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第三十三話 勝つ意味がない


 巨獣と巨獣がぶつかり合う。

 黒炎と白光が互いを掻き消さんと喰らい合った。

 痛みを堪え、体を張って戦線を圧し留めるベルーガの献身。その献身を残さず受け取り、恋華は一層黒炎を滾らせた。

 偽りなく恋華は、ベルーガは、彼らを助けるミルは善戦した。全力を引き出し、全霊を尽くした――その上で順当に不利な状況へ追い込まれていた。ただそれだけの無情な現実が目の前にあった。


 †《森の王》†《属性付与:光》†《聖水作成》†


 森の王たるバロンの髭を水に浸せばたちまち聖水に変わるという伝承がある。そしてここにはたっぷりと水を湛えた地底湖があり、ざぶりとバロンがひと泳ぎすればたちまち大量の聖水へと早変わりだ。


 †《耐性貫通:光》†《水刃一閃》†


 不思議な力で波打つ地底湖の水面に立ったバロンがダンと前足で水面を一叩き。すると大量の水が宙に集まって圧縮・収束され、一刃のウォーターカッターを生み出す。

 振り抜かれるは鋼鉄をバターのように切り裂く水の刃。それもただの刃ではない。

 《耐性貫通》スキルを乗せて放たれる聖水製の圧縮水刃は装備で補った耐性を貫通し、ともに光属性を弱点とする恋華とベルーガの肉体をしたたかに切り裂く。


「ッ、まだまだぁっ!」


 痛みを堪えて回復ポーションを服用。ジュゥジュゥと嫌な音を立てる腕と腹部の傷口が急速に治癒していく。破壊されたそばから傷を修復する痛みに葉を食いしばり、敵を睨みつける。

 《耐性貫通》スキルが任意に発動させるアクティブタイプであり、しかも回数制限があることは恋華達にとって幸いだったろう。だが要所要所で効果的に使うことでバロンはしっかりと天秤を自身へ傾けていた。


(まだいける……戦える! やっぱりだ、バロンには大きな弱みがある)


 不利を自覚しつつ恋華はまだ戦意を保ち、戦いに集中していた。

 何故か、さっきからバロンは恋華を倒そうとはしても殺そうとはしていない。その理由を恋華は知っていた。


(バロンは私をランダにしたいだけで殺したい訳じゃない……ううん、殺したらバロンの負けなんだ。なら私が諦めなければ勝機はある!)


 心が折れない限り恋華は戦える。戦って見せると意地を込めて顔を上げた。


「シャアァァ……」


 眼に光を宿す恋華を見て苛立たしそうに唸り声を上げるバロン。水面を離れ、地面に降り立ちながらけして上手くはいっていない現状に内心は荒れ狂っていた。

 バロンからすればそもそもこの戦いが成立している状況がおかしいのだ。

 とっくの昔に恋華は魔女へ堕ちているはずだった。とっくの昔に心が折れていなければおかしいのだ。今も恋華の頭の中で魔女(ランダ)がバロンを殺せと()()()()()()()()はずなのだから。

 その誘惑に耳を貸せばすぐにでもこの無駄な足掻きは終わる。そのはずが、そうなっていない。バロンからすれば不可解かつ不本意極まりない。


『…………』


 思考するバロンと一呼吸でも休みたい恋華の間で思惑が一致し、少しの間沈黙が両者の間に下りる。

 恋華はほんの僅かな休息時間にコンディションを万全に近づけるためポーションを手に取らんとポーチを探り――顔色が青ざめる。

 何度ポーチの中を探ろうと手ごたえがない。スカスカだ。


(マズッ……回復ポーションが切れた。あんなに持ち込んだのに!?)


 山ほど用意したはずだったポーションが底を尽きた。一戦ならば過剰とすら言える量だった。だがバロンの地力が予想以上だったことが想定以上の消費ペースを余儀なくされたのだ。


「――――シャァァ」


 ()()()、とバロンが嘲笑(わら)った。口の端を歪め、醜悪に。

 バロンも思考に時間を割いたことで気付いた。これは肉体ではなく、精神(こころ)を摘む戦い。ならば徹底的に狙うべきは、恋華が抱える弱みに他ならない。


「…………」

「グ、ルゥ……?」


 静かに獲物を選ぶバロンが目を付けたのはベルーガ。

 恋華は、バロンが自身を殺せないと看破した。その洞察は正しい。が……一点、不足がある。()()()()()()()()()()()


  †《白き聖獣》†《白魔術 (上級)》†《属性権能:光》†《天牢光鎖》†


 補助に特化した光属性でも拘束(スタン)と速度低下の効果を持つスキルを発動。光の鎖が虚空から幾つも飛び出し、ベルーガに絡みつき、縛り上げた。

 これまでのような恋華を相手にした()()()ではない。ベルーガだけを狙い撃ちにした一連の動作は恐ろしく速かった。ベルーガをして反応する暇を与えない程に。


「!? ベルーガさん、いま助けに――」


 血相を変えた恋華が叫ぶが、あまりに対処が遅い。

 ()()()()()()()()。全身の骨が折れ砕ける不快で不吉な乾いた音が鳴り響く。


「ガ、ア、グラア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”――――!!」


 まるでかつての意趣返しのように光の鎖が圧力を高め、ベルーガの巨体を強引に、丹念に圧し潰していく。バロンが大和へチラリと視線を送ったのは果たして偶然か。

 地力の差からただの拘束魔法が物理攻撃へと変じていた。

 血反吐を吐き、のたうち回るベルーガを光の鎖が無理やり抑えつけながら、ただ苦痛を目的に体中の骨を一本一本丁寧に折り砕いていく。果物から果汁を搾り出すように、ベルーガから苦痛の悲鳴を搾りだすための外道の所業。


「止めて、お願いだから……止めろおおおおおおおおぉぉぉッ!!」

『恋華ちゃん、落ち付いて――』


 憤激する。恋華は優しい。だからこそ、自分の苦痛は堪えても仲間の苦痛に我慢が出来なかった。

 ミルの制止も届かず怒りのままにバロン目掛けて突撃する恋華。その華奢な肢体はバロンが無造作に振るった鉤爪によってボーリングのピンのように勢いよく弾け飛んでいく。

 最早バロンを妨げる者は誰もいない――耳を塞ぎたくなるベルーガの悲痛な絶叫が鼓膜を貫いた。


『――――――――――――』


 地に転がった恋華が見つめることしかできないまま、地獄のような10秒間が過ぎていく。

 ベルーガが挙げる苦痛の絶叫に配信を切断した視聴者が多数上る程に残酷な、拷問の光景。

 そう、拷問だ。戦闘ではない。勝利ではなく、痛めつけることを目的とした純粋な加害。それをこの上なく楽しそうに、完璧にバロンは遂行した。


「ランダ……シャシャシャ! ランダ、ランダ、ランダ!」


 ニタリと笑みを浮かべたバロンが恋華と目を合わせ、その内に眠る宿敵の名を何度も叫ぶ。()()()()()()と言わんばかりに。

 そして10秒後、用が済んだとばかりに放り出されたベルーガの巨体は、()()()()と見るからに曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「ッ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ッ――――!!」


 その姿を見た恋華が喉が裂けたかと思うほどの叫びを絞り出す。自分ではなく仲間への加害によって恋華の中の憎しみが爆発した。

 恋華の頭の中でかつてないほどの大きさで魔女(ランダ)の呪詛が木霊した。


「――恋華さんっ!?」


 明らかに精神の均衡を欠いた様子の恋華に大和が悲鳴に近い呼びかけを上げる。

 だが大和の声すら届かない。無意識のブレーキをすべて壊した代償に恋華の黒炎はかつてなく勢いを増していた。その熱を叩きこむことだけがいまの恋華の慰めだった。

 

 †《殉死の黒炎》†


 スキルを束ねて放つ余裕もなく、ただ怒りと憎しみを燃料に際限なく火力を増した黒炎がバロンを包み込む。

 轟々と竜巻のごとく渦を巻き、燃え盛る漆黒の業火がバロンを捕らえる。天にも届かんという勢いで呪詛と熱量を叩きこんだ黒炎は飲み込んだバロンの全身を黒焦げにして焼き尽くし――、


「シャアア――」


 竜巻が消えたその場所で、全身が真っ黒に炭化したバロンは平然と立っていた。挙句、ニタニタと気味の悪い笑みすら浮かべている。表情筋すら焼き尽くされたはずの真っ黒な顔で作られるやけに感情豊かで……この上なく不気味な笑み。

 その余裕の源を示すように、炭化した身体を()()()と震わせれば……動画の逆再生を果たしたように黒焦げになった全身の火傷が再生……否、逆行していく。


 †《世界の敵》†《善悪均衡》†《逆説証明》†


 逆説的存在証明イグジステンス・パラドクスによる不死性。遂には元通り無傷となったバロンが勝ち誇るように再びシャシャシャと笑った。

 黒炎を食らったのは敢えてだ。恋華の無力感を煽り、心を折るため。


「そん、な……」


 目の前の光景を恋華は知っていた。知識としてだが分かっていたはずだった。恋華にバロンは倒せない、と。

 だがそれでも、実際に目にしてしまえば膝が崩れ落ちかけるほどの強烈な無力感があった。


:……おい? なんだあれ?

:分からん。回復魔法?

:あんなデタラメな勢いで治るとかある?

:ンなことどうでもいいんだよ! こんなインチキ野郎に勝てるか! もういいだろ、せめて逃がそうぜ!

:命あっての物種。仕切り直しでいいだろ!?


(ッ、……それができれば!)


 悔しさに噛み締めた唇の端が切れ、血が流れる。

 それでも……それでも大和は手を出せなかった。

 恋華はそんな大和に気付くこともできず、ただ自分の心に与えられた衝撃を受け止めるのに精いっぱいだった。


(勝て、ない……ううん、()()()()()()()


 それを痛いほどに思い知る。

 最初から勝ち目がない。否、戦う意味そのものがなかった。信じたはずの愛しい男の言葉すら今は遠い。恋華の心は折れかけていた。


「シャシャ……」


 遂に、遂にだ。それを見て取ったバロンも会心の笑みを浮かべる。ようやく、己の望みが叶う。完全なる()へと昇り詰められる。

 のろのろと這いずるように動く恋華(ランダ)の足掻きも見逃してやろう。何をしようと全ては無意味なのだから。


「私、は――」


 そして追い詰められた恋華が最後に選んだのは――、



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