弥生(永愛)
熱海旅行中にチグノから電話がかかってきた。
チグノからのSOSだった。
迷うリョウスケに母ちゃんが助言してくれた。
リョウスケはすぐに東京に戻り古民家に向かった。
古民家の中で両手両足縛られたチグノを発見した。
雷鳴が轟ろくとリョウヘイが現れた。
「どうして、こんなことを?」
ぼくの声は、震えるよりも先に雷鳴が落ちた瞬間にかき消 された。
連続の雷鳴が、リョウヘイの存在を闇に引きづりこむ異様 青光だ。
「照明でもつけるかぁ」
照明がともされた。
チグノが椅子に座らされた人形のようだ。
「随分汚い部屋だなぁ」
錆びついた冷蔵庫、割れたブラウン管テレビが、そのまま 残骸として残されている。
「何だと! この家はずっとオレとオヤジで住んだ思い出 の場所だ」
顔を高潮したリョウヘイが眼球を大きく見開いた。
「オレはガキの頃からおまえのように裕福じゃねぇ!」
ここで挑発にのっては興奮させてしまう。
ばあちゃんが熱海の夜に教えてくれた話しが脳裏に蘇る。
父ちゃんは浮気が原因でリョウヘイだけを連れて女の所に 行った。
ぼくは母ちゃんとばあちゃんが命をかけて守ってくれたの だ。
「オレは戸籍がないんだよ」
その話しは初耳だ。
「オレは売っても金にならなかった」
リョウヘイは林檎を握り潰すかのように、拳の血管が浮か び皮膚に食い込んだ。
初めての兄弟としての会話が朗らかではない。
「清掃会社の社長が父さんか?」
「あっそうだ。もう一緒には済まないって、言われたんだ よ」
「なぜ?」
「あの事務員の女と再婚するからオレが邪魔なんだよ」
リョウヘイの憎しみは器から溢れている。
「オレはオヤジに見捨てられ居場所が、どこにもない」
リョウヘイの怨恨が拳から赤いしずくとなり床に滴る。
雷鳴が轟き再び地響で古民家を揺らした。
みぞれが大きな粒状に変わり壁を何度も叩き、隙間から冷 気が遊びにやってきた。
「いいもの見せてやろうかぁ」
リョウヘイは憎悪をむき出して、にやけた。
照明も怯え点滅を繰り返す。
線香花火の残り火のように、部屋の影を冷気が揺らした。
リョウヘイはチグノに唇を重ねた。
チグノを餌食で食い散らかれそうだ。
ぼくは、こみあげる生唾を飲み込んだ。
チグノは両手両足縛られ首を左右に振って抵抗しかできな い。
「やっ、辞めろ!」
ぼくは、ちぎれそうな震える声を集めた。
「そうこなくちゃ」
闇に落ちるリョウヘイは、にやけ、ポケットから鈍光の金 属をちらつかせた。
「どうだい! 好きな女がこんな状態」
口が裂けるほど口角を上げ満円の白い歯を見せた。
「もう1つ教えてやるよ。チグノのスクープもオレが売っ たんだよ」
「なっ、なんでチグノを?」
「おまえから喜びを取るためだ」
ぼくのハートはドリルで貫通し粉々に崩れた。
その反動で膝から崩れた。
幸せと不幸は捉え方で変わったのだ。
ぼくは糖尿病を背負って生きて不幸だと生きてきた。
でもそうじゃなかった。
「リョウヘイ‥‥‥おまえ今まで辛かったんだなぁ」
同じ時を違う場所で、こんな野獣でしか生きられなかった リョウヘイ。
「兄として助けれなくてごめん!」
「‥‥‥リョウスケ」
「ぼくはもうすぐ死ぬ。ぼくが死んだら母ちゃんを守って くれ」
ぼくは瞬きもせずに直球で視線を逸さなかった。
開いた口には涙と鼻水が混ざる最低の味だ。
「たすけてぇーー」
チグノの悲壮が詰まった雄叫びが部屋を不快色に染めた。
リョウヘイがにやけた。
1度闇に売った魂はそう簡単にこちらには呼び戻せない。
「おまえらは地獄で、一生苦しめ」
リョウヘイの感情は鉄のカーテンで跳ね返した。
照明の点滅は電池を入れ替えたように一気に明かりを灯し た。
照明の明るさがチグノを照らす。
それはスポットライトのようだ。
最初胸が弾けたアプリーレライヴで踊るチグノが蘇った。
華やかな一輪の薔薇が、ぼくのど真ん中に咲いた日だ。
今は一輪の薔薇が、ど真ん中から折れてしまう。
チグノの頬には輝きを失った砕け散った水晶の光跡が残っ ている。
「どうだ! 大切なものがなくなる気分は?」
ぼくは膝から崩れた身体を両手で支えた。
無防備で抵抗できない弱虫なぼくを、塩味が開いた口を潤 す。
「リョッピーさん。わたしなら大丈夫よ」
チグノが部屋に漂う冷気を吸い込む。
喉元が大きく前後した。
「幼稚園の頃から、宇宙に負けない愛は知ってるよ」
チグノはゆっくり冷気を暖気に変えた。
部屋を舞う暖気が、ぼくの眠った意識の鍵を開けた。
「それって‥‥‥どう言う意味?」
「覚えてる、保育園の頃?」
錆びついた鍵はゆっくりと開き過去へ招待してくれた。
「もっ、もしや、ノグチカナちゃん?」
開いた過去は一気に暖気でぼくを包みこんだ。
「うん。‥‥‥カナよ」
年長組になった途端、転校してしまった。
‥‥‥あのカナちゃん。
「やっと会えたね」
暖かな記憶の森は気持ちが落ちつかせた。
チグノは明るく木漏れ日のような穏やかな笑顔だ。
「わたし‥‥‥リョウスケくんが初恋の人なの」
チグノの輝きを失った水晶は、今は艶のある水疱だ。
ぼくの血潮は速く身体も熱い。
その血潮は貫通し崩れ落ちたハートを拾い集め接着してく れている。
「実はぼくも初恋の人‥‥‥だった」
ーーいっ、言えた。
何十年も胸に突き刺さる封印された慈愛の矢が抜けた。
アプリーレのチグノちゃんじゃなく、ノグチカナちゃんに 好きだって!
こっ、こんな偶然あるのか?
まっ、まさか‥‥‥いつも一緒だったカナちゃんがチグノ!
チグノのえくぼが木漏れ日ごとく揺れ芽が殻を破る。
母ちゃんは、それを知っていたのだ。
‥‥‥ノグチカナだってこと。
今回も閲覧してくださりありがとうございます。
お互い目に見えない力で再び再開した初恋の2人。
この2人とリョウヘイは、今後どうなるか?




