帝と平凡な恋 第三十九話 過去
第三十九話です。
蓮然とは昔馴染みでよく遊んだり、お互いの家を行き来していた。
一族を処刑されたと言ってもその一族っていうのは血族ではなく、奴隷村の中でも区画が分かれており、その区域に住むもの同士が一族として扱われる。
子供は沙々と蓮然を含めて十数人いたかどうかというところだ。
子供とはいえ、大人と共に働かされて関わっていたのは蓮然くらいだった。
蓮然は昔から好きでいてくれているみたいだったが、沙々は前から大人たちから酷い扱いをされてきて心をあまり開かなかった。
だから、友達のままでいたかった。
なのに、ある日…。
蓮然がいきなり家に来てくれというので何も疑うことなく行ってしまった。
すると、蓮然はなんで答えてくれないのかと強引に迫ってきた。
沙々は「私以外でも良いでしょ」と軽い気持ちで答えてしまったのだ。
だが、蓮然の気持ちは単なる友達に向けられるものではなかった。
「沙々じゃないとダメ」と、抱きしめられてしまった。
その力が強くて、苦しそうで蓮然のことを受け入れようとした。
けれど、村長が突然やってきて何事もなかった。
安堵しているようで、少し哀しい気持ちにもなった。
こんなに思ってくれていたなんて、と。
そう悩んでいる時に後宮の女官選抜会の話が来て、村の中でも容貌が良い沙々が選ばれた。
そのまま後宮で働くことになり、橙が隠れ妃にしてくれた。
この前、橙が沙々のことを妃だと言った時に蓮然は思っただろう、なんで橙は良いんだときっと思っただろう。
傍から見れば、地位や名誉もあり、お金に困ることもない容姿端麗な皇帝を選んだんだろうと誰でも思う。
実際は違くても周りはそう捉える。
蓮然もそうなのだろうか。
昔の蓮然の顔が思い浮かぶ。
「__々、___さ、沙々」
どこからか名前を呼ばれている気がする。
優しくて、暖かい声で。
「沙々」
「…ん」
目を開けると橙の顔が目の前にあった。
「橙さま」
「目、覚めたみたいだな」
「…私、寝ちゃってました」
気づいたら、寝てしまっていたようだ。
「夏とはいえ風邪引くぞ」
「はい、申し訳ありませんでした」
沙々は顔を上げて橙の顔を見る。
綺麗な顔が困り顔をしていた。
自分には勿体無いくらい整った顔…。
「橙さま。私のわがまま聞いてくれますか?」
「ん?わがまま?」
橙は首を傾げる。
「買い物に行かせてください!」
「はぁ?」
キラキラとした目線を向けられて、思わず間抜けな声が出た。
「で、買い物に来たわけだが…何も買わないのか?」
買い物に行きたいと頼んでおいて何も買わないのだろうか?
「欲しいものがなくて…」
欲しいものが店の中から見つからないのか、欲しいもの自体が見つからないのか…分からない。
「そうか」
「すいません、付き合ってもらって」
「いや、好きで来てるから」
別に部下に行かせれば良いんだろうが、なんとなく楽しそうだったのでついてきた。
「欲しいものが見つからないなら、俺が何かプレゼントしようか」
「気持ちだけで嬉しいです」
断られた。あっさりと…。
「そうか」
「あ。ありました」
あったらしい。
その欲しいものが何かと思えば、綺麗な絹製の手拭いだった。
柔らかい手触りで、花の刺繍がされた手拭いはかなり高価である。
「前に、橙さまが市場調査として街に行った時に見て、お給料が貯まったら買いに来ようと思って」
幸せそうな顔をした。
その姿が可愛らしくて橙も頰を緩ませた。
「妻になれば、いつでも買ってやれるぞ?」
「自分で買った方が嬉しさが増しますから」
「言うと思った」
橙はふぅ、と息を吐いた。
「買い物をしたことだし、帰るか」
「はい」
沙々は長くて柔らかい髪をたなびかせる。
沙々の横顔は綺麗で自分には勿体無いくらいだ。
「あの、橙さま。言いづらいのですが帝がそんなに頻繁に街に買い物に出掛けて良いのですか?」
「大丈夫だろ。念のため、俺から半径三メートルは強力なバリアを張ってる。こっそり命を狙ってる輩も多いから」
と、横目で通りの脇道を見る。
そこには、魔術を放ってる人がいた。
バリアのおかげかこちらには影響はない。
「俺は疑り深くて、用心深いからな」
橙は気障な表情で言ってのけた。
ありがとうございました。