帝と平凡な恋 第五話 魔術の基礎
第五話目です。
「沙々、明日から俺のそばで働け」
そう言われた次の日、沙々は橙の専属の侍女になってしまった。
けど、どうでも良かった。
解雇しないだけマシだと思った。
今までは“専属”ではなく、単なる“侍女”だったらしく、専属の侍女は着替え、配膳、自室の掃除と橙の一番近くで身の回りの世話をするらしい。
簡単に言うと部屋付きになったということだ。
なぜそうしたのか、真意は分からないが皇帝の言葉には逆らえない。
「沙々、おかわり」
橙が空になったお茶碗を沙々に見せてくる。
「はい」沙々はそれを受け取り、お粥をよそって渡す。
そこで話は尽きてしまう。
「沙々、茶をくれ」
「はい」
「沙々、洗濯に出しておいてくれ」
「はい」
…続かねぇ。
朝から永遠とこの繰り返しだ。
とはいえ、話すことも特にない。
そこで橙は話題を思いついたのだった。
「沙々、この前の女官選抜会の時の魔法をやってみてくれないか?」
掃除をしていた沙々に声をかけて、中庭にやって来ていた。
「…あれは、保持魔力を全て使ってしまいますので、申し訳ございません」
「それは、そうか。…なら、他にできる事はないのか?」
橙がそう尋ねると沙々は軽く横に首を振った。
「私は、奴隷村で育ちました。まともな魔術教育を受けていません。できるのはあの魔法くらいです」
「そうか」
このままだと、また話が終わってしまいそうな感じがしたので少し考えた。
考えた結果、「俺が教えようか?魔術を基礎から」
「え、」沙々は今まで見た中で一番目を見開いた。
「お前は、魔術の素質がある。だからしっかりと教育を受ければいい。というか受ける権利がある」
橙は胸の前に手を伸ばして、目を瞑った。
「スピリトル アクア」
するとその瞬間、眩しい光と共に地面に魔法陣が現れてそこから綺麗な水が溢れて来た。
そして、その水は形を作り、やがて妖精とも蝶とも言えるようなものが出来上がる。
「どうだ?これが俺の最高傑作のウォーターフェアリーだ」
少々自慢げに言ってみる橙。
「…すごいです」
素直な気持ちが溢れてくる。
「そうだろう、そうだろう。十年以上かけて生み出したんだ。最初は形を作るのが難しくて動かすこともできなかった」
妖精を触りながら語る。
「だが、今はコイツにも自我がある。愛玩動物みたいなものだな」
その妖精はやけに橙に懐いていた。
それは、橙が試行錯誤の結果生み出したおかげなんだろう。
「俺に憧れるなら明日、朝五時にここにいろ」
橙は満足そうな顔をして去って行った。
「憧れるなら…」
沙々は自分の胸が高鳴るのを感じた。
春の朝はまだ寒い。
まだ、薄暗い外を見る。
「自分で指定したとはいえ流石に早すぎたな。まぁ、目立たないように練習するならこの時間か」
橙はいつも着ている魔術の練習着を見に纏い、部屋を出る。
護衛も後をついてくる。
「来るかな?」
正直、来るか来ないかは半々な割合だろうとは思っていたが…。
「おはよう、沙々」
そこには、動きやすい格好をした沙々が立っていた。
「おはようございます。橙さま」
抑揚のない声を出す沙々はいつも通りだが、少し楽しそうに感じた。
「特訓を始めようか」
橙はシニカルな笑みを浮かべた。
そして、沙々も無表情ながらどこか楽しそうに感じたのは気のせいなのだろうか?
ありがとうございました。
またよろしくお願いします。