4人と鈴 『ペットボトル』
「ペットボトルに名前書くなよ」
と、孝司に言われて鈴はむっとした。
「違います。書かなきゃいけない決まりなんです。いつ開封したか、誰のものか、って。壁の張り紙にもあります、ほら!」
「うっ」
「あはは、孝、負けてやんのー。ほら、みーくん見てみ、あれが敗者の顔だよ」
「孝ちゃんだっせー!」
鈴に張り紙を見せられて、孝司は思わずたじろいだ。その背後でゲラゲラ笑っているのは、シオンと美有貴である。
「だっ……そんなルール初めて聞いたんだから、仕方ねーだろ。笑うな! とくにシオン!」
「え~、オレだけ? みーくんには甘いんだからー、あーヤダヤダ、格差社会だ。オレにもやさしくしてよ、孝・ちゃ・ん」
「きめぇし、うぜぇし、その呼び方をやめろ」
孝司がかっとなってシオンのほうを向いてしまったので、孝司と鈴の会話が途切れた。
その隙を狙ってか、天然でか、すすすっと宗佐が寄ってきて、鈴の後ろにぺったりとはりつき、鈴の手のなかのペットボトルを覗きこむ。
「どうして、その……ルールがあるの?」
「事務所の冷蔵庫に、開封済みの、誰が飲んだか分からないジュースがあったら、困りませんか? これ、いつのだよ、とか、誰だよ、とか、絶対なります。だから、合理的ですよ、絶対。わたしは岡部チーフが導入するルールを信じてますっ」
「オカさん発案のルールなんだー、このペットボトル名入れルール」
美有貴も寄ってきて、鈴の右腕にぴたりとくっついた。
「オカさんっぽいね。オカさん汚いとチョー怒るもん。えっとーケッ……ケッ……セイケツじゃなきゃやだなー、って言う人って何て言うんだっけ?」
「潔癖、ですね」
「そうそう、それそれ!」
「みーは、潔癖と無縁だから、分からないね」
「分かるよ~、分かるも~ん。キレイだと気分がアガるよーってことだよ」
「ちがう」
「うーん、ちょ、ちょっと違うんじゃないかなあ……」
宗佐と美有貴の醸し出す癒しオーラに包まれて、ほんわかし出したとき、「はいはい終了~」と言って、シオンがベリベリッと鈴に貼りつく虫二匹を剥がした。
「長時間のくっつきはやめよーねー。女の子に嫌われちゃうよ」
「べーっ、シオくんがイヤなだけじゃん~。やりたかったらやればー」
「バカみゆ、んなことシオンに言ったらマジでやるだろーがッ!!」
シオンと美有貴の言い合いに、何故か肩で息をしている孝司が割り込んだ。シオンと孝司で舌戦を一戦交えた後らしい。シオンは涼しい顔をしているところを見ると、普段からの喋りのうまさで、シオンに軍配が上がったらしい。
シオンは鈴に伸ばしかけていた手を宗佐の大きな手にとめられて、冗談なのになあ、と微笑んだ。ちなみに目は笑っていなかった。
「でもさ、よーく考えて見て。変態がいたとするじゃない」
「シオンか」
「シオくんだ」
「シオ……」
「え、えっと……シオンさん、いきなりどうしたんですか?」
「あー、えーっと、そこ三人、あとで殴りまーす。いいよ。鈴ちゃんにだけ話すから」
孝司と美有貴と宗佐の自分の扱いにイラッとしながらも、シオンは改めて鈴に向かって完璧なアイドルスマイルを発動した。キラキラオーラもつけてだ。変態じゃないからできることだ。
「変態さんがさ、女の子とどうしてもキスがしたいと思うじゃん。でもできないんだよ。モテないからね。変態はモテないからね!」
「二回言った……」
「それそんな大事なこと?」
「早く先進めろよ」
「そんなキスがしたいモテない変態さんが、この事務所の冷蔵庫を見て、そこに女の子の字で名前の書いてあるペットボトルを見たら――」
それまで興味なさげだった三人が、急に、ハッとしたように顔を上げ、シオンを見た。シオンはキリリと顔を引き締めて三人に頷く。
「変態はこう思うはずだ。……『そうだ、キスができないなら、間接キスをしよう』と」
「危ねええええ!」
「ペットボトル、チョー危ない!」
「鈴、これ、すてていいか?」
「ええええええ!? どうしてそうなるんですか!?」
四人は問答無用で鈴の手からペットボトルを奪い、中身を捨てた。岡部の教育のせいか、水道で中を洗うことまでしている。分別しろ分別! とか、潰せ潰せ! とか、油性ペンで名前書くなよ! とか、オカさんに反対しにいこ! とか、叫び声が聞こえてくる。
鈴は混乱した。
何故自分のペットボトルが危ないという結論に至ったのだろうか。事務所にはマネージャーの園山だっているし、事務員や裏方スタッフにも女の子がいるのにだ。……というより、何故そもそも事務所に変態がいる前提で話が進んでいるんだろう。
「あの……その、『変態さん』に心当たりでもあるんですか?」
ふと鈴が尋ねると、ぴたりと四人の動きが止まった。四人が四人、互いに目配せをし合って、「お前が言えよ」状態である。
「お、男には分かるんだよ……」
目線を泳がせた孝司から得た言葉はそれだけだった。鈴にはやっぱり分からなかった。




