孝司×鈴 『花』
「あれ、霧森さん。その花束どうされたんです?」
鈴がそう聞くので、孝司は手に持った花束を上に持ちあげてみせた。
「ドラマ。クランクアップ」
「ああ! そうだったんですね。四ヶ月間、お疲れ様でした」
思い出した、とばかりに鈴がぱちんと手を叩いた。
「その花どうされるんです?」
「欲しい奴に分けて、残った奴は事務所に置いて帰る。おまえ、いるか?」
「えっ、いいんですか?」
「欲しい奴のトコに多く渡ったほうがいいだろ」
「わー、じゃあ少しだけいただいてもいいですか」
鈴は嬉々として孝司から花束を受け取ると、机の上でそれを広げた。
「おまえ花好きなの?」
「詳しくはないですけど、好きですよー」
「へえ、どんなとこ?」
孝司に尋ねられ、鈴はうーん、と首を傾げる。改めて聞かれるとすぐには出てこない。
「どんなとこって……、あると気分が変わりませんか。例えば、病室にお花が活けてあるのとないのでは、印象ががらっと変わりますよね。リビングに飾っているとしても、バラの花でゴージャスな気分になったり、ラベンダーで落ち着いた気分になったりすると思うんですが」
例え話に、孝司は腕を組んで考える。確かにそういうこともあるかもしれない。ないよりは、あるほうがいいのか?
「ラベンダーってトイレにあるやつだろ?」
「それは芳香剤ですね……。連想するものとしては間違ってはいないですが」
「芳香剤の匂いはリビングに飾りたくねーけどなー」
「うう、そんなこといったらラベンダーがかわいそうですよっ」
「『ちょっと男子ぃー、○○泣いてんじゃーん、謝んなよー』みたいな言い方すんなよ。むかつくから」
「なんですかそれ」
「小学生ん時、そういう女子居たんだよ」
「霧森さんイジメっ子だったんですか? ヒドイじゃないですか」
う、と言葉に詰まった孝司に、鈴は苦笑した。孝司はあまり自分のことを話すのが好きではない。昔のことならなおさらだ。まだ心を完全には開いてもらっていないのだろうと鈴は思う。
「うーん。オレンジのユリがかわいいかなあ」
「あー、好きなだけ取れよ。おれは着替える」
「あはは、すみません……。あとでお手伝いしますね」
孝司は衣装を手に部屋の隅に置いてある簡易の更衣室に入って行った。花に夢中になって、仕事に支障が出るのも忍びない。さっさと選ぶことにする。
鈴は種類ごとに分けた花をそれぞれ眺めた。オレンジのユリ、黄色の小さいヒマワリ、あとは詳しくない鈴には名前が分からなかったが、指先くらいの小さな花弁のついたピンクや白や黄色の花がある。
鈴はユリと白い小さな花を数本手にとって、適当な新聞紙にくるんで輪ゴムで留めた。顔を近付けて嗅いでみると、ユリ独特の強いにおいがする。
「でもめずらしいですよね」
「なにが?」
「霧森さんって、青か白の花束をいつも贈られているイメージがありますよ。これはオレンジとか、黄色とか、夏っぽい感じですね」
「あー、確かに。そういうのってあんの? 人によって種類変えたりとか」
「あるんじゃないんですかねえ。人をイメージして贈られる方が多いと思いますけど。あとはどういう場面で贈られるものなのかっていう。TPOに合わせないと迷惑ですもんね。服と同じですねー」
「あーそー」
結局服の話か、と思いながらも、それが鈴だと孝司は思う。今日孝司のために選んだ服も、きっとTPOとやらにぴったり合っているのだろう。
着替えを終え更衣室を出た孝司は、鈴の顔を見て、ぶっと吹きだした。
「おまえ、何してんだ。顔に花粉ついてっから」
「えっ!? ど、どこですか」
「おら、こっち向け」
「ぎゃっ」
鈴は花束を放りだし、わたわたと両手で見当違いなところを擦っている。孝司は鈴の顎をとらえると、ぐいっと上を向かせ、額と鼻の頭を擦った。
「気ぃつけろ」
「はひはほうほはひはふ。はほ、ははひへふははひ。ふはははひへ」
「ふはは。何言ってっか全然分かんねえ」
孝司が鼻をつまんだ状態のまま話しだした鈴に、孝司は笑った。ふにふにと鼻をひっぱると「ひはひは」言うので、ニヤニヤしながら楽しんでしまう。
やっとのことで解放され、まっさきに鈴は鼻を押さえた。
「ああああ、鼻取れるかと思いました……。なんてことするんですか」
「ふはっ」
「えっ、今のどこに笑いどころが!?」
「花だけに、鼻? ふははは」
「霧森さんってばっ」
真っ赤な鼻で怒る鈴に、孝司の笑いはしばらく収まらなかったのだった。




