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第二十五話 紅恋華殺害議決

 それはどこまでも無慈悲な現実だった。乱麻を断つ快刀はなかった。何もかもを丸く収める名案は出なかった。

 その癖タイムリミットだけは刻々と迫っていた。長さの分からない導火線じみたタイムリミットが。

 

「少し話題を変えるわ。昏睡中の紅ちゃんはオモイカネが手を回して本社の地下に収容済み。今のところ容体は安定はしてるし、万が一暴走してもそう簡単に脱走はできん」


 かろうじてだが良い知らせに空気が僅かに緩む。が、それも一瞬のこと。


「とはいえ何がキッカケで覚醒してもおかしくない。特に大和君は気を付けてや」

「というと?」

「逆に聞くけどランダの語源ってご存知?」

 

 転生体は前世の逸話をなぞることが覚醒のきっかけになるケースが多い。大和もこの数時間で頭に入れた知識を引っ張り出して答えた。


「確か……寡婦。未亡人でしたか」

「正解。ランダの原型(モデル)はヒンドゥー文化圏の夫に先立たれた未亡人や。つまり親しい人との別れや拒絶が覚醒のきっかけになる可能性が高い」

「別れや拒絶……」

「今ちょうどギリギリなところやね。アッハッハッ」


 蛇狐のわざとらしい空笑いに誰一人反応せず、ただ重苦しい沈黙が降りた。

 親しい人、たとえば大和が恋華を拒絶すれば……いいや、助ける手段はないと諦めたことを悟られれば恐らくその瞬間に恋華は()()()


「もう猶予はない。これが共通認識でええかな?」


 立ち上がり、円卓へ長すぎる袖越しに手をついた蛇狐が確認するようにゆっくりと見回す。重苦しい空気が続く幹部会議の主導権をいつのまにか飄然と笑う蛇狐が握っていた。


「現状ベストなアイデアはない。けどベターな手段はある」


 感情の読めない目でそう口にした蛇狐に視線が集まる。その視線に驚きや感心の色はなく、むしろ非難が篭っていた。


()()()()()()()()()()()()()()()。それで善悪均衡のバランスは御破産。バロンを始末できるし、最悪逃げ切られても次のランダが現れるまでの時間は稼げる。みんなも慣れたもんやろ?」

「まーそうですね。完全覚醒前の今がある意味で最後のチャンスでしょう」


 まだ恋華はランダとして完全に覚醒していない。バロンを復活させる楔にはなっても、その逆は起こらない。恋華は死ねばそのままだ。

 故に恋華を殺め、善悪一対の均衡を崩し全ての前提をひっくり返す。蛇狐が言う通りベストではないが、ベターな手段ではあった。当人達の感情を無視すれば。


「……現実とゲームは違いますよ」


 重苦しいため息とともに大和が力なく言い返す。

 この世界が現実になる前、効率を優先してその手段を取るゲーマーはいた。だが、今の彼らはゲーマーではない。罪のない少女を好んで殺したいと言い出せるほど人間味を失っていなかった。


「そうやね。ゲームなら紅ちゃんに同情して別の道を探すのもプレイスタイルとしてアリやと思うわ。で、そんな道あるん? 教えてよ、今すぐ」


 その躊躇を率先して切り捨てようとする蛇狐。

 いつも薄ら笑いを浮かべている蛇狐が、かつてなく真顔で全員を見渡した。その蛇のように冷えた視線から逃げるように身を縮める者、動じない者様々だが……問いかけに答えられる者はどこにもいなかった。


「何時紅ちゃんが覚醒してもおかしくない。他に打つ手もない。となれば放置は悪手。即断即決が最善。僕が言ってること、おかしいか?」


 蛇狐の言葉は正しかった。どうしようもなく正しかった。それがたとえ人の温度が通わない正しさだったとしても。

 

「幹部としてみなに提言する。紅恋華の殺害について決議を取りたい。もし決議が是となれば、僕らは《生き足掻く者達(サバイバーズ・ギルド)》の総意として紅ちゃんを殺す」


 グルリ、ともう一度蛇狐が幹部メンバーを見渡した。今度は目を逸らす者はいなかった。目を背けたい現実に向き合おうとしていた。


「蛇狐君――」

「大和君、分かるやろ? 今だけなんや、確実にあの子を殺せるのは」


 反対しようとした大和を制し、蛇狐が言葉を続けた。

 完全覚醒した恋華(ランダ)の暴走は幹部陣ですら手を焼くだろう。そうなった時一番に駆り出されるのはギルドの最大戦力……黒鉄大和。


「このまま手をこまねいていたら僕らも手が出せんくなる。最悪、君が彼女を手にかけなあかんくなる」


 考えられる限り誰にとっても一番救いのない結末だろう。蛇狐はせめてその最悪を避けようとしているのだと、大和は分かってしまった。故に感情論に根差した反論の言葉を口に出せない。


「なぁ大和君。君はあの子を……殺せるか?」


 大和はその問いかけに迷い、沈黙し、それでも最後には口を開いた――。


 ◆


 幹部会議が終わった後、大和がオモイカネ本社の地下区画を力ない足取りで歩いていた。肩のあたりに禊が操る超小型浮遊ドローンを連れながら。

 行先は恋華が今も眠っているオモイカネ特別製の病室。隔離区画だけあってすれ違う人は少なく、目に映る廊下の色は清潔だが温かみのない白一色だ。

 人のいない、真っ白な廊下はひどくうすら寒かった。


「……次の幹部会議は3日。それがタイムリミット、か」

『幹部全員の決議参加を条件にしたのは我ながらいいアイデアだった。褒めてもいいよ』


 ふふんと得意げに胸を張っているのが見えそうな禊の調子に苦笑する大和。なんとか自分を励まそうとしてくれているのだろう。

 幹部会議の決議に従うことを受け入れながら、せめて決議は幹部全員が揃ってからだと主張した禊の意見が通った。多忙の社長やダンジョン遠征中の剣城ら、全員が揃うのが3日後。とにかくそれまでの時間は稼いだ。

 あるいは恋華の容体が急変……魔女(ランダ)に堕ちればその時は全てが無意味となるだろうが、あとはもう祈るしかない。

 

「ほんと助かったよ。ありがとう、禊」

『……真顔で言われるとそれはそれで困る。馬鹿』

「僕にどうしろってのさ」


 姉弟二人が気の置けないやりとりに笑い合う。だが漂う空気はどこか寒々しかった。時間は稼げても結局根本的な問題は何一つ解決していないからだ。


「僕は恋華さんをそばで見ながら蛇狐君と倭文さんから貰った資料を読み込んでみる。何かヒントがあるかもしれないし」

『私は炎上の火消しと配信はしばらく休むってライバーズに伝えておく』


 恋華の炎上については文字通り焼け石に水だろうが、やらないよりはマシだ。それに前触れもなく大和が何日も配信を休めばまたよからぬ輩があらぬ流言を流さないとも言い切れない。


「頼りにしてる。表のことは任せたよ」

『大船に乗ったつもりで姉に頼るといい。それじゃ、通信を切る』

「了解」


 最後に短く、信頼を込めたやり取りを最後に姉弟は通信を終えた。

 浮遊するドローンが大和の手のひらに収まり、そのまま電源が落ちた。

 禊との通信が途切れたことで一層寒々しく感じる廊下を歩き、目的地へ辿り着いた。


「ここか」


 懐から取り出した入室用のカードキーをカードリーダーにタッチ。

 重く、物が擦れる音とともに黒塗りの扉が横にズレていく。通り抜けた扉を横から見れば優に10cm以上は厚みのある材質不明の合金板で形成されていた。

 そして通り抜けた先はさらにもう一枚の扉。隔離区画の呼び名に偽りはなさそうだ。

 厳重に隔離された病室に入ると恋華を探して視線を彷徨わせ、すぐに見つけた。


「恋華さん……」


 窓のない真っ白な病室だった。汚れ一つない真っ白な内装がライトを照り返し、目が痛くなりそうなくらい。

 その部屋の中心にはベッドが一つ。純白の白を塗り潰すような黒が静かに横たわっていた。

 彼女の事情を気遣ってか、呼吸を阻害しない気遣いとともに蛇狐のフェイスベールが顔を隠しているのがせめてもの慈悲だろうか。

 ピッ、ピッ、ピッと鳴り続ける規則正しい機械音が恋華のバイタルが安定していることを告げている。

 だがそれを裏切るかのように横たわる恋華は息を荒く吐き出し、絶え間なく魘されていた。


「…………」


 布団の端から覗く恋華の手を大和はギュッと握りしめた。人肌の暖かさが、握るの手の力強さが慰めとなったのか、恋華の呼吸が少しだけ安らかなものになる……それくらいしか大和に出来ることはなかった。

 そしてあっという間に三日が過ぎた。

 

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