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クラスの氷の女王様は、俺の家でだけ甘やかされたいらしい  作者: たけのこ


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第4話 氷の女王の誤解と、文化祭の夜の告白

 図書室での一件以来、氷室の独占欲は日増しに強くなっていた。


 


 昼休み、彼女は俺の席までやってきて、静かにそう命令する。


「星野。この五分間、貴様の膝は私の専用ソファだ。異論は、不要な介入だ」


 彼女は当然のように俺の膝の上に頭を乗せる。俺の髪を優しく撫でる彼女の手。その様子を、真上から田中の顔が覗き込んできた。しかし、氷室の冷徹な一瞥で、田中はすぐに逃げ去る。


 


(この子、本当に俺のこと利用してるのか? 利用してるにしても、こんなにも無防備で、甘えたがりな利用者がいるか?)


 


 彼女の黒髪のカーテンの中で、俺は彼女の体温とシャンプーの香りに包まれる。この時間が、俺だけの秘密の安息の地になっていた。


 


 そして、文化祭当日。クラスの出し物である喫茶店の準備で、俺と氷室は二人きりになることが増えた。


「星野。このメイド服の背中の紐、自分で結ぶのは多大な労力だ。貴様が結べ」


 

 準備室の隅で、俺はメイド服を着た氷室の背中のリボンを結んでやった。

 


「きつすぎないか?」

「……否。貴様の力が、私の身体を拘束しているという事実が、妙に落ち着く」


 


 彼女は真顔でとんでもないことを言う。その白い肌と、露出した華奢な首筋。メイド服を着ていても、全く隙のない「氷の女王」の姿だが、俺の家で見せるだらしない猫のような素顔を知っている俺には、その完璧さが逆に『偽りの装甲』に見えていた。


 喫茶店は当然の大盛況。氷室のメイド服姿を一目見ようと、行列が途切れない。

 


 休憩時間、俺がホールを回っていると、氷室がレモンスカッシュを持って俺の隣にすっとやってきた。



「星野。貴様の働く姿は……無駄に活発だ。だが、水分補給は必要だ」


「ありがと、氷室」


 俺は彼女からレモンスカッシュを受け取り、一口飲んだ。冷たい飲み物が、熱を持った体に染み渡る。



 その瞬間、遠くから田中のグループと、陽菜が、こちらを険しい表情で見つめているのが見えた。



「間接キスだぞ……完全に星野が氷室さんを脅して、いいなりにしてる!」

「最低だよ、悠真……! 私だって、あんなに一生懸命家事手伝ってるのに、どうしてあの人なの!」


 噂は瞬く間に広まった。「星野が氷室を脅している」というゴシップで、学校中が持ちきりになる。


 文化祭の夜。片付けが終わった準備室で、俺は氷室と二人きりになった。周囲のざわめきが嘘のように静まり返っている。


「氷室。噂が広まってる。俺がお前の弱みを握って、同居させてるって……」


「……構わない」



「構わない、って。お前は何も悪くないのに」


「……不要だ」氷室はゆっくりと振り返った。その瞳は、何か深い悲しみを湛えていた。


「説明など、誰にも届かない。皆、私が完璧であることを期待している。私が生活能力のない『ダメ人間』であることを知れば、彼らは失望し、私から離れていく」


 彼女の、完璧主義の両親に育てられたがゆえの「弱みを見せると孤立する」という強迫観念が、震える声から伝わってきた。


「だから、星野。貴様が私を利用している悪役でいてくれ。貴様が全てを被れば、私の評判は守られる」


 その言葉は、あまりにも寂しく、俺の心臓を強く締め付けた。


 俺は、衝動的に彼女の肩を掴んだ。


「ふざけるな! 誰も離れなんかしない! お前は、全然『氷の女王』なんかじゃない。俺の家で、飯を美味そうに食って、膝の上で寝る、ただの可愛くて不器用な女の子じゃないか!」


 俺の強い言葉に、氷室の瞳が大きく開かれた。


「貴様……」


「俺は、そんなお前が好きだ。弱みなんか握ってない。俺が勝手にお前の世話を焼きたいんだ! 誰がなんと言おうと、俺はお前が家で甘えてくれるのが、嬉しいんだ!」


 俺は、一気に胸の内に溜まっていた感情を吐き出した。


 彼女はしばらく沈黙した後、小さく、泣きそうな声で呟いた。


「……貴様だけが、私を……完璧じゃない私を、受け入れてくれるのか」


 そして、次の瞬間。

 彼女は、俺の制服の襟を掴んで、力強く顔を引き寄せた。


「っ……!」


 


 チュッ。


 


 それは、まるで凍てついた湖に落ちた一滴の雫のような、短いキスだった。レモンスカッシュの微かな甘さと、彼女の唇の冷たさが残る。

「……これは、貴様の告白への、報酬だ」



 彼女はすぐに顔を離し、赤くなった顔を手のひらで覆い隠した。その仕草は、いつものクールな彼女からは想像もつかないほど幼く、そして破壊的な可愛さだった。


「だが、星野」

 った。


「……これは、貴様の告白への、報酬だ」


 彼女はすぐに顔を離したが、その体はまだ震えていた。彼女は、メイド服のエプロンの裾をきゅっと掴み(彼女が極度に緊張した時の仕草だ)、潤んだ瞳で俺を見つめた。


「だが、星野」


 彼女は、俺の制服の胸元に、額を擦りつけるように顔を伏せた。


「私は、貴様の優しさに依存している。貴様がいない生活を、もう『多大な労力』と感じる以前に、耐えられない。だから、もう一度、私に最高の依頼をしろ」


 そして、そのまま俺の胸に、彼女の柔らかい身体をそっと預けた。メイド服の上からでもはっきりと伝わる、彼女の胸の密着。その熱と柔らかさに、俺の全身が硬直した。


「……私は貴様を誰にも渡したくない。あの桜井陽菜の視線は、不快極まりない」


 彼女の甘えたような、そして独占欲に満ちた声が、俺の耳元で囁かれた。


 俺は、込み上げてくる愛おしさに耐えられず、彼女の背中に腕を回した。


「最高の依頼、了解。氷室、いや、怜奈」


 俺は彼女を抱きしめ返し、その柔らかな髪に顔を埋めた。


「俺でよければ、これからもずっと、お前の衣食住、全てを完璧に管理させてくれ。そして、俺の恋人になってくれ」


「……承諾する。悠真」


 俺の腕の中で、彼女はまるで子猫のように満足げに身を震わせ、俺の名前を呼んだ。



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