帝と平凡な恋 第十八話 謎の軍勢㊀
第十八話
「よし、まずは軍勢の規模は?」
橙は本気モードになっていた。
「ざっと、一万人くらいです」
武官は簡潔に言ってくれる。
「多いな」
五千もいれば上等だと思っていたが、考え方が甘かったようだ。
「こりゃ、戦争が本格的に始まったら国中が大パニックで大騒ぎだな」
「はい。なので、出来るだけ民衆には気付かれずに始末したいと思っております」
「始末ねぇ…。出来るだけ穏便にしたい所だが、ダメかな?」
難しい顔をして考え込む武官。
「それは、難しいですね。あちらはもう正気を失っているでしょう。話し合いで済む人たちではないかと」
橙は頭を抱えた。
穏便には無理、となると強硬手段に出るしかないのか。
嫌だよ、戦争なんて
こういう所が帝に向いてない要因の一つなのかもしれない。
物騒なことは避けたいし、もちろん戦争はいけないことだ。
ただ、相手が制圧を狙ってくるならばこちらは国民を守るためにも武力を使わないといけない。
避けれるものなら避けたい。
「…状況に応じて、指示を出す。それまで、待機だ」
橙は硬い声で言う。
「御意」
武官が去って行き、橙はこの辺りの地図を広げる。
「後宮はここ、東国はこの辺りか」
この地図は魔力を込めることで好きなところに動いてくれる。
十秒のズレはあるが地球の最新情報を流してくれる。
「攻めてきていると言っていたが、この国の国土は広いからな。到着は五日後…」
計算しよう。
腕を組んで考える。
今から、こっちの軍を送ったとして…数は三千人くらいで良いだろうか?
少ないか…うちの軍勢は最高で七千人程度出せる。
南国に援護を頼もうかな。
後宮の南側の地域との親交は深い方で良く互いに助け合っていた。
それを合わせると一万人…。
「いや、それよりも」
もっと最初にするべきことがあるじゃないか。
そうだ、優先順位を考えて行動する。統率者として当たり前だ。
橙は紙と筆を探す。
「あいつなら、分かってくれる」
さらさらと伝えたいことを書き連ねていく。
どうか、届いてくれ!
俊朗…
「へぇ、なるほどね」
男はシニカルな笑みを浮かべた。
「面白いじゃんか…若帝さん」
「軍勢が中央地域に入ったようです」
「いよいよだ」
こっちの軍は中央地域に入ったら動く算段でいた。
「出陣だな」
「御意」
武官は瞬間移動した。
「おい、沙々はいるか?」
すぐに隣の部屋から沙々が出てくる。
「はい、なんでしょう?」
相変わらず無表情だが、前よりも雰囲気が柔らかくなった。
思わず頰が緩みそうになって自分の頬をつねる。
「どうされたんです?」
明らかに不審なものを見る目で見られている。
「いやなんでもない。沙々、いざとなったら戦場に着いてきてくれないか?」
「え?」
「もちろん、危険なのは重々承知している。沙々の安全もこの前以上に確保する。だから、頼む」
橙は頭を下げた。
沙々は帝に頭を下げられて動揺する。
「えっと、私でないとダメ、なんですか?」
「お前の保持魔力は軍部でも喉から手が出るほど欲しい人材だ。だが、女という理由で公式的に戦場には出せない。けど、お前が必要なんだ」
沙々は少しの間、黙った。
そして、微かに唇を動かした。
「…それは、私の保持魔力だけが?」
小さな声で呟いたので橙の耳までは届かなかった。
「どうした?」
「いえ、分かりました。行きます。いざとなったら」
ぱあっと明るい顔になった橙。
「ありがとう、沙々」
そう言って、沙々の手を握った。
「っは、なんなんだよ。この強さは?」
武官の一人が言う。
「俺たちだけじゃ抑えられない」
ほかの武官も言う。
橙たちの国の軍は負けていた。
普段は緑色の草木が生えている草原は今は赤色に染まり、人が何人も倒れて地獄のような景色になっていた。
救護隊の天幕は怪我人で埋め尽くされて、死者も出ていた。
もうすぐで一番、東国よりの村に着いてしまう。
絶対に抑えなくては…そう思うのだが、左腕に刺さった氷の魔術の破片のせいで血がとめどなく出ていて、思うように体を動かさない。
その時、視界の隅に小さな影が見えた。
ダメだ、こんなところにいては…。
そう叫びたかったがその小さな影は赤色に染まり、地面に倒れた。
子供…。
五歳くらいの子供が倒れていた。
頭から大量出血していて助からないことが一瞬で分かった。
村からやってきたのだろうか、この戦争さえなければ楽しく生活できていただろうな。
その子供の仇とばかりに武官は力を精一杯だして、保持魔力を最大限に込めた剣を振るう。
相手はどさりと地面の上に仰向けに倒れた。
「助けれなくて、ごめんな」
あとで、戦争が終わったら丁寧に埋葬すると誓った。
謎の軍勢の強さを軽く見ていたのかもしれない。
冷静な武官はすぐに橙の元へ報告書を送った。
{こちらが完全に負けています。追加の援護をよろしくお願いします}
たった二行の文だが、言葉から相当、相手が強いことが見受けられる。
「援護か…。龍布、俊朗からの返信は?」
「ありません」
だよな…。
橙は唇を強く噛んだ。
まずい、このままでは周辺の集落などにも被害が及ぶ。
中央地域に入ってからはしばらく行かない限り村はなく、草原が広がっていた。
だから、その間に抑えれると思っていたのだが…。
自分の誤算のせいで関係のない人々の命を奪ってしまう。
それがどんなに酷いことか…自分のせいだ。
「橙さま」
凛とした声が聞こえた。
そちらを見ると沙々が箒を片手に立っていた。
「どうしたんだ?」
「そんなに自分を責めないでください」
まるで、心の中を読んだかのようなことを言う。
「けど…俺のせいだよ」
力なく横に頭を振った。
俯いて、この涙で濡れた情けない自分の顔を見せたくなかった。
「諦めろとは、誰も言っていないのですよ」
橙は顔を上げた。
「大丈夫です。私が着いていますから」
手拭いで涙を拭いてくれる。
本当に情けなくて…幼稚なやつだな、俺は。
「そうだな。今からだな」
橙は立ち上がり、意志を固めたように拳を握った。
「見直すぞ、全てを」
ありがとうございました。
また、よろしくお願いします。