帝と平凡な恋 第六話 帝の器じゃない
第六話です。
「まずは、俺を指差せ」
訳がわからないまま沙々は橙の言う通りに指差した。
「そのまま、“フィアム”って言ってみろ」
沙々は深呼吸をして口を開く。
「フィアム」
その瞬間、沙々の指先から光線のような炎を纏ったものが飛び出てくる。
そして、それはそのまま橙に向かって槍のように真っ直ぐ飛んでいく。
危ない!
そう思った瞬間、橙は自分の手のひらで受け止めて、消した。
「どうだ?今のは、自分の保持魔力の威力と比例できるお試しの魔術だ」
「お試し、ですか?」
沙々は自分の手を見る。
さっきあの光線と炎を放った時、手が焼けるように熱を持っていた。
「まぁ、あれは保持魔力を図るためのものだから実際に魔力は使ってない」
確かに、沙々の体力は消耗していない。
「自分もさ、昔調子に乗ってそれを適当に放ったら護衛を怪我させてしまって…。その時にこの保持魔力測定術はそれを消せる物(者)にむかって撃てって怒られたよ」
と苦笑いを浮かべた。
橙は東宮の時から専属の先生をつけられて魔術を仕込まれていた。
もしも国で戦争や災害が起こり、為す術がなくなった時は皇帝が直接援護に出向く。
そういう決まりがあるのだった。
「沙々、君の保持魔力は凄まじいよ。その素質を自分が開花させれるなんて嬉しいな」
満面の笑顔を浮かべた橙。
その時、沙々は思った。
…皇帝にしとくには勿体無い人、と。
「よろしくお願いします」
沙々は深々と頭を下げた。
「あぁ。俺が、いや私がお前を育て上げよう」
「いや、話が逸れてきてるんだが」
橙は腕を組んで俯いた。
「笑顔が見たいって思ってそばに居させたのに…なんで俺は…」
そこまで言ったところで横に首を振る。
自分の立場を思い出さないと。
十五の時に帝になった。
判断力もない若造とどれだけ馬鹿にされたか、責任の重みも知らないとどれだけ否定されたか。
それでも、橙は成長して見返す道を選んだ。
正しい道を、選んだつもりだった。
「なのに、自分は帝の器じゃない。俺、違う私よりも立派な人はごまんといるのに」
キュッと唇を噛む。
「とことんついてないな」
哀しみに満ちた独白が零れ落ちた。
次の日
「今日は魔術の適性診断だ」
橙は目を瞑り、魔法陣を出す。
「この上に乗れ」
沙々はゆっくりと魔法陣に足を踏み入れた。
「安心しろ。痛くも痒くないからな」
そこで沙々の意識は遠のいて行った。
「起きましたか?」
暖かみのある声が頭の上から降ってきた。
目を開けるとそこには可昕が沙々の顔を優しい笑みを見せながら覗いていた。
「私は…?」
沙々は混乱しそうな頭を押さえる。
「橙さまが言っておりましたよ、魔術の適性診断は無事に終わったと」
そこで沙々は可昕の膝の上にいることに気づいて慌てて、起き上がる。
「沙々は、橙さまのことを好きですか?」
なんの脈絡もなしに聞いてくる。
沙々がほんの少しだけ面食らった表情を見せると、可昕は吹き出していた。
「私は好きよ。尊敬していて、この上なく憧れる」
「私も尊敬はしています」
沙々は視線を彷徨わせながら言う。
「あらぁ、その様子だと心からって訳じゃなさそうね」
ふふっ笑う可昕。
可昕はよく笑う。
その笑みがみんなの心を和ませてくれる。
「彼は、とても立派なお方よ。側に居れることに感謝しないとね」
可昕は自分の唇に人差し指を当てて、片目を閉じる。
その仕草が妙に色っぽいと思った。
彼…。
少し含みのある言い方で言う。
「はい」
沙々はそう答えた。
それから、沙々の得意な魔術は水と分かり、水の魔法を中心に特訓を続けた。
そんな特訓の日々を繰り返すこと、数ヶ月。
季節は夏になった。
「暑いよ〜梓晴〜」
橙は机に突っ伏しながら言う。
「仕方ありません」
「冷たいなぁ」
むすっと唇を尖らせる。
「橙さま、その姿だと威厳のかけらもありませんよ」梓晴は呆れの混じった声を出す。
「威厳ってさ、どうやって出すのさ?髭生やすのか?威張り散らかすのか?どうやるのさ?」
橙は輸入した紅茶を飲む。
「とりあえず、その子供みたいな雰囲気を変えることです」
「変える…か」
橙は考えに考えた結果、こうなった。
「ドヤッ」
絵に描いたようなドヤ顔をする橙。
「どうして、そうなるんですか?」
梓晴は呆れた様子で言った。
橙は趣味は悪いけど高そうな服に、強すぎる香、そして何を目指したのかは分からないが肩につくかつかないかくらいの髪の毛を後ろで結んで前髪を上げていた。
「それ、威厳があるっていうより、独裁者みたいな雰囲気出てますよ」
梓晴の意見を聞き、橙はあからさまに落ち込んでしまった。
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
「今のままでいいんじゃないんですか。実際にまだ子供ですし、子供っぽくても仕方ないのでは?」
「まぁ、うん」
結局、このままでいることにした橙だった。
そして、変化の魔法で姿形を変えれば良かったことに気づいたのはしばらくした後だった。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。