帝と平凡な恋 第十三話 梓晴妃
第十三話
「爽妃が妃を辞める、と」
橙は報告書に目を通しつつ言う。
「はい、妃を辞める原因は爽妃のご実家の没落ということです。これで、四夫人の一人が空きます」
梓晴が淡々と説明する。
「ということは、誰かを四夫人の座に置くことができると」
「はい、九嬪の中から選びますか?」
それもいい。
菊蘭あたりを四夫人にしても良いだろう。
けど、それ以上に四夫人にさせたいのは…
「沙々とか、どうだ?」
目を輝かせながら、梓晴に提案する。
「…侍女を四夫人にですか?」
ありえないとでも言いたげな目をする。
妃でもない侍女をいきなり、妃の最高位、四夫人の一人にするなんて言語道断である。
「あぁ。俺が妃にすると言ったら妃になれるんだ」
「…その決定に沙々さんの意思は尊重されないんですか?」
「あっ」
言われてみれば、そうだ。
自分の身勝手さに腹が立ってくる。
「聞いてみる」
「聞き方によっては強制されるのと同じになりますよ」
梓晴は正論をズバズバ言ってくる。
橙が女で侍女だったら上の者に妃になる気はないか?と言われたら、断れる気がしない。
「ダメか」
「それよりも、九嬪の中から、」
そこまで梓晴が言いかけたところで橙が勢いよく立ち上がる。
「そうだ、お前がなれば良い。妃に!」
「は、はぁ?」
思わず、間抜けな声が漏れる梓晴だった。
「梓晴妃、よろしくな」
橙が梓晴に妃にならないかと提案した後、梓晴もまんざらでもない様子だったので妃になった。
展開が急すぎるので、簡単に説明を。
「お前が妃になれば良いんだ」
「は、はぁ?」
間抜けな声を出した梓晴。
「秘書辞めたいってこの前、ぼやいてたろ?」
「な、なんでその事を!?」
盗聴魔法の練習をしていた時にたまたま拾ったなんて言えない。
「それはまぁ、置いておいて」
「置いておいて、ではなく…」
何か言いたげな顔をするが無視を決め込む。
「こんな事なら妃になりたいって言ってたろ?」
「…」
無言の肯定と受け取っておこう。
そうと決まれば…
「四夫人、梓晴妃。私の妃になってもらえますか?」
芝居の様に片膝をついて梓晴に手を差し伸べる。
「…はい」
橙の手を取った梓晴。
「決まりだな」
ニヤリと笑った。
というわけで、妃になった梓晴だった。
「秘書として有能な梓晴がいなくなったのは悲しいが、秘書の幸せが一番だからな。代わりの秘書を探さないといけないな」
橙はボソリと部屋に帰りながら呟く。
「ふぅ。てことは、梓晴とも…」
そこまで考えて顔が真っ赤になる。
秘書と帝、部下と上司が…妃と帝っていう子作りのための関係になる。
顔が燃える様に熱くなってしまう。
「それは最初から分かってはずだよな。そう、妃になれって言った時から…」
ぶつぶつと言っている姿に後ろからついてくる護衛たちは不審がる。
とうとう、頭までおかしくなってしまったかと、同情する護衛もいた。
「おい、新しい秘書候補を募集しろ」
突然、振り返り護衛にそう伝える。
「はい」
慌てて、護衛の一人が走っていく。
「さてと、そろそろ人事異動の季節だな」
秋になり、肌寒くなってきた。
「人事異動なら、春がいいのでは?」
部下の一人が不思議そうに言う。
「うちの国では、秋が定番なんだよな。仕来り的な感じで伝わってるんだ」
「そうなんですね。あと、新しい秘書候補に十人ほど募集がありました」
「なるほどな、じゃあその十人から吟味させていただくか」
不適な笑みを浮かべながら舌舐めずりをする橙に少し引いてしまう部下だった。
「次」
目の前には十人、秘書候補がいる。
そして、その十人の後ろには二人づつ見張りがいる。
橙はいらないと言ったのだが、もし刺客だった場合に備えて抑えられるように二人は見張りが必要だと言うことになった。
「俊浩です。西方の出身です」
「特技は?」
いきなり特技の質問をする。
「えっと、…風の魔術です」
「なるほどな。数字は得意か?」
質問が多くて戸惑う候補者。
その後も質問をしまくって候補者たちは困った様子だった。
「次」
「龍布です。親は交易人をしております」
「そうか、それでなんで応募してくれたんだ?」
寝不足のせいか、それともしばらく沙々に会えていないせいか、少し不機嫌だった。
「自分にも出来ることがあればと、思いまして」
やけに自信がなく見える。
「お前が秘書になったら俺に何をしてくれる?」
「それは…」
少し考えた後、真っ直ぐと橙を見た。
「全力で支えます」
その答えに固まった後、橙は思わず吹き出した。
「ははっ、シンプルでよろしい。これで最後だったな。今日はもう帰っていいぞ」
そうやって秘書候補選抜は終わった。
「今日からよろしくな。龍布」
「よろしくお願いします」
恭しく首を垂れる。
「さて、早速だけど書類整理を頼もうかな」
「御意」
龍布の手際は結構良くて、使えるなぁと思っていた。
「次、そっちを頼む」
「はい」
「次、あっちを頼んだ」
「はい」
このやり取りを数回、繰り返しているうちに夜になった。
「今日は、ここまでだな」
「お疲れ様でした。また、明日もよろしくお願いします」
「あぁ。お前を選んで良かったよ」
無邪気な笑みを浮かべて言うので、子供っぽさがあったが、それがまた可愛かった。
「ありがとうございます」
そう言って部屋を出た龍布。
部屋に戻り、寝台に横になった。
「新しい職場の上司は優しいな」
小さな声で呟いた龍布は瞼を閉じた。
「沙々に会いたい」
気がつけば、沙々のことを考えていた。
「でも、明日は四夫人のところに行かないといけないからな」
忙しい。
帝の仕事は多い。
若いからとなめられてしまい、何でもかんでも仕事を押し付けられてしまう。
「眠い、寝よう」
自分の部屋に戻ろうと護衛と廊下を歩いていると庭の茂みが不自然に揺れた。
護衛が構える。
動物でもいるのだろうかと思ったが、それにしては何か違う。
「誰だ?」
低い声で橙は言う。
「あらぁ、バレてもうたわぁ。困ったなぁ」
訛りのある言葉を喋りながら茂みから出てくるのは、一見男に見える…女?
声は低い。背も高い方だろう。髪の毛も短い。
だけど、胸がある。
ボリュームのある胸が女だと如実に語っていた。
「いやぁ、ウチは凛乱。よろしゅうお願いします」
「何の用だ?目的によってはただでは済まされないが」
橙は冷ややかな声で訊ねる。
「そんな、警戒せんでもええのにぃ。酷いなぁ」
「いきなり出てきて、警戒しない方がおかしいんだ」
「それもそうかぁ」
ガシガシと頭をかく。
何か考える顔をした後、軽い足取りで近づいてくる。
護衛が橙の前に出る。
「それ以上は近づくな」
護衛が気の弱い者なら失禁しそうな形相と声を出す。
「ウチ、朱江さまの使いなんやけどぉ、別に朱江さまがやってもうた事に加担したわけやないから、安心してほしいわぁ」
ひらひらと胸の前で手を振る。
「朱江さまのお願いで、橙さまの監視…やなくて護衛に回る様に言われたんやけど、こんな立派な護衛がいれば安心やなぁ。ちゅーわけで、ウチは帰るわ」
スタスタとさっき潜んでいた薄暗い茂みの方に戻っていく。
「お騒がせしてすんません。それでは、お元気で」
ヒュッと瞬間移動の魔法でも使ったのか、消えてしまった。
「敷地のバリアを強化しますか?」
護衛が聞いてくるが橙は横に首を振る。
「いや、いい」
「そう、ですか」
朝…。
ピチピチと小鳥のさえずりが聞こえてくる。
朝日が窓から入ってきて、部屋が明るい。
瞼を開けて、一番に目に映ったものはまさかの
「やぁ、橙さま。昨日ぶりやなぁ。元気にしてはりましたか?」
「っ!?」
驚いて声を出そうとしたが口が閉ざされていて喋れない。
リップキウーデレ(口チャック)の魔法でも使ったみたいだ。
「まぁまぁ。静かにしてほしいわ。護衛が入ってきてまうわ」
『というか、喋れねぇ!』
橙は心の中で叫ぶ。
「さて、ウチのお願いは三つあるんや」
寝ている橙の上にまたがって顔を覗き込んでくる。
『いや、まだお願いを聞くとも言ってないんだけど…』
勝手に話を進められていることに気づきながら何も話せない。
「さぁて、話を聞いてもらいましょうか」
ありがとうございました。
また、よろしくお願いします。