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第三十話 決意


 焼け焦げ、溶け崩れ、半壊した元・隔離区画。

 頑強な内装は半壊し、閉じ込めておくための強化扉は原形を留めていない。最早隔離区画の意義を失ったそこに恋華が留まっているのはただ想い人がそこにいるからだ。


「大和様……そこにいますか?」

「はい、ここにいますよ」

「……手を握ってくださいませ。もっと、強く」


 半壊した部屋に急遽運び込まれた新しいベッドで横になった恋華の手を大和が握る。照明を含め全て破壊された地下空間の暗闇を照らすのは大和が持ち込んだ小さな魔道具による光だけだ。

 昼も夜も分からない時間が続く。恋華の主観ではもうずっと大和と一緒にいる気がしていた。


「ずっと握っていますよ。大丈夫。離しません」

嗚呼(ああ)……」


 愛しい男がそばにあり、自分のために心を砕いてくれる。もう死んでもいい、と恋華はため息を吐いた。

 絶え間なく大和と触れ合い、言葉を交わすことで恋華の精神は安定した。裏を返せば大和が目の前から消えればいまの小康状態が崩れる程度には恋華は不安定だ。

 それを本能的に分かっている恋華は溺れる者が藁を掴むように大和の手(命綱)を痛いくらいに握りしめた。


「よーぅ色男。お熱いやん、ヒューヒュー」

「蛇狐君。待ってました」


 コツ、コツと足音が鳴り響く。

 軽薄な声音でかけられた揶揄いに恋する乙女が鋭い視線を向けたのはやむを得なかったろう。

 向けられた当人はおおこわ、と大袈裟に身を竦めた。


「どうですか、状況は?」

「おう、後で全員に礼を言っときぃや。一か八か、までは来た。あとは紅ちゃん次第やね」


 そう言って蛇狐が持ってきた数枚の紙を大和に渡す。

 幾ら大和に心奪われていようと恋華自身に関わることだ。身を起こし、大和が持つ紙を覗き込もうとしたところ、


「悪いけど君には禁則事項でーす。スマンね」

「何故ですか?」

「知られたら困るから。まあ、大和君も読んでから判断してーや。君から伝えるいうならボクは反対せぇへん」


 そう言い切られれば判断するためにも読まねばならない。大和は視線で恋華に謝り、まずは一人で纏められた文章を読み込む。

 文章そのものは短い。大和はすぐに読み終わり、唸った。


「……なるほど。確かにこれは恋華さんは見ない方がいいか」


 蛇狐の意見に頷く程度には繊細であやふやな条件に左右される作戦だった。敢えてキーワードを挙げるならやはり『愛と勇気と数の力』か。


「……これは、通るのか? いや、ランダの伝承を考えれば…………」


 大和は資料を片手に沈思黙考を続け――ゆっくりと頷く。


「確かに博打だ。でもこれなら恋華さんが助かる可能性はある」

「ッ、本当ですか!?」


 大和が力強く断言したことで恋華の顔に喜色が浮かぶ。

 だが大和は戒めるように強い視線で恋華を制した。


「はい。ですが、決して簡単ではありません。運否天賦にも左右されます」

「……どんな賭けだって構いません。大和様の言葉ですもの」


 たとえ勝機が一握りの砂程しかなくても、そこに未来があるのならと。

 己の醜さすら飲み込んで、受け入れてくれた男とともに歩むためなら恋華はどんな苦難でも受け入れる覚悟があった。


「この作戦を成功させる重要な条件があります。恋華さんはそれだけに集中してください」


 覚悟はいいかと大和が視線で問えば繋いだその手を力強く握られる。

 気合いは十分、未来を掴むと……幸せになるのだと恋華は燃えるような視線で応じた。


()()()()()()()()()()()()()。そして僕らは直接その戦いに手を貸せない」

「それは……何の意味が?」


 覚悟はしていたが予想からズレた言葉に困惑で視線を揺らす恋華。

 善と悪は一対。どちらがどちらに勝っても意味はないと、そう理解していたからこその戸惑いだが、


「信じてください」

「……はい、信じます」


 大和から何も言わずそう願われれば否やはない。

 疑問はある。不安もある。だが大和を信じたからこそ恋華は頷いた。


「……」


 その盲目的なまでの信頼を見た大和はゆっくり目を瞑り、沈黙を一呼吸挟む。その時間で心の中に湧いた不安と罪悪感を振り切る。賽は投げられたのだ。

 中途半端な覚醒、不安定な精神、天敵に等しい相性。全てが恋華の大苦戦を予言している。

 大和が浮かべる苦渋の顔は本物。恋華を思う心も本物。

 だがその真実に、大和は一片の嘘を混ぜた。


 ◆


 そこから先はあっという間に時間が過ぎた。

 やるべきことは決まり、なすべき準備があり、時間の余裕はない。

 恋華の戦力確認、物資や情報のバックアップ、戦場の選定、バロンをおびき寄せる算段、対バロンの戦術考案。

 幸いにも人手だけは事欠かない。オモイカネが誇る最高峰の人員が惜しみなく注ぎ込まれ、全員が力を尽くした。

 そこまでやって勝率は五分に届かない。だが言い換えれば彼らの助けで勝負が成立する水準にまで押し上げられた。


「――行きます」


 改造した女学生服に制帽と黒のマントを身に纏い、腰のホルスターには一対の双拳銃。蛇狐が手を入れた今の装備は以前とは比較にならないほどに高性能だ。

 さらにバロンにはない”力”とともに恋華はいく。


 【基礎データ】

 名前:紅恋華

 性別:女

 種族:魔女王/ラ■ダ(未覚醒)

 位階:5()0()

 所属:東京都第一迷宮専門学校

 【スキル】

 《転生体》

 《黒の寡婦》

 《射撃(初級)》

 《危機感知》

 《逃げ足》

 《恋呪い》

 《眷属契約:オルトロス》

 《耐性獲得:光》※装備依存。

 【耐性】

 耐性:物理、闇、火

 弱点:光※装備により耐性獲得。


 決戦の地はDランクダンジョン、《地下世界への入り口》。その最深奥である地底湖を湛えた地下空間。

 善と悪の因果が巡る。少女を救うために世界を救う戦いが幕を開ける。


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