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鳴神シオン×鈴 『息が掛かるくらい』

 鳴神シオンに割り当てられた楽屋は、小さな丸テーブルが1つに椅子が2脚、壁に3つの鏡が取り付けられその前にそれぞれ椅子が3つ備え付けられた洋室だった。

 鈴は転がしてきたハンガーラックのキャスターを固定し、アウターとインナーをそれぞれシオンに広げて見せる。


「シオンさん。今日ご用意した衣装はこちらです。ボトムとベルトと、それから靴はいつものように何点かご用意していますので、お好きなものを選んで頂いて構いません」

「うん、いいね。オレの好きな感じだ。いつもありがとー、鈴ちゃん」

「はい! いつもシオンさんのことを考えて衣装を作っていますから!」


 衣装に触れて厚さと手触りを確かめながらシオンが頷くと、鈴の顔に安堵の笑みがこぼれた。

 鈴はラックの端に手に持っていたハンガーを掛け、ボトムをラックから、靴をラックの下部についたカゴからそれぞれ出してくる。

 小柄な身体が大きく動くさまをシオンはかわいいなと思ったが口にはしなかった。


「これで全部です。どうしますか?」

「そうだね。このアウターだったら、レザーはナシかな」

「じゃあ、えーっと、こっちがナシで……このブーツもナシですね」


 鈴はテーブルの上に並べたもののなかから、シオンの意見に沿ってレザーパンツとブーツを外していく。レザーはシオンの好きな素材のひとつだったが、好きなだけに強い拘りがあるようで、着る機会は案外少ないのだった。それでも鈴が用意してしまうのは、シオンが喜ぶのを見たいからかもしれない。


「じゃ、これとこれでどうでしょう? 地味でしょうか」

「んー、ま、そうなるか。ハイカットのシューズか、久々かもね」

「あはは。前々回のシングルで音楽番組に出た時以来ですかー? シオンさんのセクシーな私服には合わないかもですけど」


 シオンの色素の薄い肌と肩まで伸ばした茶髪は、彼がプライベートで好んで着るセクシー系モードファッションによく似合う。シオンの私服はハイブランドが7割を占めるが、それは特別ブランド信仰を持っているという訳ではなく、自分に似合うものを選んだ結果なのだという。

 彼は自分の魅力を最大限に引きだす方法を知っていて、舞台衣装ひとつとっても、鈴が予想しなかったアレンジを行い自分自身をよりよく見せることができるのだった。きっと、今日の衣装もまたシオンが着れば彼のために特別にしつらえられたもののように見えるのだろう。今日の本番で鈴の選んだ服を着ているシオンを想像し、鈴は口を緩めた。


「では今日はこれで。お時間ありがとうございました。すぐ片づけますね」


 そう言って、鈴はその場に広げている服を片付け出した。シオンは仕事を終えた彼女が微笑んでいるのを見て、僅かに目を細めた。


「この後は?」

「この後? えーっと、本番後じゃなくて今ですか。5分後に霧森さんのところへ伺う予定です。どうかしたんですか?」

「うーん、ちょっとね」


 作業の手を止めずシオンに背を向けたまま、鈴は答えた。それが彼には気にくわなかった。


「それでは、失礼しま――」

「待って」

「えっ?」


 パンツとベルトを何点か抱え、出ていこうとする鈴の腕を、シオンの手が腕を掴んで引いた。


「シオンさん?」

「コレで本当にいいのか、今実際着てみるから、アドバイスしてくれないかな」

「はい! わかりました。じゃあ、私、一度出て後ほど伺いますね」

「いや、今すぐがいいな」

「そうですか? じゃあ、着替え、お手伝いしますね」


 鈴は不思議そうに首を傾げたが、仕事の依頼には変わりがなく、否定しようとも思えなかった。

 シオンはジャケットを脱ぎ、椅子に掛けると、腰あたりまである衝立を自分と鈴の間に移動させた。


「最近さー。おれ新しい服買うとき、鈴ちゃんがどう言うかなーとかって考えるんだよね」

「え、ほんとですか? わたし、シオンさんの私服に何か特別なこと言いました? もしかして失礼なこと言ったとか」

「違う違う。きみはね、基本褒めてくれる。おれに似合ってる、って」

「はい。でもそれって、普通ですよね」

「そうだね、普通だね」

「えー、じゃあ何でです?」


 衣擦れの音がして、シャツに隠されていた引き締まった細身の肉体が衝立の向こうに晒される。その肌は顔や手とほとんど変わりない、日焼け跡もシミも吹き出物もなにひとつなく、鈴が羨ましくなるくらいの白さだった。釣り合いのとれた筋肉は、つきすぎるほどでもないが見えないほどでもない。鑑賞のためにつくられたような裸身だった。

 普段から露出の多いシオンだが、鈴がシオンのために作るするなら、彼のセクシーな身体のラインを出すためにわざとワンサイズダウンさせ、襟元を開かせるデザインにするだろう。

 シオンには華美な装飾が似合う。それは彼の肉体が貧相だからではなくて、彼の美しさをより一般化するための装飾なのだ。一度、CM撮影でシンプルな開襟シャツとスラックスだけを身につけさせた時は、性的すぎてクライアントから注意が入ったほどだ。


「きみ、いいなーって思った時はマジでチョーうれしそうなんだけど、ちょっとなーっていう時はスゲービミョーな顔してるんだよね」

「えーそれって、どうなんですか」

「ウソがつけないんだろーねー、鈴ちゃんは。仕事相手として、信頼できるよ。きみのアドバイスに嘘は無いってことだからね」

「ホントですか。嬉しいです」

「そう?」

「私の仕事、ちゃんとシオンさんの役に立ってるって思っていいですかっ!」

「それは、もちろんだよ」


 自分の仕事を評価してもらえ、鈴は嬉しくなった。ファッションに強い関心のあるシオンに頼りにされるというのが、より嬉しい。自分が単純で分かりやすいと言われたことは彼女の頭にはもうない。

 笑顔になった鈴を、シオンはちらと盗み見る。鈍感だな、と彼は思った。彼に興味がある女性なら、もっと深い意味を求め、デートの約束を取りつけてもおかしくない。


「どうかな」

「はい! すごくお似合いです。やっぱりちゃんとシオンさんに着ていただくと違いますね。格好いいです。そちらのネックレスはそのままつけて出られますか?」


 アウターを羽織り、衝立から出たシオンを見て、鈴は小さく拍手した。想像通り、地味な色合いのカジュアルシャツであっても、彼が着れば、彼らしい服になる。


「いや? それは無しで行くよ。ああ……外してくれるかな」

「え?」

「ん」

「は、はいっ」


 シオンは鈴に背を向けた。鈴は訳も分からず言われるまま、背伸びをして彼の私物のネックレスのチェーンを掴む。

 首に触れそうになるたび、過敏に震える細い指にシオンは満足気な笑みをこぼした。


「あのっ、取れました」

「うん、ありがと」

「え」

「どうしたの」

「えっと……あの、い、息がかかってます」


 鈴に声を掛けられて振り返ったシオンは、彼女の手ごとネックレスを掴み、不意をついて顔を近づけた。


「かけてるんだよ」

「ふえっ!?」


 シオンの高い鼻先が彼女の鼻に当たりそうなほどの至近距離で、ふっと息を掛けられ、鈴は思わず目を閉じ身体をこわばらせた。

 まるでキスをねだるような顔だとシオンは思ったが、赤く色づいた柔らかい頬を右手で撫でるだけにとどめた。確かめるだけでいいと思っていたからだ。


「あははは。顔が赤いね、かわいい」

「もー! からかうのはやめてくださいっ」

「ふふふ。おまじないだよ」

「聞いたことないですよ。それじゃ、私、戻りますっ、失礼します」

「じゃあ、また後でね」


 解放された鈴は握ったまま渡しそびれたネックレスを傍にあったテーブルの上に静かに置くと、熱を帯びた頬を隠すように顔を背けたまま、素早くドアの向こうへ身体を滑らせた。警戒するようなその動きが野生の小動物のようでシオンはますます笑みを深める。


「早く意識してくれますように。それとも、もうしてるのかな」


 彼女が去り、しばらく扉を見つめたままでいたシオンは、ため息をついて髪を掻きあげた。彼女の熱い手が名残惜しい。テーブルの上で無造作に曲線を描くネックレスを指でなぞりながら、勝手の違う女の子の扱いはわからないな、と誰に言うでもなく呟いた。チェーンはほんのりとあたたかかった。

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