさないシオンの言葉に、孝司は思わず反発したくなるが、今回は確かに自分が悪かった。孝司は言い訳しそうになるのをぐっと堪え、部屋を出た。
「ごめんね。鈴ちゃん。どんな状況だったのか知らないけど、危なかったね。あいつむっつりスケベだから。怖かったでしょ? オレがしっかり怒っておくから」
「あ、いえ、わたし、着替えをするって言ってなかったから……ぼーっとしちゃってて、だから孝司くんのせいじゃないんです」
「そっか。うん、わかった。まあ、そこそこ怒るだけにしておくよ」
「えっ」
「着替えが終わったら、教えてね。食事は出来たから。すぐ持っていけるんだ。じゃあね」
「はい。わかりました……」
部屋から出ていくシオンを見送ったあと、着替えを再開してから、孝司を怒るのをやめてほしいという懇願を忘れたことに気がついた。




