第二十九話 そして決議は下された
「アッハッハッ、そんで全会一致で紅ちゃんを生かすと決まった訳やけど……代案は?」
『ごめん、あとは任せた……だって』
円卓の間で開かれた再びの幹部会議。前回は不在だった社長、剣城、倭文も出席。大和を除く幹部全員が揃った。
加えて”あなた”を含む多くのギルメンが配信越しに会議に参加。それぞれが所属する部署の幹部陣への嘆願を絨毯爆撃することで決議に投票る選択を変えさせた。
大和一人では変えられなかったものを、まずは一つ”あなた”達が変えたのだ。
「代案ないんかいボケェッ! 大体当の本人は大事な会議ほったらかして何してんねん!?」
キレ散らかす蛇狐が言う通り大和は議決の投票権だけ禊に預けてこの会議を欠席していた。
当然の疑問を蛇狐が吠えればPC越しに禊が淡々と答える。
『恋華のそばにずっと付いてる。ランダに堕ちないため、ずっと恋華を励ましてる』
「……あー、そか。なるほどね。今はそれ以上大事なことはないか」
思った以上にシリアスな答えが返って来たことで、蛇狐は怒気を静めて神妙に頷いた。
『二人でイチャイチャしてて正直砂糖を吐きそうだった。だからこの会議を口実に抜けれてちょうど良かった』
「思ったより大丈夫そうやね???」
続く言葉に流石の蛇狐も宇宙猫顔になった。
「とはいえ解決策の手がかりなしは変わらず。みんな無責任に甘っちょろい選択しよって」
ハァ、とあからさまにため息を吐いて肩をすくめる蛇狐に禊が冷たくツッコミを入れた。
『蛇狐がそれを言うのはちょっと面の皮が厚いと思う』
「なんのことやろね? 心当たりがないなぁ」
ピューピューとわざとらしく口笛を吹いて戯れる蛇狐へ一斉に生暖かい視線が向けられる。
蛇狐自身が言ったことだ、恋華を生かす議決は全会一致で決まったと。
「……まあ、3日前とは状況が変わったからね。時計の針は戻り、人手も増えた。人手の方は枯れ木も山の賑わいって奴やけど」
:誰が枯れ木の山だ雑魚ぉっ!
:調子に乗ってんじゃねえぞ雑魚ぉっ!
:カァー、ペッペッペッ!
途端に幹部室の一画に展開されたホログラムにこの会議を視聴しているメンバーの口汚ない罵声が並ぶ。
彼らに議決権はないが、発言権はある。それを幹部らが取り上げるかは別として。
「いやあ嫌われてますねぇ、蛇狐君」
「平常運転ですぅー。実家のような安心感って奴やね」
:なんでへらへら笑ってるんだよこいつキモイよ……。
:無敵すぎる。
:何をしたらヘコませられるんだこいつを。
「……ま。話を進めよか。あの子を生かすと決めた以上、ボクらはその責任を取らなアカン。それが最低限のケジメってもんや」
:根性下水煮込みの雑魚がシリアス決めてる。
:らしくねぇから止めろ。サブイボが出る。
:おまえほんとどのツラ下げて今の台詞言ってるの。
「あいにくこのツラ以外に持ち合わせがないねん。イケメンでごめんな?」
:面の皮が厚すぎる。
:【急募】このクソ野郎をヘコませる方法【大至急】
:ぶん殴りてぇ(直球)
「この止まらない罵声。一周回って愛されてますねえ」
「マージで数だけは揃ったわ。最高やね」
集った面子はギルメン全体から考えても少なくない。数は力だ。やはりこの会議こそ分水嶺。
今も増える参加者の名前を見渡し、内心を隠した蛇狐が笑みを浮かべる。が、やはり蛇か狐じみた胡散臭い笑顔にしかならなかった。
「ほな、紅ちゃんを助けるアイデアを思いつくまで帰れま10 in オモイカネ、開催で〜す♡ 吐いた唾は飲めんと思うとけよ?」
:上等だ、やったるわボケカスゥ!
:テメェの方こそ寝落ちすんじゃねえぞ蛇狐!
「まぁ暇な君らと違って忙しい幹部陣は普通に抜けるんやけどね? 自分から志願したんやからこの程度のお仕事はむしろ望むところやろ? ケケケ」
:忍び笑い漏らしてんじゃねえぞ雑魚ぉ!
;お前はもう話してるだけで腹が立つんだよ雑魚ぉ!
:雑魚ぉ! とにかく雑魚ぉ!
「語彙力小学生かー? せめて中学生までレベルアップしてから出直してきやー」
「蛇狐、さん。喧嘩はほどほどに、ですよ?」
「……はーい。まぁ倭文さんに言われたらしゃあないわ」
メッと倭文に怒られた蛇狐が困ったような顔で両手を上げた。蛇狐は大和と並んで倭文に弱いのだ。
「では、始めましょうか。みなさん、こちらへ」
パチン、と倭文が両手を打ち鳴らすとそれを合図に浮遊する幾つもの書類の山が円卓の上へと飛んでいく。まるで見えない人が運んでいるかのような光景だが、れっきとした倭文の異能が為せる業だ。
倭文がみなさんと呼びかけたのはこの書類の山。
倭文の職業は《魔導編纂司書》。魔導書と契約し使役する彼女にとってただの紙束など言葉一つで操ってのける。
「まずは人海戦術で手がかりを集めましょ、う。とりあえず本社にいる人はこちらを。史料編纂局のデータベースからプリントアウトしてきまし、た」
文字通り書類の山が幾つも並び、大山脈を形作る。
ただし大半がジャンク情報だ。ここから彼らは恋華を助ける手がかりを求めて川底から砂金をさらうように地味な確認作業を続けねばならない。
:わ、わぁ……(戦慄)
:ヒイちゃった!
:視覚的インパクトが強すぎる。
:……え、俺本社勤めなんだけどこれ処理しに来いってこと?
:頑張れ。
「本社外の人員にはそれぞれ史料編纂局データベースの捜索区画を割り当てる、ので。そちらの確認、を」
:本社勤めは大変だと低みの見物してた俺、慈悲はなかった。
:……男に二言はねえ。やったらぁ!
:想像の百倍くらい地味だがそれがあの子の手助けになるならまあ、やるさ。
:マジで面倒くさいが面倒くさいで済ませらんねーんだよなぁ!
ひたすら地味な苦行に全員がヤケクソ気味に気合の声を上げる。
:とはいえこれ干し草の山から針を探すようなものでは?
:倭文せんせー、せめてヒントとかないの?
:もちろん手がかりは集めるが、もうちょっと方針的な何かが欲しい。
「まー確かに。倭文さん、手がかりを集めて――それからどうする? それくらいは話してもえーんやない」
「……あまり先入観を与えたくはなかったのです、が。あくまで一例ということなら」
そう予防線を張った上で倭文が慎重に語り始める。
「……クエストクリアの方法論は幾つか考えられます。例えばバロンの不死性を超えて殺す不死殺し、あるいはその不死性の前提を崩す」
視線を落とし、口元に指を当てて熟考の姿勢に入る倭文。
資料編纂局の長であり、重度の読書狂。脳裏に蓄えられた膨大な過去のデータから導き出した推論を紡いでいく。
「前提?」
「バロンの不死性を支えるのは善悪一対の均衡。たとえばですが恋華さんがランダではなく、近似する別の種族へ存在昇華できればあるいは……」
倭文が挙げた例が実現できれば確かにバロンとランダの一対は崩れる。バロンはただ強いだけの聖獣に落ちぶれ、何の支障もなく打ち倒せるだろう。
このように神話に語られる不死性は時に頓智でもって破られる。
かつて『木、岩、武器、乾いたもの、湿ったもののいずれでも傷をつけられず、昼と夜いかなる時でも殺すことはできない』と不死を誇った竜がいた。
その竜は『昼でも夜でもない黄昏時に木、岩、武器、乾いたもの、湿ったもののいずれでもない海の泡』を武器にした軍神に敗れる。屁理屈には屁理屈をぶつけろとばかりの力技だが、これが馬鹿にできない。
「ランダ以外へのランクアップ。面白いアイデアですがアニマさん的にはちょーっち、いえ、大分難しいと思うんですが」
「……ずっと前から準備していたならともかくこのギリギリの状況からでは厳しい、かと。ですがいまはあらゆる可能性を捨てずに検討する必要があるでしょ、う?」
とはいえいま挙げた例はあくまで例え。アニマが首を傾げ、倭文が頷く程度には実現性が低い。もっと別のアイデアが必要だ。
必要なのは力ではなく智慧。もっと言えばいかにしてバロンの不死性を破る概念マウントを組み立てるかだ。
:要するにこれ難易度と被害がワールドクラスな意地悪クイズだな?
:四角い頭を柔らかくして屁理屈を捏ねろ。バロンの屁理屈をもっと滅茶苦茶な屁理屈でぶん殴るんだよ!
:そのためのヒントを探せ、か。なるほど、理解した。
ここに集ったギルメンも要諦は理解したらしい。
「かき集めた情報は私のもとへ。時間を区切って集まった手がかりをもとにブレインストーミングを試してみましょう」
どれだけ馬鹿げた意見でも否定せず、評価せず、とにかく数を出す。
質より量。出したアイデアを片っ端から取り上げ、組み合わせ、昇華する。
思索の試行回数こそが真骨頂であり、一人では決して届かない場所にも時に手を届かせる。これもまた最強では持ち得ない人間の強さだ。
:応!
:りょうかーい。
:それじゃ始めるか。
「……素晴らしい。嗚呼、素晴らしい光景だとも。私はいま猛烈に感動している!」
ギルメンが一致団結したその光景に溢れる涙を手で隠そうとして隠せない社長が感無量と呟く。年を取って涙脆くなった……というより不眠症とオーバーワークで情緒が壊れかけているものと思われる。
「既に七徹を決めた私だがせめて微力を尽くそう。さあ、みんなで力を合わせて頑張ろうじゃないか!」
「「「「「「「「「「「あんたははよ寝ろ社長ッ!」」」」」」」」」」」
「”!?”」
善意と熱意から人間の限界を超えようとしている社長の狂気に一斉にツッコミが入る。
残当だった。社長だけが愕然としていた。
そんな一幕を挟みつつ、サバイバーズギルドの長い1日が始まった。
出題編。
本作はバロンとランダについてネットで集まる情報から組み立ております。
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