「ない」彼と「ある」彼女の出会い
『他人に変わって欲しければ、自ら率先して変化の原動力となるべきだ。』ガンジー(インドの宗教家 1869~1948)
「いらっしゃいませ。」
カランとベルが鳴り、坂井はお客様にどこの接客業でも聞く言葉を言う。入ってきた客も特に気にすることもなく、空いている席に座る。
坂井の職場は、都市部から少し離れた繁華街のBARである。BARといっても、バーテンダーがシェイカーを振り、見たことも聞いたこともないようなカクテルを提供するBARではなく、カジュアルなみんなでわいわいできるBARだ。
「なに飲まれますか?」
坂井は今さっき入ってきた客におしぼりを渡し、メニュー表を見せながらテンプレの接客を開始する。
「んー。じゃあコークハイでお願いします。あ、ウイスキーなにありますか?」
「角とジャックがあります。」
「それじゃあ、ジャックでお願いします。」
「かしこまりました。」
客からの注文を聞き終えた坂井は言われた通り、コークハイを作る。女性でウイスキーを飲むこと自体、珍しくはないがジャックダニエルでコークハイと言われれば、歳の割に飲み慣れている雰囲気を感じる。
坂井もコークハイを飲むなら、ジャックで飲むことが多いだけに一概には言えないが。そんな思考と共に、コークハイを作り終えた。
「おまたせしました。コークハイとチャームになります。」
「ありがと。」
女性客は飲み始めた。形式的な作業を終えた坂井は、伝票を書きに女性客から少し距離をとった。
女性客の伝票書きながら他の卓の伝票もチェックしていると、従業員の獅子堂から声をかけられた。
「店長ー。あの新規の女の人のところに付いてもいいですか?あの人めっちゃタイプなんで。」
「お前なー。自分のお客来るまでだぞ。」
「了解っす!後30分くらいで来るんでいってきますー。」
そう言ってノリノリで女性客の卓へ向かっていった。
「どうもですー!一緒に乾杯してもいいですかー?」
「いいですよ。」
「ありがとうございます!ところでお姉さん何飲んでるんですかー?」
「コークハイよ。」
「そうなんっすね!オレも同じのいただきます!」
獅子堂のフランクなノリはいつ見ても感動する。BARで働くよりもホストの方が向いていそうだ。獅子堂本人は体験だけ行ったことはあると言ったいたが、どうも雰囲気が合わなかったらしい。
「はーいKP!」
獅子堂の声に合わせてコークハイの女性も乾杯をする。
一見するとカジュアルBARよりもクラシックBARの方が似合う装いだが、人を見かけで判断してはいけないと理解している。
誰しも皆、その時のテンションで飲みたい飲み方がある。それでもカジュアルBARに一人で来るのはなかなか勇気がいるとは思うが。初めての店ならなおのこと。
そんなことを思いながら淡々と自分の仕事をこなす坂井だった。




