帝と平凡な恋 第十五話 東国の業者
第十五話です。
東国、それは後宮がある中央国の東側に位置する地域。
東国というのは民衆が勝手に呼び始めた名前で正式名称は東国ではない。
いわゆる、分かりやすくした名前だ。
そして、それが馴染んで政治的にも呼ばれるようになったのだ。
「東国に行くぞ!」
「えぇ、そうですね」
龍布が古紙をまとめていた。
「業者と話したいことがあってさ、直接会って話したい相手なんだ」
「相手が相手ですからね」
「本当に…」
「それでは、馬車の手配をして参ります」
逆にしてなかったのかよ、とツッコミそうになる橙だった。
龍布が部屋を出て行ったことを確認して本棚に置いている書庫から持って来た本を手で操って自分のところに持ってくる。
「アナライズ」
本に手を当て唱える。
ぽわっと淡い光に包まれる。
橙は目をつぶる。
橙の頭の中にイメージが映し出された。
最近読まれた記録は…ない。
さらに深掘りしようと集中する。
ここ、不自然だな。
橙は深呼吸しながら深いところに潜っていくつもりで意識を最大限、覚醒させる。
何かを消された痕跡…。
かなり難易度が高い魔術を使用されているようだ。
これができるのは…橙の知っている中で自分と、朱江。
「兄貴か」
橙はゆっくりと目を開く。
本を閉じてタイトルを見る。
“国の災難占いの書”
国の災難ということは帝の災難のことでもある。
橙は占いの結果を知りたくなかった。
だが、知っておけば予防できることもある。
そして考えた結果、遠征先の夜に後回しにすることにした。
「橙さま」
ちょうど龍布が帰って来た。
「おかえり」
「行きましょうか。お荷物はそれだけですか?」
部屋の隅に置いてある風呂敷で包まれた荷物を見る。
「うん。ちょっと先に行っていてくれないか?」
「御意」
何かを察して追及せずに部屋を出て行った。
占い書を大事に風呂敷に包んだ。
「ストレージア」
ストレージアは、ものを架空空間に保管できる。
これで、安全に持ち運べる。
「行くか」
夜 遠征先、東国の宿の一室にて
「ふぅ、知りたくない。けど…」
橙は本をじっと見る。
「マジックチェルキオ」
紫色に光る魔法陣が浮かび上がる。
全神経を集中させる。
「フォーチュンテーリング」
この占い書はごく一部の限られたものにしか扱えない。
正直、橙でも使えるか分からなかった。
目次が現れてふぅっと息を吐く。
〈ナニヲウラナイマスカ?〉
片言な音声が聞こえてくる。
「国の未来についてと、俺に起こる災難」
〈クニノミライ…テンサイガオキル。ムホンガオコル〉
あらかた予想していた通りだった。
〈アナタノミライ…フメイ〉
「不明?どういうことだ?」
〈…〉
反応なしか。
頭を抱える。
不明…嫌な予感がする。
朱江は何を知っている?
あんな下衆野郎に心配されんのは…
「腹立つんだよ!」
大きな音を立てて机を叩く。
怒りが熱変換されて机が焼けて穴が空いてしまった。
アドレナリンが切れてしまい、椅子に座って項垂れる。
「振り回されすぎだな」
まだまだ子供だと痛感する。
頭を冷やそうと外に出る。護衛がいる側と別方向にある扉から小庭に出た。
寒い。
ぶるりと体が震える。
冬が近づいて来て、一気に寒くなった。
「冬か」
冬は橙が一番苦手な時期だった。
なぜなら妃、宦官、高官、etc.に見られながら演説のようなことをしないといけないのだ。
自分の思う、国の未来像から新しい政治改革の提案といろいろある。
「早く寝よう」
とりあえず、寝ることにした。
朝
「ようこそお越しくださいました。皇帝殿」
中年の筋肉自慢でもしそうな体を持つ男がおどけるように言った。
今度、業者として後宮に来てもらうことになった。
「今度の件、よろしく頼む」
橙は机の上に置いてあるお茶をすする。
「私たちの地域の伝統的な意匠を使わせてもらいます。気に入っていただけると嬉しいです」
と言って色とりどりの孔雀が描かれた鮮やかな意匠を見せる。
「綺麗ですね」
「そうでしょう、そうでしょう。孔雀はうちの地域で昔から生息したのですよ」
中年男は、意匠を刺繍した布を畳んで自分の従者に預ける。
「さて、帝。本題は何でしょうか?」
自分の従者を部屋から出して言う。
橙は仕方ないと魔術を使う。
「ノータップ」
話を聞かれないためにバリアを張る。
後ろには龍布がいるが、魔法のおかげで聞かれない。
「それで、なんだ?俺から話すことはないぞ」
「あはは、お気遣いいただきありがとうございます。えーと、私からは俊朗さまからの伝言を伝えさせていただきます」
俊朗は東国、東の地域の統治者で橙の国の五地域連盟に加盟している。
橙の国では後宮がある中心部、東西南北にそれぞれ発達した都市があり、それと共にその地域を統べる者がいる。
その中の一人、俊朗は橙と歳が近いこともあり仲が良い方だった。
「それで、なんて言っていたんだ?」
「朱江さまに気をつけろ、と言っておりました」
「は?」
朱江に気をつけろ?
訳がわからない。
皆、一体何を知っていると言うのだろうか?
頭がショートしかけた頃にパチンッと音が鳴って我に返った。
「それでは、橙さま。お気をつけて」
やけに怖い声で言い残して中年男は退出した。
「本当に何なんだよ」
頭をかき乱した。
「寝れなかった」
目の下に濃いクマが出来ている橙。
「気になりすぎて眠れない」
ぎゅっと掛け布団を掴む。
寝不足で頭がぼやぼやしている中、これから起きる事件の準備が着々と進められているなんて、誰も思いはしなかった。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。