帝と平凡な恋 第二十九話 犯人探しと耳飾り
第二十九話
「そもそも、バリアを破っただけなんですよね?犯人、探す必要があるんですか?」
龍布は自分が耳飾りを捨てたことを棚に上げて訊ねてくる。
「ある」
至極真面目な顔で言い切る橙。
「あのバリアはかなりの腕がないと開けられない。それを俺か、お前が部屋にいない間に開けてしまった。そして、その犯人はさらに重要なバリアを解くかもしれない」
「あの、寝ている間という可能性は?」
沙々が小さく手を上げる。
「ないかな。夜の施錠は昼より厳重にしてあって開けば、絶対に俺のここまで伝わる」
自分の頭を指差す橙。
「俺もよっぽどの理由がない限りは鍵を開けない。というか部屋の監視は俺が常に行っている。その中でアイツかアイツの指示で動く奴が侵入したら、普通に気づく」
「詰みましたね」
「クリアライクを使えば、多少は誤魔化せるが…無理だろうな」
クリアライクは姿を消すことができるが消した時にできる独特の気配を感じることはできる。
もちろん、橙もその気配を感じることができる。
「ってなると、マジで詰んだな」
ゆさゆさと椅子を揺らすが梓晴と龍布に抑えられる。
梓晴も秘書だったので、基本仕事内容は龍布と同じである。
橙の世話役ということも。
「んー、遠隔操作の線ならワンチャン…」
独り言を呟きながら考える橙。
「テレパスハンド…」
テレパスハンドという遠隔操作で作業ができる術があり、それは何の痕跡もなく操作することができるものである。
「テレパスハンドは遠隔魔法波というものが出ていてその波数の大きさで距離を選ぶことができて、その距離が多ければ多いほど、保持魔力を大量に消費することになるが、高位の者ならある程度の時間は扱えるだろうな。でもその遠隔距離波は魔術空間に多少の乱れが発生してそれを見逃さなければ、」
早口で説明をするが、テレパスハンドの術を使えない者には何を言っているのかさっぱり分からない。
「あの、つまりどういうことなんですか?」
龍布が混乱した頭を落ち着かせようと、分かりやすい説明を求める。
「俺が一瞬だけでもその“乱れ”を見逃していればバリアを破ることは可能ということだ」
「ちなみに、橙さまは過去にその遠隔距離波を感じたことがあるんですか?」
沙々の疑問に橙は困った表情を見せる。
「あるといえばある。ないといえばない」
「どっちですか?」
さすがに呆れる沙々。
「どっちかなぁ」
「こちらのセリフです」
「んー、昔さ俺が幼い時に魔術練習をしている時にその波の形を教えてくれたんだけど…覚えてない」
皆、相手が皇帝だからこそ言えなかったがこう思った。
役立たず…と。
「そんな顔をするなよ。俺が十五の時だぞ?覚えてないだろ」
そして、全然幼くなかった…。
「最近のことくらい覚えていてくださいよ」
「だって、あの時はまだ帝になるだの、父さんが亡くなったとかで大忙しで覚える暇がなかったんだよ」
「…」
皆、黙ってしまう。
確かに先代の皇帝が亡くなった時は国中が混乱した。
混乱した国を治めたのが帝になりたての橙だった。
そして混乱の際に一番の関係者である橙はどれだけ大変だったか、考えるとそれ以上は何も言えない。
「というわけで、俺からの情報は以上でーす」
「ならば、どうしますか?犯人は見つからないんですか?」
梓晴は少し眉間にシワを寄せながら聞く。
「いや、罠に嵌めればいい。囮を置こう」
「バレますよ。こんなの」
龍布は小声で橙に言う。
そして、橙は悪戯を仕掛けた子供の顔をしていた。
「大丈夫、大丈夫。今、夜中だから分かんないって」
建物の影に隠れて、様子を見る。
「うっ!?」
いきなり橙が頭を抑える。
「橙さま、大丈夫ですか?」
「あぁ、今回は相当強力な遠隔魔法みたいだな。この乱れは確実に気づく」
頭の中で沿うように嫌な雑音が蠢く感じがする。
「あれがそれだけの犯人の興味を惹く囮だったと言うわけだ」
「“あれ”がですか…」
龍布は何とも言えない顔をする。
「とりあえず、行くぞ」
「よっ、犯人さん。まさか、テレパスハンドと瞬間移動を同時に使っていたとは〜。なかなかやるねぇ、凛乱」
凛乱はいつもと違う、妖艶な笑みを浮かべた。
「ウチ、結構練習したんやけどなぁ。この魔術」
「バレバレだ。てか、バレたくて分かりやすくやったんじゃなくて?」
「そんなMやないで?」
「とりま、それ返してもらおうか?」
橙は凛乱が手に持っている物を指差す。
「えぇ、そんなに欲しいん?」
ニヤニヤと笑うがそれはこちらのセリフだ。
「逆に、そんなに欲しいの?そのエロ本」
「ん?あぁ、朱江さまご所望なんや」
「アイツ、わざわざ人のエロ本を読もうとするとは…」
我が兄ながら呆れる。
「さてと、現行犯だよな。これは」
「そーなるわな」
凛乱は降参だ、と両手を上げる。
「諦め早くない?」
「早い方がええやろ?」
「まぁ、捕まえさせてもらうよ」
橙は指で空に円を描く。
すると、凛乱の腕あたりが縄で拘束された。
なぜか、やたらニヤニヤ捕まって嬉しそうだったので、何かあるなと考えた。
「んー?あ、ちなみに凛乱。幹部棟には連れて行かないぞ?」
「え?だって、刑務所って…」
どうやら幹部棟に行くことが狙いだったらしい。
「安心しろ、俺が飼ってやる。大丈夫だ。監視付きでちょっと働いてもらうだけだから」
凛乱は仕方なく、本当に降参した。
「あんのっ、馬鹿皇帝。何がちょっとや!」
あれから数日凛乱は、監視付きでの労働をしていた。
凛乱は体力もあるということで草むしり、庭一面分と荷物運びの仕事をしてもらっていた。
「凛乱、それを聞かれたら…」
皇帝を馬鹿呼ばわりした本人より周りの方が不安になってくる。
あんな、少年でも皇帝である。
「馬鹿皇帝…のつもりはないが呼んだか?」
そして、呼ばれた人が直々にやって来るというのがお決まりの流れなのかもしれない。
「ふんっ、呼ぶわけないやろ!こんな肉体労働をうら若き乙女にさせるなんて…」
「うら、若いか?」
「うっさい!」
皇帝への言葉遣いが悪すぎて周りは冷や汗をかいていた。
だが、橙は楽しんでいるようだ。
「さぁて、お話の時間はここまで。仕事しとけよ〜」
ひらひらと手を振りながら去って行った。
どうやら、単なる暇つぶしのようだ。
「覚えとけよ。クソ馬鹿皇帝」
橙の宮の外に出るには超強力な結界を破らないといけないのだが、それを破れるのは橙か朱江くらいである。
朱江は凛乱にほぼ無関心で助けにも来ないだろうし、橙は閉じ込めている本人なのでまず、無理である。
なので、とにかく解放されるまで働かないといけないわけである。
「このアホ皇帝!」
凛乱は草をむしりながら叫んだのであった。
ありがとうございました。