第二十話 攻略報酬
「グレンデル討伐、お疲れ様でした」
「ハァッ……、ハァッ……。大和様……ありがとうございます」
「バウ……」
デバフをかけ、挟み撃ちにし、惜しみなくアイテムを使って回復し、グレンデルを相手にようやく競り勝った恋華達に賞賛を告げる大和。
今の一戦、決して見た目ほど快勝ではない。大和からの援助があってようやく五分五分の勝負だった。その上で勝利を掴み取ったのは恋華の力。ならば賞賛も当然だった。
「……むむ、戦闘前より強くなってませんか? もしや――ミルさん?」
『はいはーい。れんれんちゃんがLv.23、ベルーガくんがLv.20へのレベルアップを確認。新しい自分への一歩、おめでとう!』
:おお、レベルアップおめ!
:おめでとう! 素直にめでたい。
:格上に挑んだ分これくらいの報酬はなきゃね。
:ダンジョン攻略はやればやった分は成長するんだよ、才能があれば。
:隙あらば一般冒険者に悲しい現実を突きつけるなよ、泣くぞ。
:才能限界とかいうクソ仕様実装したの誰だよ? 神か?
:Lv.5で成長が頭打ちになった僕の話します?
:才能がなさすぎて逆にレアだな。
「後はこっちのドロップアイテムもですかね。『巨人の鎧鱗』。魔道具の素材にもなりますし、高値で買い取ってくれるはずです」
:おっ、ボス討伐の確定ドロップか。
:いいなー、羨ましい。一発当たるとデカいんだよな。
:こればっかりは低層での間引きじゃ味わえない冒険者の醍醐味よね。
:低レベルならともかく高レベルになるほど装備の作成にダンジョン産アイテムが必要になるしね。
:高レベル冒険者って数が少ない割に装備壊しがちだし優秀な装備を求めてるから需要に対して圧倒的に供給が足りてない。
:その分いま日本で一番稼げてる夢のある職業だぞ。だからみんな高レベル冒険者を目指そう!
:嫌だよ、死ぬわ。
:そそのかすな大和君か貴様。
「何か不本意な呼ばれ方をしたような……まあいいや。それとこっちの魔石も追加しておきますね」
:おお、袋から大小の魔石がゴロゴロと。棍棒や鎧も。
:結構モンスター倒してたからな。そのドロップアイテムか。
:大和君が持ってたの?
「い、いつの間に……」
「配信画面の外や端でこう、コッソリと。れんれんさんは攻略優先で捨て置いてましたが、勿体ないし大した手間でもありませんでしたしね」
:そういうのって普通パーティーでも戦力外のポーターがやるもんだがなぁ。
:なんて贅沢な使い方なんだ。
:黒鉄大和を使いっパシリにした女という実績が解除されました。
「そんな不名誉な実績要りませんっ!? 大和様をパ、パシリなんて!?」
:完全に身に覚えのない罪を着せられた反応で笑うわ草。
:ワロタwww
:善意から謎の冤罪食らってて草。
「はいはい。からかうのはそれくらいにして報酬を数えましょう? そっちの方が楽しいですよ」
:札束と宝石を数えるのは何時の世も最高の娯楽だからね、仕方ないネ。
:にしても結構な量の魔石だな。
:これだけあれば……200万は固いか?
:それくらいじゃね? 知らんけど。
:魔石はマジで何でも使える夢の万能エネルギーだからな。あればあるだけ困らん。
:プラスアルファでアイテム売却分か。うん、レベルアップも合わせて十分黒字じゃない?
「配信に出てもらう分の報酬は出してるんですが、色々あってほとんどれんれんさんの手元に残らないんですよね」
:逆に大和君側の持ち出しも中々……。
:この配信だけで軽く【三桁】万円は吹っ飛ばしてるからな。
:しかも完全非営利でスパチャどころか運営のDtubeからも一銭も貰ってないらしいし。
:面倒くさいしがらみをスッパリ切るためとはいえ思い切りが良いよな。
「お金ならありますからねー。問題は人です、具体的には僕とパーティ組んでくれる仲間が足りない」
:お金ならある。一度は言ってみたい台詞だが大和君と同じ立場にはなりたくない怠け心。
:仲間と言えばその点れんれんちゃんはどうだったん?
:大和君の評価気になる。
「れんれんさんですか? 素晴らしい才能ですね! 冒険者として成長した暁には是非僕のパーティに入って欲しいです!」
「大和様……!」
:予想通りの反応をありがとう。
:れんれんちゃん嬉しそう。
:まあ基本甘口というか人をけなすタイプじゃないからね、この子。
:なおパーティ加入の足切り基準は?
「加入条件ですか? とりあえずLv.70……いや、65は欲しいですね。そこまで行ってれば後はパーティ組んでBランクダンジョンで攻略周回すれば多分、きっと、なんとか」
「大和様……」
:これだよ(宇宙猫)
:Lv.65はとりあえずで出していい数字じゃないんですよね。妥協してる風な言い方止めろ(マジレス)
:甘口に見せかけた激辛判定基準廃止しろや。現在のトップ層の平均が大体Lv.50くらいだぞ。
:日本は他国と比べてトップ層がめちゃくちゃ厚いがそれでもLv.60の壁を越えているのは数える程という事実。
:れんれんちゃん可哀そう。
:そんなだから仲間が出来ないんだぞ。
:そ仲出。
:一人の女の子を天国から地獄へフリーフォールさせる外道がいるらしい。
「そんな……一体だれがそんな酷いことを!?」
:お前のことだよ。
:鏡を見ろ定期。
:褒めて伸ばすタイプだしこれまで面倒を見た面子も実際伸びてる。ただ大和君が求める基準が絶望的に高い。
:Lv.65って多分単独で国と喧嘩できる超人なんだけど大和君にとっては通過点でしかないという。
:なおそんな大和君ですらAランク迷宮攻略未達成という事実。
:終わってるよな、人類。
:滅ぶな、文明社会。
:悲しいなぁ……。
「ちょいちょいちょい。なんでお通夜じみた空気になってるんですか? いまれんれんさんのダンジョン攻略達成を祝う記念すべき瞬間ですよね?」
「申し訳ございません……私が不甲斐ないせいで……」
「いや、マジで本当に全くもってれんれんさんは悪くないですからね??? 落ち込まないで。お願いだから」
:なんという芸術的なorz。
:れんれんちゃんの落ち込み芸なんかもう見てるだけで楽しくなってくるんだけど。
:大和君が困った顔してて二重にメシウマですわ。
:珍しく大和君が振り回されてて正直楽しい。
:ほんと逸材でしたわ。推せる。
「ですが諦めません! たとえ何年かかろうとも私、必ず大和様のパーティに入って見せます!!」
:おおっ、落ち込んでたと思ったら急に立ち直った。
:拳を天に突きあげてなんという力強いポーズなんだ。
:ごめん、あんまり力強く見えない。
:ダメそう(小並感)
:躁鬱発症してない? 大丈夫?
「ライバーズのみんなほんとさぁ……どうして素直に人の決意表明を祝福するっていう当たり前のことができないんですか? 僕はいまとても感動しているところなんですよ?」
:大体お前が原因だゾ。
:茨の道を歩む女の子を心配して何が悪いんですか?
:おい、その先は地獄だぞ(ガチ)
「……エヘヘ。地獄でもいいんです。もう決めたことですから」
:可愛い……。
:尊い……。
:浄化されてしまう……。
:顔出しNGなど些細な問題と理解らせてくれる笑い声よ。
:ほんと……こう、罪深いよなこのショタ。
「???」
:そこで! 不思議そうに! 首を傾げるな!
:ダメだ、こいつの頭の中にはダンジョンと配信しか詰まってないんだ。強いわけだよ。
:このお子様……。やっぱり青春をひたすらダンジョン配信にばっかり費やすのは不健全だって。
:いまからでも大和君の育成方針をみそPと協議するべきではあるまいか。
:親目線の奴が大量に出てるの草。いややっぱ生えた草枯れたわ。情緒が大分ヤバいだろ。
「なんですかこの反応……?」
:ガチ困惑してるところ悪いが配信画面歪んで見えるんだが。ドローンの故障?
「おっ……? 珍しいな。これはダンジョン消滅の兆候ですね」
「ではこのダンジョンは消えてしまうのですか?」
「いえ、まだ何度か攻略する必要はありそうですね。ダンジョンの消滅は攻略によって構成魔力が霧散して歪曲していた空間が元に戻ることで起こりますから」
視界の中の景色が歪む。
空間歪曲収束現象の初期兆候。構造物を基点に魔力が歪めていたダンジョンの広大な空間が揺らぎつつあるのだ。とはいえまだ消滅に至る程ではない。
:確かダンジョンって溜め込んだ魔力で異空間を作り上げてるんだっけ?
:そうそう。モンスターそのものが魔力からできた不思議生物で、ドロップアイテムはダンジョンの魔力が結晶化した代物らしい。
:ぶっ倒されたらすぐに消えるモンスターも大概謎よな。人間がネット上にアバターを作るようにモンスターは魔力で体を作ってる、なんてトンチキ説も聞くが。
「モンスターやダンジョンはまだまだ謎が多いですからね。そこはまだ神のみぞ知る、ということです」
:でも分かったことも結構あるよな。
:アイテムドロップはダンジョンが攻略されるたびに溜め込んだ魔力を放出するから、使い果たしたらダンジョン消滅……って理屈でよかったっけ?
「はい、それで合ってますよ。ここはDランクでも結構大きめのダンジョンでしたから、この辺りはしばらく迷宮災害に悩むことはなさそうですね。良かったです!」
:確かにな。
:いいことよ、ほんと。
:少なくとも暫くは迷宮災害の被害者は出ないってことだからな。
「まあダンジョンは一度潰しても数か月後から数年後にはまた湧くんですけど」
「……や、大和様の顔が”無”になってしまいました!」
:唐突にスンッとした顔になるな、気持ちは分かるけど。
:湧き潰してはポップするこの無限連鎖誰か止められない? マジで。
「一つ二つならともかく数が多すぎるんですよね。完全に鼬ごっこになってるのがマジお排泄物」
:珍しくキレ気味。でも気持ちは分かる(二度目)
:管理できないダンジョンから《怪物漏出》で湧き出たモンスターで毎年犠牲者が出てるからなぁ。
:熊よりおっかないモンスターがそれなりの頻度で人里に降りてくる恐怖。
:かといって放置したら複数迷宮で囲む広範囲の《迷宮氾濫》に拡大してもっとひどくなるしよ。
:放置を続けたら最悪地上に《迷宮領域》の爆誕やぞ。地上でモンスターがわさわさ湧いて侵攻してくるクソゲー開始。
:そこまでいくと大和君か高レベル冒険者パーティが複数組んでのレイド戦になる。
:お排泄物ッッッ!!!
:無限物量による陣取りゲームに全世界が強制的に巻き込まれてるのほんと草枯れる。
「ダンジョンの数が突出して多いのも日本の特徴ですね。挙句世界で7つあるAランク迷宮の内、3つが日本に集中しているという……なんですかこれイジメか???」
:その釣り合いを取るためか知らんが冒険者トップ層の厚みも尋常じゃない訳だが。
:迷宮特異点日本。
:とんでもないクソ立地だがオモイカネと黒鉄大和というバグのお陰で無尽蔵の迷宮鉱山に化けたあたりホント世の中塞翁が馬だわ。
「……まだまだ愚痴を言い足りないですけど、そろそろ帰還ポータルに向かいますか。では、今日の配信はここまでで。ライバーズのみんな、おつダンジョンでしたー」
「おつダンジョン、です。それではみなさま、御機嫌よう」
:おつダン~。
:お疲れ様。ゆっくり休んでな。
:御機嫌ようって挨拶生まれて初めてリアルで聞いたわ。
:ごきダンー。
:その挨拶なんかGっぽいからヤメロ。
:それじゃれんれんちゃん、またねー。
「ッ、はい。”また”です、ライバーズのみなさま!」
最後までまとまりのないライバーズからの呼びかけだった。
フェイスベールの下に満面の笑みを隠しながら、恋華は力一杯ドローン越しの”あなた”達へ手を振った。再会の約束をしっかりと胸の内で刻みながら。
◆
その日の夜、久しぶりに恋華はベッドの上で浮かれていた。
一人だけの家はガランとして、寒々しくて、寂しい。両親の姿は長く見ていない。年の離れた弟に夢中だと人伝に聞いた。
悪い親では決してなかった。だが幼い頃、確かにあった親子の情愛は恋華の存在昇華をキッカケに擦り切れ果ててしまった。誰も悪くない。強いて言うなら……きっと自分が悪いのだろうと、乾いた自嘲とともに恋華は思う。
いつもならうじうじと後ろ向きに過去を振り返り、自分を責めるのが恋華の日課になってしまった。
でも今日は違う。違うのだ。それが、たまらなく嬉しい。
「ああ、楽しかった……」
そう、とても楽しかったのだ。楽しいという感情を味わうのがどれほど前だったかを忘れてしまう程に。
「大和様からもまだしばらくはゲストとして呼ぶと仰って頂きましたし……うん、今度はもっと上手くやれるよう頑張ろう」
あんなにもたくさんの人とお喋りをしたのは久しぶりだった。どれほど前だったかを忘れてしまう程に。
あんなにもたくさんの人から受け入れられたのは久しぶりだった。どれほど前だったかを忘れてしまう程に。
あんなにもたくさんの人からエールを貰い、祝福されたのは久しぶりだった。どれほど前だったかを忘れてしまう程に。
「幸せだなぁ……ずっと今が続けばいいのに」
ベッドで横になり、楽しいユメを抱きながら少女は思う。想う少年の顔を脳裏で描きながら、思う――どうか明日よ、来ないでと。
どこかで”獣”が啼いた気がした。
◆
それから暫くの間。
恋華は大和ともに週末の土日に一、二度のペースで攻略配信を続けた。
迷宮攻略支援AIの霞ミル、黒妖犬のベルーガと組んでのダンジョン攻略。戦力を整え、大和からの支援を受け、それでもギリギリの戦いが続く。困難だが充実した日々は恋華が元々備えていた才能を加速度的に磨いていく。
Lv.も急速に上昇し、遂にはLv.28。いわゆる人間の壁を目前にした強者へと至った。
そして遂に彼女は一つの節目を迎えた。
「大和様、大和様! 聞いてください。私、ついに学校でパーティを組むことが出来ました!」
「おぉー、おめでとうございます! やりましたね!」
喜びを全身で表して吉報を報告する恋華に心からの笑顔で祝福する大和。
むしろ何故ここまでパーティが組めなかったのだろうと言ってはいけない。人間向き不向きはどうしてもあるのだ。
「より高ランクの迷宮だと仲間との連携が重要です。一人で戦い抜けるほどダンジョン攻略は甘くない」
「はい。承知しております」
「パーティを組むのはきっと大変なこともあると思います。でも、恋華さんならきっと大丈夫です」
「ありがとうございますっ!」
大和もそうだが恋華も大概周囲を取り巻く環境が特殊である。普通の同級生とパーティを組むのもよい経験になるはずだ。
性格もやや躁鬱が激しいという欠点はあるが、それくらい冒険者の中では可愛いものだ。意思表示と決断という冒険者として必要な資質はしっかり持ち合わせている。パーティを組んでも問題ないだろう。
「ではそろそろ僕との配信も卒業ですかね」
「――――!」
少し寂し気に言う大和と、それ以上に胸を衝かれた様子の恋華。
彼らが出会ってそろそろ2か月が経とうとしている。あっという間に過ぎ去った時間はそれだけ濃密な経験を積んだことを示していた。
「寂しくなりますね。でも区切りは必要ですから」
『困ったことがあったら連絡してくればいい。頼ってくれれば大抵のことは何とかする』
確かに大和達の助力があれば大抵のことは何とかなるだろう。何とかなりすぎて、自制を覚えなければと危機感を覚える程だ。
大和と同じくらい禊も恋華のことを気に入っていた。彼女の妹力は中々のものなのだ。
「機会を見つけてまた僕の配信に出てくださいね。恋華さんはライバーズからも人気があるから、きっと盛り上がります」
「はい、必ず。何時かはきっと、大和様のパーティとして」
「楽しみに待っています。心から」
大和が惜別と祝福の意を込めて右手を差し出す。恋華も応じ、別れを惜しむように長く、力を込めて二人は握手を交わした。恋華の手は相変わらず華奢で、柔らかく……だが初めて出会った時よりずっと力強かった。
その日の夜の配信で短期ゲスト『れんれん』の卒業が発表され、名残惜しむライバーズと夜更けまでずっと言葉を交わし続けた。語る言葉は尽きず、しかし訪れたタイムリミットとともに多くの涙と別れの言葉を貰い……『れんれん』はライバーズの前から去っていった。
――そしてさらに時は過ぎ、全てをひっくり返す転機が訪れる。
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