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第二十一話 凶報


 『れんれん』が大和のチャンネル、《文明崩壊ダンジョンライバーズ》から卒業してさらに一か月後――凶報が走った。


「のんびり寝てないで起きろ、愚弟」

「ぐえっ!? 何すんのさ禊!?」

 

 一週間ぶりの休日(オフ)。ダンジョン帰りの学生服装備のままベッドへ倒れ込んで熟睡。朝になっても起きず、ダルい体で二度寝を決め込んでいた大和を禊が蹴り起こす。そして有無を言わさず持参したタブレット端末の画面を差し出した。

 眠気まなこをこすりながら見たそこには注目度優先で信頼性は紙切れ一枚以下のネットニュースをまとめたサイト。わざわざ寝起きに見たくない代物に大和は顔をしかめた。


「んー? なに、趣味変わったの? 便所の落書き並みに信用できないニュースサイトじゃん。暇つぶしにしても趣味悪いでしょ」

「いいから見て。早く、今すぐ」

「はいはい……って、これ」


 突き付けられた画面をよくよく見れば、思わず大和の視線をくぎ付けにするショッキングな見出し記事。眠気が一瞬で吹き飛び、大和の目が真剣なものに変わる。

 

「恋華さんのパーティが壊滅した……?」


 それはいい。いいや、良くはないが冒険者パーティの壊滅などままあることだ。悲しむことではあっても驚くことではない。


「しかも恋華さんがパーティメンバーを襲ったっていう映像付きで? そもそも誰がそんな映像を?」

「確認中。それよりネットの反応を見て」


 大和が困惑して矢継ぎ早に問いかけるも禊は首を横に振り、続きを促す。そのまま記事につけられたコメントを流し見ていくと……大和の顔に困惑と怒りが浮かぶ。


「ネットの反応って……うわ、なにこれ恋華さん炎上してる。そもそも恋華さんはただの冒険者じゃん。ここまで叩く理由ある?」


 世間一般は当の本人達が思う以上に冷淡で無関心だ。よくあるパーティトラブルなど気にもしない。この程度で炎上に至るにはある程度世間の認知度が必要になる。

 だが恋華その知名度がない。当然の疑問を上げれば苦り切った顔の禊が答えた。

 

「……恋華が『れんれん』だって嗅ぎ付けられたみたい」

「うっそマジで?」

 

 燃え上がる火種に油を注いだのは約一か月前の時点からネットの片隅で芽吹き始めていた恋華=れんれんの仮説だ。元々知名度が突き抜けている大和の視聴者(ライバーズ)は多い。母数が多ければタチの悪い輩も増える。

 それが今回の炎上で人目に触れ、悪い方に知名度が爆発した。

 『れんれん』は広く顔を知られているだけの一般冒険者。暇を持て余したネットの悪意が食いつくには十分な獲物だ。世の中には理由もなく有名人を叩き落としたいと思う輩は山ほどいる。

 今ネット上では自称・黒鉄大和のファンが熱心に恋華……『れんれん』を叩きまくっていた。


「……本当にひっどいな。恋華さんが見てないといいけど」

「幸か不幸か恋華は病院で入院中みたい。隔離されてるから物理的な接触は多分大丈夫」


 タブレット端末で流し見たまとめ記事やコメント欄の中身に大和は顔を顰める。

 曰く、紅恋華はこれまで組んだパーティが何度も壊滅しているパーティクラッシャーだ。

 曰く、紅恋華は黒鉄大和に取り入り、騙している。

 曰く、紅恋華のフェイスベールはその下にあるとんでもない素顔を隠している。

 曰く、曰く、曰く――。

 根拠のない誹謗中傷がネットに溢れている。現代社会の闇を否応なく感じさせる悪意に満ちた言説がそこかしこに流れていた。

 タチが悪いのは真偽不明の情報の中に事実らしきモノも混じっていることだろう。大和は情報収集に長けた相棒へ問いかけた。


「禊、真偽の分かっている情報は?」

「オモイカネ経由で覗いた情報だと、恋華が所属したパーティが何度も潰れてるのは事実だね」

「……ああ、迷専はオモイカネ出資だもんね。そりゃ内部データも覗けるか」


 あまりに情報を掴むのが早い。一瞬訝しむもすぐに疑問は晴れた。少々……いやかなりグレーゾーンな気もしたが緊急避難につきセーフである。

 禊が頷き、手元に取り戻したタブレット端末を叩くと恋華の簡単な経歴と学内のデータが現れる。その一つを禊がピックアップすると確かに言った通り恋華が組んだパーティがことごとく潰れていることを示す文字列が現れた。

 

「パーティが潰れた原因は?」

「一貫性がない。たまたま普通なら出会うはずがない強敵に出くわしたり、ドロップ運が最悪な攻略が何度も続いたり、組んだ相手と相性が悪かったり。

 だから、不運だった。敢えて言うならそれが原因」

「不運……」


 なんとも嫌な言葉だ。

 未熟ならば鍛えればいい。だが生来の不運など手の出しようが少ない。


「一番の問題はこの動画」

「例の、恋華さんが映ってるってやつ?」

「そう。今再生する」


 手元の端末画面に禊がネットから拾ってきた映像を流す。すぐに薄暗い洞窟と何人かの学生冒険者が映った。

 どうやら学生パーティのダンジョン攻略配信らしい。見る限り生配信ではなく撮影済みの動画を編集してからアップする形式のようだ。

 再生数を見ると世間からの注目度を示すように相当な数が回っていた。コメント欄を見るのは敢えて避けた。


「……いかにも学生冒険者の配信って感じの粗い動画だね。それに音声もないみたいだけど」

「音声データはカットされてる、復元は無理。それより恋華が出た」

「確かに、恋華さんだ」

 

 随分と画質が悪い上に移動しながらの映像か画面がグラグラ揺れている。

 だが学生冒険者の1人、恋華の特徴的な長い黒髪で顔を隠した姿は見間違いようがない。


「ここ」


 早送りする動画を禊が停めたのは全体の半ばほど。より深層へ続く階段の手前、恋華とそれ以外のメンバーが対立していると思しき映像が映されていた。


「……言い争ってる? 状況的に先へ進むかどうかかな?」

「でもここまでで結構無茶をしてる、特に他の面子は恋華がフォローしてなきゃ危なかった。撤退は妥当な判断」

「戦果は?」

「ほぼゼロ。焦る気持ちも分からないではない」

「いや、無茶でしょ。恋華さん以外のメンバー、明らかにLv.がダンジョンと見合ってない。死ぬ気かな?」


 大和が呆れた口調で言う程度にはリスクが高い無謀な行いだ。あるいはそれだけ追い込まれているのか。

 そしてしばらく口論の様子が続き、場に緊張が走っていくのが分かる。とはいえ同じパーティだ。武器を構えるほどではない……そう思った時、恋華が不自然な挙動で固まり、


「ッ!?」


 一瞬後、カメラを回しているだろう冒険者目掛けて襲い掛かる (ように見えた)。瞬く間に迫った恋華のアップ画像――黒髪の間からギロリと光る深紅の瞳――を最後に映像が途切れた。

 ()()


(いま最後に何か白っぽいものがチラッと映らなかったか?)


 一瞬、ワンフレームに満たない時間だが大和の動体視力は映りこんだ”白”を見逃さなかった。

 気になりはする。が、より優先すべきを定めて口を開く。


「ここまで?」

「動画はここまでだけど話はここからが本番」

「まだあるの?」


 十分インパクトのある映像だったが、続きがあるらしい。今の動画の真偽を考えるだけでも十分にお腹一杯なのだが。


「これ、なんか呪いの動画っぽい」

「…………ごめん、なんて?」

「これ、なんか呪いの動画っぽい」


 ふた呼吸程間を開けて絞り出した問いかけに禊が全く同じ言葉を繰り返した。真顔だった。釣られて大和も真顔になった。


「正確にはSNSで呪いだなんだと騒いでる連中がめちゃくちゃ増えてる。動画を見た後怪我をしたなんて証拠付きで報告している奴らもいる」

「マジ?」

「何か変なスキルが使われてるところまでは”視”た。効果が弱すぎて詳細はちょっと分からない」

「効果が弱い? 呪いってどんなものなの?」

「呪われてるって騒いでるのはほぼLv.0の一般人。呪いの不幸も骨折が精々。というか中途半端過ぎるからうちの電脳結界を潜り抜けたというか……」


 この動画を介した呪詛モドキそのものはまだいい。この迷宮時代なら十分に起こりうることだからだ。オモイカネ資本の世界的SNS『D_line』も相応の対策を取っている。

 問題はこの騒動を起こした黒幕の意図が掴めないことだ。手がかりの欠片もなく、完全に後手に回っているのは面白くない。


「アテは付いてる? 悪性の電脳魔かな? それとも本当に呪詛?」

「これから。管理者の仲間と魔女(アニマ)にはもう連絡した。今は解析待ち」

「どっちにしろ恋華さんには無理な芸当だ。黒幕は別にいるはず」


 詳細はまだ何一つ分からない。だがこれは明確に恋華を狙った攻撃だった。


「どうする?」

「とりあえず黒幕を見つけ出して後悔させるのまでは決まってるかな。あ、ネットで誹謗中傷しているアカウントも情報は残しておいて。あんまり酷いのはあとで()()しよう」


 この一件へのスタンスを問えば大和からは淡々とした答えが返る。聞いた者の背筋がヒヤリとするような、冷えた声音だった。

 

(というかネットの連中、憶測で恋華さんを『れんれん』と確定事項で結び付けているのがもう……いや、事実だけど証拠はないだろうに)


 間違いなら冤罪だし正しくてもやっていることはただの私刑(リンチ)だ。

 とりあえず法律が許す限りの報復は必要だろう。当然大和は恋華を強力にバックアップするつもりだった。札束と社会的信用で相手を殴れば大抵の誹謗中傷者は社会的に死ぬ。


「…………あれ」

「どうしたの?」


 が、その時大和の脳裏に微かな違和感が過ぎった。漏れた呟きに禊が反応するが、それより先に指示を出す。


「禊、蛇狐君宛てに連絡繋げる? 大急ぎ。拒否しても繋げて」

「了解」


 緊迫した声に禊が即座に動く。端末経由で11桁の番号をコールし、恋華に渡したフェイスベールの製作者へ連絡を入れる。

 アプリの管理者権限による強制コールを受け、蛇狐が不機嫌そうな声音で出た。

 

『……禊ちゃん? ボクいまちょっと忙しいんやけど――』

「蛇狐君、ちょっといいですか?」

『なんだ、大和君か。どしたん? 都合した装備に何か不都合でもあったか? それならそっちに向かうけど……』

「いえ、そうではなく。恋華さん用に作ってもらったフェイスベールなんですが」

『ああ、アレ? 突貫の上に興味のない仕事やったけど手を抜いたつもりはないよ? そうそう事故は起きんと思うけど』


 熱のない無味乾燥な蛇狐の台詞にこういうところが悪い意味でブレないなと逆に感心する大和。大概のことにぞんざいな上、それを隠さない悪癖。昔から治した方がいいと散々言っているのだが、改善の兆しはない。

 頭を悩ませつつ大和は取り急ぎ必要なことだけを問う。蛇狐の性根を入れ替えるのはまた後だ。


「……アレの仕様に関する質問です。『れんれん』との類似性から恋華さんの正体がバレる可能性ってどれくらいあります?」

『アホ言え、ゼロやゼロ。身バレNGが第一条件の仕事でそんな雑な真似ボクがする訳ないやろ』


 あっさりと、何でもないことのように蛇狐が現状を否定する言葉を吐く。大和は緊張にヒュッと息を呑んだ。

 アイテムクラフターとしての蛇狐の腕は確かだ。少なくとも自作のアイテムについて語る言葉に嘘はない。


「アレ、概念的にはフェイスベールを被ることでそのまま『役』を被ってるんよ。神事の覆面舞踊みたくな」


 神事、ことに神や英雄を演じる舞台で顔を覆面で覆い隠し、役を演じる演者達。彼らはそのひと時だけ『人』の顔を覆い、『神』の顔を被るのだ。恋華のフェイスベールもまたその系譜に繋がるマジックアイテムである。


「アレ被ってる時の紅ちゃんは紅恋華ではなく『れんれん』という記号(キャラ)()()()()ワケや。『紅恋華』と『れんれん』の繋がりを見抜くにはそれこそ禊ちゃんクラスの霊眼か特殊なスキルでも持ってこいってハナシよ」


 物理的に顔を隠すだけではなく、もっと概念的な領域に位置する高位の隠蔽用マジックアイテム。それが『顔隠しのフェイスベール』の本質である。

 つまり、今起きているのは想定を二段階は飛び越えた脅威からの攻撃だ。


(マズイ)


 大和の中で危機感が一気にレッドアラートを鳴らす。通話したまま眼を鋭くした大和の肩をトントンと禊が叩く。

 端末の画面にピコンとポップアップ。地図アプリが立ち上がり、病院の名前と住所が映し出される。

 禊が調べ上げた、恋華が入院しているだろう病院の情報だった。幸い、同じ都内。距離もさして遠くない。風による光学迷彩と飛行を使えば人目に付かずすぐに着けるはずだ。

 

『まあ禊ちゃんもいるしゼロは言い過ぎやったね。ともかく普通ならそんなことは起こらんよ』

「ありがとう。また電話します」

『……何かあったん? 焦ってるみたいやが』

「それも含めてまた後で」

 

 普通ではないことが起こっている。それだけは確かだ。大和は通話を叩き切ると端末をそのまま懐にしまった。

 

「禊」

「はい、装備。ナビゲートはドローンでやるから」

「ありがと。行ってくる」


 禊が放り投げた黒翼(マント)を手に急ぎ足で部屋を出る。こういう時は装備一式を翼の異空間に収納できる黒翼はありがたい。必要以上に目立たずに済む。

 廊下ですれ違うギルメンから険しい顔を見咎められ、声をかけられるがそれに返す余裕もなく。

 大和は超人的な身体能力と少々の法令違反を駆使し、できる限りの最高速度で恋華の眠る病院へ向かった。


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