帝と平凡な恋 第三十四話 処遇
第三十四話
「というわけだ」
橙は菓子を美味しそうに食んでいた。
朱江が捕まったという事を協力してくれた梓晴に伝えとこうと思い、梓晴のところに来ていた。
「そうなんですね」
ほっとした様子の梓晴。
「ところでなんで知っていたんだ?朱江の居場所」
ずっと気になっていた事を訊ねる。
「私が秘書として橙さまに仕えていた時から、少し怪しく感じて橙さまに内緒で調べていました。それで、最近怪しげな装置のようなものを作っているという情報を知って…」
「なるほどな。謎がやっと解けたよ」
冷たいお茶を飲み干す。
「それで、橙さま」
梓晴が手を差し出してきた。
「がめついな」
橙は苦笑しながらお礼の品を渡す。
「ありがとうございます」
梓晴が受け取ったのは扇子だった。
夏は暑いので扇ぐものが欲しかったらしい。
「さてと、俺は帰るよ」
「そうですか」
少し寂しそうな顔をする。
大人っぽい綺麗な顔に子供みたいな表情をするので思わず、梓晴の頭を撫でていた。
「また来るから。俺はアイツの処分について考えないといけないんだ。アイツが皇族なだけに処遇が面倒くさいんだよ」
今から高官たちが集まった会議である。
「じゃあな」
橙は梓晴の宮を後にすると、会議をする建物に移動する。
「集まってるかな」
部屋に入ると堅苦しい雰囲気が漂っていて、橙は肩身を狭くして椅子に座った。
「そ、それでは、今日は朱江の今後の処遇について話し合う」
橙は緊張した面持ちで話す。
「何か、意見があれば言ってくれ」
すると、一人の高官が手を上げた。
「どうぞ」
「朱江さ、朱江は謀反に加担したのですよね。ならば、それ相応の罰を受けるべきだと思います。例えば引き廻しの刑なんていかがでしょう?」
「なるほどな、死刑以上の刑罰か」
それも考えていた。
だが、橙の性格はとても悪かった。
「処刑する前提だとしたらそれが一番かもしれない」
まるで処刑はしない前提で話す。
高官たちの形相がさらに険しくなった。
「ならば、皇帝は朱江を処刑しないのですね」
「あぁ。使うだけ使う」
利用できるなら使い倒すまでだ。
それが罪人だろうと。
「貴方様は何を考えているのですか!?うちの軍部からも死傷者が出ているのですよ?そんな企みの片棒を担いだ人を罰も与えず、利用するなんて!」
勢いよく机を叩く。
周りの部下たちが必死になって抑えていた。
皇帝の前でこんな無礼な態度を取れば、下手をすると首を斬られる。
「別に罰を与えないとは言っていないぞ。しっかりと“罰”を与えるんだ」
にやぁとこの場に不謹慎な笑みを浮かべた。
会議は橙が自分勝手なことにすぐに終わらせた。
納得いかない顔をした者たちは、その後部下である龍布のもとにクレームを入れに行ったらしい。
「それで、どうするんですか?橙さま」
クレーム対応に疲れ切った様子の龍布は寝台の上で横になる橙に話しかける。
「アイツは、かなり高度な技術で魔力量拡大円形板を作っていた。だから、俺の監視下で働かせようと思う」
「橙さまも仕事があるんですから、いつでも監視できないでしょう?それに、普通の護衛とかならばすぐに逃げられますよ」
「俺の魔術を使えば、頭の片隅で監視しつつ仕事ができる」
「どれだけ、都合が良い魔術が使えるんだ…」
ボソッと龍布が独り言を呟くと橙は鋭い目線で睨んだ。
地獄耳…。
「と言っても、その原理は簡単だ。朱江の事を気にかけつつ様子を見るだけだ」
「でもそれって、二十四時間年中五日無休っていう事ですよね。橙さま倒れますよ」
「うん。だから、お前にも手伝ってもらう」
至極当たり前のように言ってのける橙を龍布はなんとも言えない顔で見た。
「手伝ってもらうってどういう事ですか?」
「さすがに監視を一人でするのは無理がある。だから、交代制にしよう。片方が仮眠を取ってる時に片方が監視をする、みたいな」
「ごめんなさい。無理です」
即断られた…。
「なんで、極悪人なんだ。野放しにはできないだろ」
「だったら、利用せずに処刑することですね」
「いや、だけど」
やっぱり、身内という事でいくら極悪人と分かっていても処刑するのは嫌だろう。
だから、その辺のことが甘くなる。
「分かった」
納得してくれたようである。
「俺、そろそろ風呂入ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
元気なさそうに風呂場に行った。
体を洗い、湯に浸かりながら橙は朱江のことを考えていた。
昔は楽しかった。
よく遊んでくれていたし、自分にとってはとても良い兄だったと思う。
だけど、今の自分が一時の感情で動けば国が混乱するのは間違いない。
「どうすりゃいい…」
頭を抱えて、風呂に浸かった。
「橙さま。のぼせたって大丈夫ですか?」
龍布が心配そうに尋ねてくる。
風呂に入って考え事をして長風呂になってしまったためのぼせた。
「だ、大丈夫だよ」
冷たい手拭いを額の上に置いて冷やす。
「ふらふらしてますよ。水です」
介抱していた沙々は冷えた水を渡した。
「ありがとう、沙々」
「何か悩み事ですか?」
横たわった橙の額に置いた手拭いを交換する。
「まぁ、いろいろあってな」
答えを濁した橙を見て、察した沙々は深く追及はしない。
「休んでください、橙さま。最近は色々ありましたから」
「お言葉に甘えて、もう寝る。普通に眠い」
橙は寝間着に着替えて寝ることにした。
「おやすみなさい」
沙々の優しく声が聞こえた。
「おやすみ…」
朝…。
目の前に見えるのはシニカルな笑みを浮かべた凛乱だった。
既視感しかない。
『今度は何の用だ?』
また、口を塞ぐ魔術を使われているので、そこまで動揺せずにテレパシアを使う。
『また、テレパシア使うんか。さすがやね』
『何回、寝起きドッキリすれば気が済むんだ?』
『別に何回っていうほどしてないけどなぁ』
なぜか、凛乱の方が困ったなぁという顔をする。
『というか、監視役はどうした?』
『え?眠らせた』
と、怪しげなビンを持ってくる。
睡眠薬でも入っているのだろうか。
『これじゃ、監視の意味ないだろ』
そんな簡単に皇帝の寝室に入って来られてはセキュリティが心配になる。
『んで、何の用だ?』
『朱江さまのことについて話がある』
『朱江の事…』
知っているのだろうか、その朱江に裏切られたことを。
『朱江さまは、ウチを裏切った』
『…』
何も答えずただ真っ直ぐに凛乱の目を見る。
『裏切られることは、正直あの性格上計算内やった。それで、朱江さまが怪しいことに関わっているのも気ぃついとった。せやけど、ウチは何もできんかった』
それまで軽い口調だった凛乱の目からはボロボロと涙が出てきた。
『ウチの責任や。そやさかいお願いや。…朱江さまを助けて欲しい』
助けるって…裏切られた相手の悪いところまで全ての責任を自分の責任にしてまで助ける。
心酔してるな、朱江に。
『…ならば、お前』
橙がそこまで言いかけた時、扉が突然開いた。
入ってきたのは龍布で、二人の姿を見て目を白黒させている。
「と、橙さま?そ、その人は…」
「おっと、まずい。もう、時間が来てもうた。じゃ、頼んだわ」
パッと瞬間移動を使い消えてしまった。
「あーやっと喋れる」
肩に手を当てて腕を回した。
「あの、橙さま。今の人は?どういうことですか?」
「さぁ、朝飯だ」
完璧にスルーして橙は朝ご飯を食べに行った。
「ちょっと、答えてください!橙さま」
「龍布も一緒に食うか?美味しいぞ」
「じゃあ、少しだけいただきます…ではなくて、先ほどの人ってもしかして、」
そこまで言いかけた龍布の口を押さえた。
「だーめ。秘密」
妖艶な笑みを浮かべた橙を見て龍布は固まってしまった。
ありがとうございました。
また、よろしくお願いします。