帝と平凡な恋 第七話 互角な模擬戦
第七話目です。
「はぁはぁ」
橙と沙々は地面に座り込み荒い息をつく。
この場に護衛はいない。
中庭で二人きりである。
なぜ二人がこんなことになっているかというと、さかのぼること二時間前…
「沙々、お前は攻撃の魔術を使えるようになったよな?俺と戦ってみないか?」
ある程度、魔術を習得した沙々に橙が提案する。
「安心しろ。手加減はする」
そんな流れで戦っていた。
最初は、やはり手加減しても橙は次々と避けていた。
だが、どんどん沙々が優勢になっていき橙も手加減をやめて本気で戦っていたのだ。
危険かもしれないと、最初に護衛についてくるなと言っておいて良かった。
ここにいたら間違いなく死傷者が出ていたかもしれない。
それだけ凄い戦いだった。
地面は無数の穴が空き、木はなぎ倒されて、低木は燃えていた。
中庭なので、周りの建物に被害が出ないようにバリアを張っていたがそのバリアも所々破られていた。
「沙々、なかなかやるじゃないか」
「ありがとうございます」
二人とも地面に寝転んだ。
「あとで、改修の魔法を教えるから、手伝ってくれ。さすがに一人じゃ手に負えない」
「はい」
「まさか、こんなに互角な勝負になるなんてな。お前を見くびっていたようだ。さすがだな」
「ありがとうございます」
「話が広がらないな」
ふぅっと橙は髪をかき上げる。
汗だくで早く湯浴みをしたかった。
だが、その前に…
「お前、結構鍛え甲斐があっていいな。気に入った」
沙々の腕を自分の肩にまわす。
「だけど無理はするな。足、震えてるぞ」
橙と互角に戦った沙々だったが、やはり経験の差があり、沙々の体力と保持魔力は底をつきていた。
「今日は一日、休んでいい。あと、可昕に言っておくから湯浴みをしてゆっくりしろ」
「ですが、」
そこまで言いかけたところで橙に頭を激しく撫でられる。
「な、なんですか?」
「休めと言っている。しっかり休め。これは命令だ」
命令なんて自分の性格を考えると柄にもないことは分かっているが、無理をして倒れたら元も子もない。
「かわいい侍女が苦しむ姿を見たくない」
ふにっと沙々の頬を掴んだ。
その時、沙々は自分の胸の中で何か感じたことのない感情が膨らんでいっている気がした。
「却下、却下、却下…」
橙は今すぐにでも眠ってしまいそうな頭にムチを入れる。
夜の十二時過ぎ、橙は溜まっていた仕事を必死になって片付けていた。
「軍部の人の数を増やせだの、宴席に出す酒を増やせとかこっちが全部管理してるっていうのに、なんでわざわざ頼んでくるかなぁ」
文句を言いつつ手は止めない。
書類仕事に慣れてきてしまった。
「こちらが管理できていないと皆、思っているのですよ」
梓晴も残業を手伝ってくれる。
「こっちは毎日、毎日、血眼になって確認しているのに…」
そろそろ気分転換をしたいところだが、仕事が終わらないのでそれもできない。
橙は反故の山に近づく。
「フォーコ」
そう唱えると反故の山に火がつき燃えた。
「アクア」
橙は疲れ切った声を出す。
燃えていた火が、現れた魔法陣から出てきた水に消される。
「橙さま、そういえば朝から例の女官と模擬戦をしたようですね」
「あぁ。結構、互角だった。教え甲斐がある」
保持魔力の半分は使ってしまった。
「ですがそんなに強いのならば、もしも復讐ということになってしまった時に抑えられないのでは?」
梓晴が少し、不安そうに聞く。
「おい、俺を誰だと思っている?」
国一番の強さを持つ、橙は余裕の笑みを浮かべた。
「それに、魔術の適性診断の際に沙々の保持魔力に制御魔法をかけておいた。こっちで操作できるから暴走はしない」
机に置いてあったお茶を一口飲むとふぅっと息を吐いて、続けた。
「それに、アイツはそんな奴じゃない。断言できる」
橙はとても満ち足りた笑みを見せた。
「そう、ですか」
梓晴は複雑な顔で言った。
ありがとうございました。
またよろしくお願いします。