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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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終末世界で女の子ふたりが流れ星に願い事をする話

作者: カンカン
掲載日:2026/10/20


 晩秋の風が、防寒着の隙間から攻め込んできていた。

 歩き疲れた身体には、ちょっと涼しいくらいだ。


 歩けども歩けども、世界は廃墟ばかり。

 もう見慣れた景色だけれど、季節も相まっていやに憂鬱になる。

 私たちは腕につけたGPSマップを頼りに、今日のご飯を探し求めて歩いていた。


 遠くに見える山は、木々がすっかり色を変えていた。

 この世界にあって、植物のしぶとさというのは感心させられる。


 私にも植物のような頑健さがあったならば、もう少しこのバックパックの重みも楽になるのかもしれない。


 人の身に生まれた不運を呪うよ、まったく……。


「スイちゃん~。疲れた~。休みたい~」


 隣を行くハルがそんな不平を漏らした。

 まさしく疲労困憊です、といった声色《こわいろ》だ。


 バックパックの重みはお互い様だというのに、いつも不満を述べるのは彼女だった。

 耳当て付きの毛皮帽の隙間から覗く赤茶色の髪は、汗で湿っているように見えた。

 

 髪がぼさぼさなのも、お互い様だ。行水の機会は、毎日とはいかない。


「もう少しだから。そんな疲れた疲れたって言わないでよ。私まで疲れてくる」


「もう少しもう少しって、もう三時間経つよ? 死ぬ~。もう無理~」


「本当にちょっとだってば」


 私は片腕のGPSマップを操作して、ホログラムを出した。

 ここら一帯、かつては街だった場所の地図だ。

 今も衛星たちがせっせと更新している。


 更新している割には、いまだにここを『街《まち》』だと思い込んでいるようだけど。

 かつてあった街《まち》の名前が、いまだにマップ上には記載されている。

 ……まあ彼らの仕事は、単に地形データを収集するだけで、そこが何であるかを決めることではないんだろう。


「ちょっとっていうけど。地図のちょっと、と私のちょっと、は全然別なんだけど。どこだっていうのさ」


 ハルが横からホログラムを覗き込んでくる。


「ここ」


 指で示す。この旧国道をもう少し進むと、右手5キロほどの距離に見えてくる。

 マップを拡大してやると、その敷地は周囲の建物より大きい。

 敷地が広いのは、駐車場があるからだ。


 市街地にある、広い駐車場がある建造物……跡地。すなわち、


「ショッピングモール。知ってる? ハル」


「あ~……いちおう。じゃあなんか食べるものくらいある、のかな?」


 ハルの顔は納得したようなしていないような、そんな表情だった。

 言外に『ちょっと遠いかな……少し休みたいな……』という目をしていた。

 私だってそうしたいのは山々だが、バックパックの食糧だって無限ではない。

 補給の機会《チャンス》は逃せない。


 それに日が少し傾き始めている。

 私はマップの時刻を眺めた。07時13分。GMTで。

 つまり、ここでは16時13分、ということ。もうじき日が暮れる。


 休んでいる時間はない、ということだ。

 目に見えて歩調を落とし始めたハルを無視して、つかつかと距離を開いてやる。


「そもそもハルが寝坊するからでしょ。休む時間ないのは」


「ご、ごめんってスイちゃん~。まってよ~」


 カツカツ、と乾いた靴底の音が、私を追いかけて来た。




 ◆




 吹き抜けのガラス天井が盛大に割れ落ちた、ショッピングモールの一階。

 床には枯れ葉が吹きたまっていて、足を踏み抜くたびに、カサカサ、と乾いた音がした。


 私たちは休めそうな区画──テナントの跡地だろう──を見つけて、サッサッと枯れ葉を足でのけた。


「肩もげた~~。足首も爆発したよ~~」


 ハルが背負っていたバックパックをドスン、と下ろして、その場にぺたりと座り込む。

 毛皮帽の耳当ても、心なしかしおれたように見える。

 汗で張り付いているだけだけれど。

 

 肩のストラップを一つ一つ外しながら、苦情を言った。

 ドスンとした衝撃でこっちに埃が飛んできたからだ。


「いや、爆発したなら歩けないでしょ。っていうか静かにおろしてよ……口に埃入ったんだけど!」


 ため息とともに、丁寧にバックパックを下ろすころには、ハルはもうとっくに周囲の散策にうつっていた。

 聞けよ、と言いたかったけれど。ずっとこの調子なのでもう一度ため息をするにとどめた。

 羽が生えたように軽やかな足取りで、周囲をウロチョロと散策するハルを追いかける。私の足取りは重かったが。疲れてるから。


 靴底はとっくにすり減っていて、踏みしめるコンクリートの冷たさが靴下に染み込んでくる。

 思い出すと、もう何週間も歩いていた。疲れて当然だ。


 それを思うと、ハルの異常さが際立つ気がする。いやまあハルだって疲れているのだろうけれど、私よりはスタミナがあるらしい。うらやましい気がするような、体力の無駄というような。


 エスカレーターの隣から大声を上げるハルを見ると、一層そう思えてならない。


「ねね、スイちゃん! ここ、大きいね! 昔は何売ってたんだろ?」


「服とか、オモチャとか。あと食べ物とか全部。小さい専門店が色々並んでた……んだってさ」


「へえ~。じゃあ今でも食べ物ぐらい落ちてるかもね。むしろ落ちてないと嘘だよ!」


 落ちてる食べ物を口にする勇気は私にはないが、ハルにはあるらしい。

 なんとも言い難い気分になった私は、エスカレーターの傍らにたたずむそれをこんこん、と叩いて話を変えることにした。

 

 自動販売機だ。三台ある。

 塗装はひび割れていて、四角い取り出し口には蜘蛛の巣が張っている。

 完全に息の絶えた、冷たい鉄の箱だ。


「ハル。こういう時はね、これをまず探すの。前も言ったでしょ」


「これっていうと……えっと……自動販売機!」


「そう、自動販売機。消費期限には期待できないけれど、運が良ければ──」


 言葉の途中で、ハルは腰のホルダーからバールを引き抜いた。使い古されたバールだ。


 ガコッ、っと鈍い音がモールに響いた。


 ハルが隙間にバールをねじ込んで、体重をかける。さび付いた金属が悲鳴を上げ、べりべりと蝶番がちぎれていく。


「ちょっと、まだ説明の途中で──」


「みてみてスイちゃん! 当たり!」


 開いた自動販売機から転がり出てきたのは、埃まみれの茶色いスチール缶だった。

 拾い上げて服の袖で拭ってみると、色あせたラベルには『おでん』と太い文字が印字されていた。


 缶を振る。タプン、と液体の音。

 膨らんでもいない。腐敗ガスで破裂した形跡もなし。


 サッと検分すると、無事そうな缶は三つほどあった。


「……全部で三つか。まあ上々な方かな。他はダメそう。捨ててくよ」


「え~~~。これとか大丈夫そうじゃん!」


 そういってハルが手に持つのは、どこからどう見てもパンッパンに膨らんだ缶だった。明日にでも破裂しそうだ。これを大丈夫、というのは豪胆というべきか。

 前に似たようなのを開けて地獄を見たのを忘れたらしい。三つの無事なおでん缶を袖でぬぐいながら、私は呆れを隠さない口調で言った。


「ハル。こないだのツナ缶のこと忘れた? 爆発するからダメだって。私あれだけ言ったよね、あの時」


「あ、あはは……」


 バツが悪そうに、目を泳がせるハル。指をつんつんさせて、反省しているんだかしていないんだか。

 しばらく、もじもじしていたかと思うと。急にぱっと手を合わせて、話をそらすように明るい口調で、


「でもさでもさ、今夜はごちそうだね! 私初めて食べるよ、おでん缶!」


「……まあそうだね。私も初めて」


「でしょ!? 今夜はごちそうだね!」


 おでん、おでん~とスキップしてバックパックの元に向かうハル。

 いや、足爆発しそうじゃなかったのかよ、と思わずにはいられなかった。調子のいい子だな、と。

 思ったけれど、そういうところに助けられてもいるから、いちいち口にはしなかった。




 ◆



 おでんってのは、温めて食べるもの。……らしい。

 火を起こすには、粉塵の籠もる店内はダメだ。爆発する。

 私たちは非常階段をのぼって、屋上へ出た。

 

 ギイギイ、と音を立てる階段は、今日ぐらいは何とか役目を全うしてくれた。

 ……正直落ちるかと不安になったけど。


 三階建ての屋上は、かつては展望広場だったらしい。

 遮るもののない夜風が、私たちの吐息を白く色づかせていた。

 まだ秋だっていうのに冬は少しだけ気が早いみたいだった。

 もう少し待ってくれてもいいのに、と思う。


 私はバックパックから持ってきたアンテナを、腕のGPSマップにつないだ。

 ジャックを差し込んで、出力を限界まで引き上げる。

 ピー、と高い発信音がなって、ホログラムには『返信なし(ノーメッセージ)』とだけ帰ってくる。

 相変わらずだ。


「……どう?」


 固形燃料に火をつけて、おでん缶を温めていたハルが覗きこんでくる。


「ダメ、反応なし」


 ホログラムを見つめたまま、ジャックを取り外した。

 ハルは何も言わないまま、温まるおでん缶を眺めていた。


「人間の無線もなし、自動送信の気象データもなし。で、衛星経由のメッセージシステムにも反応なし。な~んもなし」


「そっか」


 私は衛星経由のメッセージに残された『マニュアル』と題されたファイルを思い返した。旧時代の知識を記した、手記というには大規模すぎるものだ。辞典といった方が近いかもしれない。


 あとにも先にも、人の痕跡はあれだけだ。今ではこうして私が日報じみたものを送信しているだけ。週報っていう方が正確かもしれないけれど。

 今日はメッセージを送る元気もないので、返信を待つだけ。返事はなかったけど。


「南に行けば生存者のコロニーがある、って。マニュアルにはあったでしょ。あれも何十年前の話なんだか。今も残ってるのかな」


 そこまで言って、急に乾燥した唇が気になって、軽く噛んだ。

 ぺり、とかわいた皮膚がはがれて口に転がり込む。

 重いバックパックを背負ってすり減らしてきた足の裏が、急にズキズキと痛んだ。


 衛星があったって、メッセージシステムがあったって。返事がなければ意味がないじゃないか。


「まあまあ。おなか減ってるとろくなこと考えないよ、スイちゃん」


 ハルはあっけらかんと言いながら、手袋越しに温まった缶詰をつかんだ。

 立ち上る白い湯気と共に、味噌と出汁の匂いが鼻をくすぐった。


「はい、ちくわあげる。うずらの卵は私ね」


「待ってよ、なんでハルが卵なの。先導したのは私でしょ。私が卵」


「こじ開けたの私だし~。……んん~~っ! あったかい! 大根、溶ける!」


「ちょっとちょっと、汁こぼさないで! かかる! 服に!」


 小競り合いをしながらも、私たちはおでんを口に運んだ。もちろん、手づかみだ。お箸なんてものはない。

 出汁の塩分が、熱い湯気と一緒に喉の奥へしみわたっていく。

 ただそれだけのことで、足の裏の痛みはどこかに行ってしまったような気がした。


 生きてるんだ、と喉が鳴った。


「ねえ、スイちゃん。あれなに?」


 もぐもぐ、と口を動かしながら、ハルが屋上の隅を指さした。

 そこには、コンクリートの台座に固定された、金属の筒があった。望遠鏡だ。

 空を見るためだけの道具……らしい。マニュアルにそうあった。


「昔の望遠鏡。……ほら、ここに『100円』ってかいてある」


「ひゃくえん? なにそれ」


「昔の硬い金属のお金。それをここに入れないと、視界のシャッターが開かない仕組みだったんだって」


「へんなの~。空見るくらいタダでいいじゃん。けち臭い機械だな~」


 ハルはそういいながら、筒の横にあったコインスロットを覗き込んで、手袋の指先でレンズカバーを強引に押し上げる。

 カチャリ、とさびた音がした。シャッターが開いてしまったらしい。


「あ、見えた。タダで見放題じゃん!」


「……は? ハル、壊したの?」


「壊れたのが直ったの。ほらほら、スイちゃんも見てみなよ。すっごい光ってるよ!」


 呆れた。妙なところで口が達者なのが、ハルという人間だった。

 ……とはいえ、せっかくなので私も覗き込んでみる。

 ここにもう一度来ることなんて、きっとないだろうし。


 接眼レンズに目を当てると、晩秋の夜空が丸い視界の向こうに広がっていた。


 大気が冷え切って、粉塵が沈んでいるおかげだろうか。

 空は吸い込まれそうなほどに深い群青色をしていた。

 その暗闇を、無数の鋭い光の点が泳いでいた。


「綺麗でしょ~。こういうので見ると、空も面白いね!」


 ハルが横で言った。


「星って、あんなにいっぱいあるんだねぇ」


「あれ、星じゃないよ」


 私はレンズから目を離さずに言う。

 これもそう、これも違う。本当の星じゃない。

 チラチラと光るそれは、よくよく目を凝らすと本当の星の瞬きとは違う、周期性のあるものだった。


「……え?」


「あれ、人工衛星。大昔の人類が、空の外側に打ち上げた機械だよ。……ほら、こっちのやつ見て。三秒おきにチカチカ光ってるでしょ。あれは、信号灯」


「ぜ、全部?」


「まあ……ほとんどそう。少なくとも半分以上は。地上の機械はほとんど止まっちゃったのに、あいつらだけ太陽光パネルで電気作って、誰も聴いてない電波を出しながら、ずっと回り続けてる」


 マニュアルには、そうあった。

 黙ってしまったハルを横目に、私はもう一度望遠鏡を覗きこんだ。

 ペガススの四辺形は、どこにも見つからない。星が多すぎるからだ。


 代わりに、数えきれないほどの人工衛星ばかりは見つかった。

 視界の中で、音もなく規則的に繰り返される、銀色の光。

 

 何十年も、何百年も。地上の人間がどうなったかも知らず、自分を作った者たちが消え去った夜空を、ただ命令《プログラム》された軌道のまま滑空し続ける機械たち。


 その孤独を思うと、ほんの少しだけ親近感を覚えるかもしれない。

 ……違うのは、お仲間がこんなにたくさんいるってことだけれど。そこが私たちとは、違うところだ。


 それからかわりばんこで、私たちは望遠鏡を覗きこんでいた。

 何が面白いのか、ハルは妙に熱心だった。そんなに空が好きだったっけ。


「流れ星、ないね」


 おでんの残り汁をすすりながら、ハルがぽつりと言った。


「流れ星?」


「そ。流れ星。昔の人は、流れ星を見ると願い事をしたんだって。なんでも叶うらしいよ」


 ああ、マニュアルにあった知識だ。そういうところは読んでいるのか、と正直呆れかえった。

 普段は『スイちゃん~~私これ無理~~読めない~~』と放りだすのに、妙なところはしっかり読んでいるらしい。

 ため息が口の端から、白い帯になって漏れていった。どことなく出汁の香りがした。


「流れ星、ねえ。大気圏に突入した衛星の燃えカスなら見れるかも、だけどね」


「衛星でも流れ星なら、叶うのかなあ」


「……機械に願い事したって、叶うとは思えないけど。命令《プログラム》されてないことは、機械にはできないんだから」


 そもそも星だって無理でしょ、とまでは言わなかった。言ったら何か、大事なものを失う気がして。

 ふりかえったハルは耳当てをいじりながら、不思議そうに首を傾げた。


「そう? 叶うんじゃない?」


「は?」


 何を言い出すのかと思えば。


「だってさ。機械ってさ。昔の人の『こうしたい』って願いで作られたんでしょ」


 ハルは空になったおでん缶を、両手で包みこむようにして掲げる。


「機械だけじゃないよ。このおでん缶だってそう。『寒い日にあったかいものを食べたい』って誰かが願ったからできたんじゃないの? スイのGPSマップだって、そうだよ。『地図を見たい』とか『遠くの誰かと話《はな》したい』とか。誰かがそう思ったから作られたんじゃん」


 反論しようとして、言葉が出なかった。

 腕の重みには、冷たい金属の感触があって。掌《てのひら》にはおでん缶の温もりが残っていた。


「だから、願いくらい叶えてくれるって。衛星でもさ」


「……さすがに、なんでもってのは荷が重いでしょ」


 やっとまともに出た言葉は、それだけだった。


 その時。私の腕で、GPSが振動と共に甲高い電子音を立てた。


 ──ピピピピピピピピッ!


「……えっ!?」


 間髪入れずにホログラムが展開され、いくつもの警告ウィンドウが表示される。


『WARNING: ORBITAL DECAY』

『SYNC LOST: ID-409』


「スイちゃん、スイちゃん! 空! あそこ!」


 ハルが叫んで、夜空を指さした。

 望遠鏡なんて使わなくても見える。

 天頂をかすめていた光の点の一つが、不意にまばゆい蒼白い閃光を放ったのだ。


 光は一筋の尾を引いた。

 薄い大気につかまって、超高速で落下しながら、自身の機体を削り、燃え上がらせていく。

 地上には音一つ届かない。けれど、暗黒の夜空を真っ二つに切り裂くその光は、


 信じられないほど鮮烈で、暴力的で。そして、息を吞むほど美しかった。


 何十年ものあいだ、暗闇の中で孤独に命令を守り続けてきた衛星《きかい》の、たった一度きりの最期。


「落ちてる……っ!」


 私は思わず呟いた。


「軌道寿命だ。もう、誰もなおしてあげられないから……」


「スイちゃん! 願い事!」


 ハルが私の腕をつかみ、激しく揺さぶった。


「え、だって、あれ衛星──」


「機械だよ! 願いのかたまりだよ! 早く! 消えちゃう!」


 泣きそうな声で、そう畳みかけた。


 光の尾が、蒼白いそれから、鮮やかな白へと変わっていく。

 大気圏の底へ向かい、機械が命を燃やしつくしていく。

 私は腕のGPSマップを握りしめた。ひんやりとしたそれは、いつものようにズシリと重い。


 かさかさになった頬が、今日は少し湿っていた。

 機械もいつか死ぬのだと、そう思って。

 そう思って──。ハルの暖かい手につられるように、冷え切った夜空に手を合わせた。


 その一生を無駄にしないように。意味があったと思えるように。

 二人で手を合わせて、声を張り上げた。


「──明日はもっと、ご飯が見つかりますように!」


 私たちの声が、冷え切った夜の闇に溶け込んでいって。

 光はひときわ強く瞬いて、そして、ふっと消えた。

 あとには、元の静寂な夜空だけが残されていた。




 ◆




 それから、私たちはバックパックのところに帰ってきて、寝床の準備をしていた。

 お互い口数は少なく、いつものように電灯を置いて、手早く寝床を整えた。


 毛布を引っ張り出し、肩を寄せ合ってコンクリートの床の上で丸くなる。

 体温の高いハルは、こういう時にありがたい。お互い様だとは思うけれど。

 私だって、体温は低くない……らしい。

 うとうととしてきたところで、不意にハルが口を開いた。


「……スイちゃん、起きてる?」


「……今、寝るところだった。何?」


「願い事さ、やっぱ『誰かに会えますように』の方が良かったんじゃないかな~って……」


 私は少し悩んで、軽くハルにデコピンをした。


「いたっ! 何するのさ! ひどいよ!」


「バカ言ってないの。会うのがいい人とは限らないでしょ。食べ物でいいんだよ」


「そうかなあ……」


「そうなの」


 釈然としないといった様子で、うとうとと目を細めていくハルに、私は毛布を掛けなおした。

 しばらくすると、すーすーと寝息が聞こえてくる。寝言だったのだろうか、単に寝つきがいいだけか。

 まあどっちでもいいか。私は天井の隙間から覗く夜空を、なんともなしに見つめた。


 晩秋の夜空には、無数の光が瞬いていた。

 その光は、半分以上が人工のものだ。

 昔はもっと、機械の信号じゃなくて、本物の『星』が瞬《またた》いていたらしい。


 腕のGPSマップをちらりと見る。

 バンド型のそれは、むだに重くて。

 むだに頑丈で。

 むだに高機能で。


 ……そして、私たちを助けてくれている。きっとこれからも。


 そういう意味では、願いを叶えてくれるといえば、そうなのかもしれない。

 人には会わせてくれないけどね。そこだけは少し不満。


 腕のそれを軽くなでて、夜空に瞬く星を、薄目に眺めてつぶやいた。


「おやすみ」


 目を閉じる間際、星々がひときわ瞬《またた》いたような気がした。

 



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