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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オンリー·マイ·リトル

作者: 星行 張

 むかしむかし、ナルビス王国という小さな国がありました。その国の第1王女·12歳のリーディア姫は、とってもやんちゃな女の子です。

 ある日、リーディア姫は、入ってはいけないと言われていた秘密の部屋にこっそり入ってしまいます。そこで見つけたのは、小さな箱。その箱は、どんな願いも1つだけ叶えてくれるという、魔法の箱でした。

 それを知ったリーディア姫は、大喜びでお願いごとをします。

『どうか私を、いつまでも12歳のままでいさせてください』

 …だって、そうすれば……。


ーーー

「リーディア様!貴女という方は…。また勝手に抜け出したんですね?!」

「だって、マナーレッスンなんて退屈だもの。私には必要ないものだし」

「またそんなことを…。お父様の命で、多くの者が必死でその呪いを解く方法を探していると、何度も申し上げているではないですか!」

「はいはい。まったく…呪いじゃないからそんなことしなくていいのに…」

 あれから5年。リーディアは、未だ12歳のまま、成長することはなかった。容姿のみならず、精神までも子どものままである。

 このことに気付いた王国は、対外的に、第1王女は行方不明となったと発表した。以来、リーディアは王宮から出ることなく、5年の歳月を過ごしたのである。…部屋を抜け出すことは、頻繁にあったが。

 そんな彼女の世話役であるのが、17歳…本来であればリーディアと同い年にあたる少女、ルナジェルである。王女の専属の世話役の任は、仕える王女が13歳になるまでが通例であるが、実質「永遠の12歳」となったリーディアには、5年前から変わらず、ルナジェルが仕えているのであった。ここ1年ほどは、何度か休みを取っていたが。

「ところでルナジェル。何だか今日はみんな忙しそうにしていたけれど、何かあるのかしら?」

「あら、ご存知なかったのですか?妹君のメルファ様がご結婚で、隣国に発たれるのですよ」

「えー!けっこん?!メルファが?!だって、まだ16歳じゃ…」

「もう、16歳ですわよ、お姉様」

「メルファ!」

 リーディアの部屋に、美しく着飾った1つ年下…いや、4つ年上の妹が現れた。

「ごきげんよう、お姉様。…一応、最後の挨拶くらいはさせていただきますわ」

「最後ってそんな…。もう会えないわけじゃないでしょう?」

「まったく、5年も閉じこもって何にも学んでいないのですね。女は結婚すれば、夫に尽くすもの。まして、他国に嫁ぐのであれば、尚のこと簡単に生まれ育った家に戻ることなど出来ません。私はもう、ナルビス王国民ではないのですから」

「そんな…」

「それでは、さようなら、お姉様。…次にお会いするときは、ちゃんと『お姉様』であることを願っていますわ」

 そう言い残し、メルファはリーディアの部屋を後にした。

「…結婚、って何だか寂しいものね。もう、家族じゃなくなっちゃうなんて…」

「そんなことはありませんよ。確かにこれまでのように簡単にお会いすることは出来なくなるかもしれませんが、家族じゃなくなる、なんてことはありません。メルファ様に新しい家族が出来る、というだけで、リーディア様の妹君であることに、変わりはありませんよ」

「そっか…そうよね。それにしても、何だか大変そうね」

「また他人事みたいに言って…。リーディア様も呪いが解けたら、すぐそのようなお話が舞い込んできますよ」

「だーかーら、私はずっとこのままでいいの!ずっと12歳のまま、結婚なんてしないんだから!」

 無邪気に笑うリーディアに対し、ルナジェルは、複雑そうな表情で主を見つめていた。…自らの左手の薬指にはまった指輪に、そっと触れながら。


 数日後。またしてもリーディアは部屋を抜け出し、城内を散歩していた。すると、数名の年若い侍女達が、廊下で談笑しているところに出くわした。

「あら、貴女達、何だか楽しそうね。面白いことでもあった?」

「これはリーディア様。今は歴史のお勉強の時間では?」

「いいわよそんなの。もう5年間同じこと繰り返してるんだもの」

「それは、未だにリーディア様が習得されていないからでは…」

「もう、うるさい!私のことはいいの!…で?何の話してたの?」

「ああ、実はマリーが、このたび結婚することが決まったようで」

「結婚?!そうなの、マリー?」

「ええ。このとおり」

 侍女のマリーは、嬉しそうに左手の薬指にはまった指輪を見せる。

「へえ…綺麗な指輪ね。相手の方にもらったものなの?」

「ええ…って、リーディア様、婚約指輪をご存知ないのですか?」

「なあに、それ?」

「通常、男性が愛する女性にプロポーズする際に渡す指輪のことですわ。受け入れた女性は、その指輪を、左手の薬指にはめますの」

「へえ…そんな風習が…」

 何となく聞いていたリーディアは、ふと、あることに思い当たる。…左手の薬指に、指輪…?確か…

「…皆様には、本当にお世話になりました…」

「え、お世話になりました、って、どういうこと?」

「結婚後は、夫の実家で暮らそうと考えております。ですので、お城での侍女の仕事は、もうすぐ辞めることに…」

「…そう、そうなの…」

 リーディアの頭に、嫌な予感が駆け巡る。まさか…

「え、リーディア様?!」

 リーディアは、考えがまとまる前に駆け出した。そして、自分の部屋へたどり着くと、豪快に扉を開く。

「ルナジェル、いる?!」

「いる?!、じゃありません!まったく、また勝手に抜け出したりして…」

 ルナジェルの説教など全く耳に入っていない様子のリーディアは、ずんずんと彼女に近づく。

「?リーディア様…?」

 さすがに様子がおかしいと感じ、顔をしかめるルナジェル。そんな彼女の左手を、リーディアはぱっと掴んだ。

「…左手の薬指に、指輪…」

「……」

「…さっき、侍女達から婚約指輪というものを教えてもらったわ。これはそうじゃないの?」

「…この指輪は、そう、ですわ…」

「結婚、するの?ルナジェル…」

「…ええ…」

 手をとり、まっすぐルナジェルを見上げるリーディアに対し、ルナジェルは気まずそうに顔をそらしていた。

「ねえ…どうして黙っていたの?教えてくれたっていいじゃない…。それ、わりと前からつけていたわよね?」

「申し訳ございません…。リーディア様には、言い出しづらくて…」

「…どうして?ああ、大したことないことだから、わざわざ私に話さなかった?…そうよね?だって貴女、メルファが結婚するとき、言ってたものね。結婚しても、私の妹であることに変わりはない、って。貴女もそうよね?結婚したって、私の世話役であることに変わりはない…そうでしょう?!」

「…」

 必死で問いかけるリーディア。沈黙するルナジェル。リーディアの不安は、大きくなるばかりだった。

「ねえ、答えなさいよルナジェル!」

「……ます…」

「え…?」

「私は…リーディア様のお世話役を、辞めさせていただきます…」

「!!う…そ……」

 ようやくルナジェルの口から絞り出された言葉。そのショックに、リーディアは掴んでいた手をだらりと離す。

「……いつ、結婚するの…?」

「…1週間後になります。準備がありますので、ここを離れるのは、もう少し早く…」

「どうして…?」

「え…?…あ…申し訳ございません。もっと早く、お伝えすべきとは思っていたのですが…」

「そうじゃない!どうして私の世話役を辞めるなんて言うの?!私はまだ12歳よ?!専属の世話役が必要なの!!」

「…それは…王様とお妃様にお話し、すでに後任の者を探していただいております」

「!!…なんで…?代わりなんて、そんなの…意味ない…。私は、何のために…」

「リーディ…」

「どうしてよ?!…私のこと、嫌いになった…?」

「それは違います!もしそうであれば、貴女様の時が止まってから、5年もお仕えなどしません!」

「…え…?それは…どういう…」

「…本当は、リーディア様が本来13歳になられる年に、世話役を辞めてもよいと言われていたのです。ですが、私が続けたいと申し上げ…そして、今日に至るのです。なので、リーディア様を嫌いになるなど…そんなこと、あり得ません!」

「…ルナジェル…」

 これまで知らなかった事実に、ルナジェルの気持ち。それはリーディアにとって喜ばしいものであった。が、まだ不安は消えてはいない。

「…だったら、これからも続けてくれたっていいじゃない…」

「…申し訳ございません…」

「何よ!私と結婚相手と、どっちが大事なの?!」

「…それは…」

 ルナジェルは言葉を詰まらせた。

「……そう……。答えられないのね…」

「…リーディア様も、呪いが解けて成長されれば…人を愛する気持ちを知れば、きっと分かります!結婚し、相手に尽くしたいという気持ちが…」

「うるさい!私はもうずっとこのままなの!!」

「リーディアさ…」

「もういいわ!出ていって!!」

 リーディアはうつむき、ルナジェルをどんと突き飛ばす。

「…分かりました。でしたら、私は本日、この城を去ることとします。…私は、リーディア様の呪いはきっと解けると信じております!そのときまで、勉学を怠らぬよう…。…私はこの先も、リーディア様の幸福を願っていますから。それでは…」

 一礼し、ルナジェルはリーディアの部屋を去った。

「…何よ。最後まで、偉そうなんだから…」

 呟き、自身の言葉に涙が流れる。…最後…。

「うわああああああああああ!!!!」

 リーディアは座り込み、声の限り泣き叫んだ。

 …時を止めれば、ずっと変わらずにいられると思っていた。ずっと、ルナジェルと一緒に…。

 けど、そんなことなかった。自分だけ時を止めたって、何の意味もなかった。周りは、成長して、そして、去っていくんだ…。

 もう、過去に戻って、あの箱に願いを叶えてもらうのを取り消すこともできない。急いで成長して、ルナジェルに追い付くこともできない。…永遠に、止まったまま…。

 ふと顔を上げ、鏡を見つめる。そこに映っているのは、惨めに泣いている子ども。リーディアは、ふっと自嘲気味に笑った。

「…本当、私はなんて愚かな『呪い』を、自分にかけたのかしら…」

 こんなことなら、貴女と共に成長していきたかった。…そうすれば…貴女と並ぶことができた?ずっとずっと、私の傍にいてくれる方法、ちゃんと見つけられた?

 …ねえ、ルナジェル…。


ーーー

 ルナジェルが結婚によりリーディアの元を去ってから1年。相変わらず、リーディアは12歳のままだった。

 ルナジェルの後任として何人かの世話役が就いたが、リーディアは誰にも心を開くことはなく、ずっと部屋で塞ぎ込んでいた。

 そんな中、また新たな世話役がリーディアの部屋にやってきた。

「失礼します、リーディア様。本日よりお世話役を務めさせていただきます、カルナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「…男…?」

 これまでの世話役は皆、リーディアの心身の年齢と同じ12歳頃の少女であったが、今回現れたカルナという者は少年のようだった。

「…私がずっとふてくされているから、気分転換になるように男を差し出したのかしら」

「ああ、違います。僕は女です」

「……え?」

 カルナの言葉に、リーディアは改めて彼…いや彼女をまじまじと見つめる。

「…本当に?」

「本当ですよ」

「どうして男の格好をしているの?」

「それはまあ…このため、ですかね」

「このため?」

「リーディア様に興味を持っていただくためです。どうやら成功のようですね」

「あ…」

 ニコリと微笑むカルナ。確かに、ルナジェルが去って以降、リーディアがこのように訪れた者を見つめたり、その者に声をかけたりすることはなかった。

「…何それ。そんなの、最初だけじゃない」

「まあ、最初が大事ですから。改めて、よろしくお願いいたします」

「…よろしくしなくていいわ。適当にして。嫌になったらやめて」

「そんな簡単に辞めるつもりはありませんよ。僕、リーディア様のお世話役になるの、楽しみにしていましたので」

「楽しみ?」

「だって、国の極一部の人しか知らない、ずっと子どものままのお姫様のお世話とか、面白そうじゃないですか!本当は、僕よりずっと年上なんですよね?」

「…子どもよ。ただ、貴女よりちょっと、長く生きてるだけ」

「それって同じなんじゃ…。まあとにかく、そんなわけで、リーディア様とも仲良くさせていただき、長くお仕えしたいと考えております!」

「…長く仕えるなんて、無理よ」

「そんな最初から決めつけなくても…」

「無理よ!みんな大人になっていなくなるんだから!貴女もせいぜい1年よ。仲良くする気なんてないわ!」

「なんでそんな風に決めつけるんですか?」

「それは…」

「ルナジェルさんですか?」

「?!ルナジェルを、知ってるの…?」

「まあ、リーディア様のお世話役の任に就くにあたって、事前に話は聞いています。…それに、僕の義理の姉なので」

「!ルナジェルの…」

「はい。義姉(あね)から、リーディア様のことをお願いします、と」

「…ルナジェルが…」

 ルナジェルが今も自分のことを気にかけてくれている。カルナの話を聞き、リーディアの暗い表情に、わずかに喜びの色が混じった。そして、そのことに気付いたカルナも、にこりと微笑む。

「…仲良くなって無駄なんてこと、ないでしょう?それに、本当はリーディア様も、気付いておられるのでは?」

 カルナが指差した先。そこには、大量の手紙が積まれていた。

「それ…ルナジェルさんからですよね?」

「…」

「開けないんですか?」

「…よ…」

「え?」

「無理よ…!怖くて開けられない!!」

「怖い…?」

「だって…!もし、夫と幸せにしてます、とか、書かれてたら…もし…もし、子どもができたとか書かれてたら…私、耐えられないわ!!」

「…へえ…驚いた」

 これまでにこやかだったカルナが、目を丸くする。

「リーディア様…僕が想像していたよりずっと、ルナジェルさんのこと愛していたんですね」

「…あい…?違うわ、そんなんじゃない…だって、私は子どもだもの…愛なんて分からない…ただ、ルナジェルにずっと傍にいてほしかっただけ…私のこと、1番に見てほしかっただけ…」

「それが愛だと思うんですけどねえ」

「違うわよ!私には分からないの!!私がずっと子どもだから…愛とか理解できないから…けど、ルナジェルは大人になって…だから、置いていかれて…」

「なるほど。『呪い』をせめてもの言い訳にしたいと」

「言い訳ですって…?」

「だってそうじゃないですか?自分は子どもだからルナジェルさんに愛されなくてもしょうがない、って、そう思いたいってことでしょう?」

「違う…」

「見た目は確かに子どものままみたいですけど、心まで成長しないって、本当なんですかね?リーディア様が、自分で自分の心にブレーキかけてるだけなんじゃ…」

「違うって言ってるでしょ!!」

「……ふーん…」

 流暢に言葉を続けていたカルナがしばし黙って考え込む様子を見せる。そして、何か思いついたようにニヤリと笑うと、リーディアに近づき、さらに笑みを深くする。

「……な、何よ…」

「それではリーディア様、僕と勝負をしましょう!」

「勝負ですって?いきなり何言ってるの?」

「まあ焦らないでください。今から説明しますから。ルールは簡単です。僕がこれからお仕えしていく中で、リーディア様が僕のことを愛している、と感じたら僕の勝ち、僕がリーディア様のことを愛せず、自らお世話役の任を辞退したらリーディア様の勝ち、ということで」

「…何それ。そんなの絶対私の勝ちだわ。みんな絶対いなくなるもの。それに、たとえ私に誰かを愛する心があったとしても、あなたみたいな失礼な人を愛するなんてあり得ないわ!」

「いやあ、それが今後覆るのが楽しみですねえ」

「私よりも大人ぶってるし」

「ああ、周りにも年のわりにやけに達観してるとか言われますね。まあ呪いが解けたときにリーディア様に並ぶには多少背伸びしてるくらいがちょうどいいかと」

「私は成長しない!…大体、あなた女じゃない。愛し合って結婚するのは男と女でしょ?」

「ルナジェルさんも女じゃないですか」

「だからルナジェルのことを愛してるわけじゃないって言ってるでしょ!というか、その喋り方いつまでするつもり?」

「あー何か楽しくなってきたので。それに、リーディア様が恋愛感情を男女間で生じるもの、と認識しているようなので、しばらく男のように振る舞おうと思います」

「もう女だって知ってるわよ!」

「まあまあ。…で、どうします?この勝負、乗りますか?」

「…どうでもいいわ。勝手に勝負してると思ってれば?」

「ではそうさせていただきます。…改めて、これからよろしくお願いいたします、リーディア様」



ーーー

 こうして、リーディア姫には少し変わった、男装の少女がお世話役として仕えることになりました。

 2人の仲は深まるのか、はたまた、リーディア姫は本来の姿に戻ることができるのか。それはまた、別のお話。

 




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