帝と平凡な恋 第四十話 風邪
第四十話です。
最近、いつもより命を狙う者が多い気がする。
理由は簡単だ。
「俺が沙々のことを妻って言ったからか」
多分、その命を狙ってくる奴は妃の親の部下と言った辺りだろう。
あの発言が広がり、今では後宮内全てに広がってしまった。
一応妃たちのところには行くが、道中で向けられる目線がなんともいえないものに変わってしまった。
そのせいで沙々が攻撃の的になるなら、自分の落ち度としか言えない。
もっと、信頼できる者の前だけで話せば良かった。
「橙さま。どうするのです?」
龍布がこれ見よがしにため息をつく。
「どうしようもこうしようも…」
橙は頭を悩ませる。
「責任はしっかり取ってください」
「分かってはいるんだが…うーん」
唇を噛んで難しい顔をする。
「でも、待てよ。妃を狙うなら分かるが皇帝まで狙う必要はあるのか?」
「確かに」
龍布も頷く。
「となると、この国を潰そうと考えるものくらいだが…念のため、ここの宮にバリアでも張っとくか」
橙は座ったまま目を閉じて、手を上に上げる。
「オールバリア」
その瞬間、淡い光で宮を包む。
「よし、これである程度は不法侵入を止めることができるぞ」
このオールバリアは門番が許可したものしか通れない。
魔術攻撃が来た場合も被害がなくて済む。
「後宮全体にもバリアを張りたいがあの規模が規模だけにどれくらい持つか…」
橙の住む宮くらいならしばらく続けられるが、橙の住む宮よりも何十倍もある後宮を橙のバリアだけで囲むのは無理がある。
「となると国全体の警備を強化しないといけないな」
「また、何かあってからでは遅いですからね」
龍布が軍部に話しておいてくれるようで任せる。
「忙しくなりそうだな」
「はい。ですが妃のところにもしっかりと行ってくださいね」
龍布はすかさず言う。
「そのうち行くから」
「また、この前のように医官から直々に子を作れと言われますよ?」
橙は分かりやすく渋い顔をした。
人から言われるのは、なんとも嫌である。
皇帝の仕事は大変なのだ。
「なので、今のうちに行ってください」
「今夜かぁ。今夜はなんとも…」
本当になんとも言えない顔をする。
「後宮には行く」
「分かりました」
いってらっしゃいませと頭を下げる。
橙は紅く染まる葉を見て目を細めた。
季節はもう秋になり、少し肌寒くなってきた。
「最近は考えることが多くて頭を冷やしたくなることが多いな」
ため息混じりに愚痴を言う。
「水をかぶりたい気分だ」
そう呟いた瞬間、冷たい水が頭から降って来た。
「は、はわぁ」
横を見ると宦官が顔を真っ青にして橙を見ていた。
どうやら、水を運んでいた時に手を滑らせて橙の頭に桶ごとかぶせたのだろう。
「ははっ、本当に水をかぶってしまったな」
苦笑いを浮かべて橙は顔を手で拭う。
「も、申し訳あ、あ、ありません、で、でし、た!」
噛みまくりながら謝る宦官は絶望に満ちた顔をしていた。
その宦官が可哀想に見えてくる。
きっと、処刑されると思っているのだろう。
そんなことするわけないのに。
「大丈夫だ。気にするな」
皇帝に気にするなと言われて気にしない人なんていないだろう。
「大丈夫…っくしゅん!」
「橙さま。宮に帰りましょうか」
護衛が心配そうな顔をした。
「そうだな」
風邪を引かないうちに帰ることにした。
「へっくしゅん!」
「そして、案の定風邪を引いてしまうんですね」
龍布は、はぁっとため息をつく。
「あぁ、…だから今日は…ゴホッ…仕事休むからよろしく」
と言って掛け布団をかぶってしまった。
熱と咳、くしゃみが出るらしく風邪を引いてしまったみたいだ。
「ということなので、風邪が治るまで仕事はさせないようにしてください」
沙々が替えの手拭いを持ってくる。
「橙さま。手拭いを変えさせてください」
「…うん」
橙は額を見せる。
好きな子に看病してもらってさぞ嬉しいだろう。
そんなことを思いながら橙の代わりに仕事をしようと部屋に戻る龍布だった。
「橙さま、お大事に」
龍布は唇を尖らせて呟いた。
ありがとうございました。