幕間 禊と恋華のコイバナ談義
三連休の2日目、ダンジョン攻略中にポータル付近の安全地帯で休憩中のこと。一時的に配信も停止。大和と恋華が地面に広げたシートの上で身体を伸ばしてゆっくりと寛いでいたところ。
『――ではこれよりお姉ちゃん面談を始めます』
まったく唐突に禊が理解不能な一言を発した。
「? 申し訳ありません、禊様。いまなんと?」
「あ、寝言吐いてるだけなんで無視していいですよ」
唐突かつ意味不明な発言を律儀に聞き返す恋華と呆れる大和。この姉貴面はたまに頭のネジが外れるのだ。
『シャラップ、愚弟。用事があるのは恋華。お呼びでないので下がるがいい』
「安全地帯から離れてどこに行けと?」
『愚弟ならどこでも大して変わらないでしょ。ほら、さっさと行く』
「強引がマイウェイかこの姉貴面。そっちこそ馬鹿言ってないで真面目に見張りを――」
†《眷属契約:八咫烏》†《遠隔召喚》†
『去れ、姉に敬意を払わぬ邪悪な弟め』
「ちょっ、ヤッくん呼び出してまで追い払うとか――」
「カァァ……」
なんともやるせない八咫烏の泣き声 (誤字にあらず)に追われ、大和は「マジかよこいつ」という顔をしながら急ぎ足で去っていった。
◆
「そ、それで禊様。一体私にどんな御用でしょう?」
今の一幕を見てややヒイた顔の恋華が改めて問いかける。もちろん禊は気にせず話を進めた。
『恋華を私の妹に迎え入れるか決めるお姉ちゃん面談です。不定期抜き打ちで絶賛開催中。肩の力を抜いて楽しもう、さあ』
「わ、私は別に禊様の妹になりたい訳では……いえ、光栄とは思いますが」
引き篭もりの割にアクティブかつ独特のマイペースで強引に空気を引っ張っていくのが姫神禊という女である。たまに大和以外にも姉貴面をするという謎の生態もあった。
恋華もなんとか引き込まれまいと頑張るが、今はまだ常識的な彼女ではいささか荷が重かった。
『でも恋華は大和のことは気になってるんでしょう? ならお姉ちゃんとしては見逃せないのです』
「な、何故禊様がそれを……!?」
『鏡か配信を見れば分かるんじゃないかな』
今更な指摘にうろたえる恋華に鋭くツッコミを入れる。あれで隠し通せていると思っていたのだろうか。
『――で、ぶっちゃけ大和のどこに惚れたの?』
「え”っ!?」
『ちなみに大和はモテるけど本気の女は少ない。懐に踏み込むと大体頭がおかしいのがバレちゃうから』
「……えーと」
乙女的に衝撃的な問いかけのはずが、続く身も蓋もない大和評へ返すコメントに困る恋華。軽々に否定できないのは恋華自身も心当たりがあるからだろう。
『その代わり本命枠は大体重い。それだけの理由があるってことだから』
「う”っ!」
再び言葉に詰まる恋華。彼女自身心当たりがあるからだろう。
いつの間にかお姉ちゃん面談が始まっていることを突っ込む者はいなかった。
「……………………。その、言わなくちゃダメでしょうか」
『もちろん言わなくてもいい』
「な、なら」
『でも私の妹になりたいなら言わなきゃダメ。お姉ちゃんチェックです』
†《お姉ちゃんパワー》†
「め、めちゃくちゃ理不尽なことを言われているような!? なのに問答無用の圧力が!?」
意味不明な押しの強さに恋華が悲鳴を上げる。これぞスキルにまで昇華した禊の姉力であった。
「その……誰にも言わないでください。本当に、誰にも」
『安心して。私にその手の話題が好きな友達はあんまりいない』
「……あ、はい」
なんと返すのが正解なのか分からず、恋華はひたすら曖昧に相槌を打った。
『それで、大和のことをどう思ってるの?』
「えっと、その……好きです。ミーハーとかじゃなくて、真剣に好きです。すごく格好いい男の子だなって」
『どんなところが好き?』
「……こんな私でも受け入れてくれるところ、でしょうか」
少しだけ自嘲を込めて、それ以上の喜びを込めて恋華は語り始める。
「その。私の存在昇華って子どもの頃に突然起こったんですよね。冒険者になんてなってないのに、本当に脈絡なく突然」
『迷宮過適応変異ってやつ? 稀にあるとは聞く』
極めて珍しいが、無いでは無い。世の中にはごく稀にだが迷宮から漏れ出す魔力と極めて相性がいい人間がいる。彼ら彼女らは触れた魔力に過剰適合し、歪な成長を遂げることが多い。存在昇華に伴う肉体の変異はその症状の一つだ。
「それで良い方の変化だったら良かったんですけど……この通りだから気味悪がられちゃって。両親は気にしないようにしてくれたんですけど、友達はみんな離れていって」
揺れるフェイスベールを手で押さえながら恥じるように俯く。その薄布の下を見たことはないけれど、彼女が見せたがらないだけの理由があるのだろう。
異人類化によって文字通り人に見えないほど強烈な変貌を遂げることすらあるのだ。
「それまでは結構周りが可愛がってくれてたから余計にキツくて。辛かったり悔しくて泣いたこともあったし、反発で精一杯お洒落して虚しくなったこともあったかな」
『お洒落ってもしかしてその髪? うん、凄く綺麗な黒。丁寧に手入れしてるんだね』
「……エヘヘ。ありがとうございます、とっても嬉しいです」
きっといま顔布の下でふにゃりと幼げに微笑んでいるのだろう。
そう想像させるくらい嬉しそうに恋華はお礼を言った。その艶めいた輝きを放つ美しい黒髪は彼女にとって数少ない自慢なのだ。
(顔なんか見えなくても十分に可愛い。もったいない)
恋華の周囲にいる連中は随分と見る目がないらしい。惜しい、と禊は思った。
なので少しだけその背を押してあげたいと思い、言葉を継いだ。少しばかり斜め上の気遣いを込めて。
『多分大和も気に入ってる。黒髪フェチだから』
「え”っ!? そうなんですか!? ……で、でもそれなら私にもワンチャン?」
『直接聞いたことはないけど間違いない。いつも家では私の髪を見てるから』
「……あ。そういう」
『?』
興奮気味で呟いていたが、禊が語る根拠を聞いて一気にスンっとなった恋華だった。ドローンの向こうで禊は首を傾げた。
『それで自然体で受け入れる大和にこう、コロリといっちゃった?』
「そう言われると私がチョロいみたいで不本意なんですが……そうかもしれません」
そう言うと恋華は顔布越しに愛おしそうな視線を右手に落とした。大和と初めて出会った時、迷いなく差し出された手を思い返すように。
「出会った時すごく自然に手を握ってくれて、精一杯お手入れしている髪を褒めてくれて、何も言わなくても自然と隣にいてくれて――ここにいていいんだよって、許してくれてるみたいで」
『ん。その感覚は間違ってない。危機管理意識がガバガバだから恋華の事情を察した上で気にしてない』
弟について一日の長がある姉が心当たりにうんと頷く。
『それに大和は相手の弱みを見抜くのが上手い。だから仲間が弱っていたら必ず気付く』
「な、なるほど。そんな特技 (?)が……で、でも素敵な使い方ですね!」
『言葉は上手くないけど察するのは得意だから大和なりに気を遣ったんだと思う。特に女の子には優しくって子どもの頃から教え込んだから男女比+30%くらい優しくなる』
「くっ、さっきからちょいちょい挟まるエピソードで脳が破壊されそう……!」
『?』
「しかも自覚無し!?」
言葉にしがたい懊悩に脳破壊を食らっている恋華を不思議そうな反応を返す禊だった。弟を天然と評する姉も大概天然なのだ。
『ともかく話は分かった』
「そ、そうですか。良かったです」
『第一関門のお姉ちゃんチェックはクリア。恋華を新たなる妹と認めます』
「ありがとう、ございます……? あれ?」
何かおかしいようなと首を捻る恋華だった。別に自分は禊の妹になりたかったわけではないのだが、と。
『あのダンジョン馬鹿を振り向かせるのは簡単じゃないけど応援はする。お姉ちゃんを頼りなさい。私が許す』
「……えっと、禊さんはいいんですか? その……私と大和さんがそうなっても」
『できるものなら是非やって欲しい。大和の頭の中は基本ダンジョンか配信しか詰まってない。もうちょっと青春っぽいことをしてもいいと思う』
「あ、はい」
自分のことは棚に上げつつしみじみと語る禊だった。恋華は返答に困り、ひたすら曖昧に相槌を打った。
「……でも、ごめんなさい。私じゃやっぱり無理かも、です」
無理やり道化て自嘲う恋華。ごく自然に、当たり前のように、恋華は諦めていた。
けして表に出さないその顔と、苦い自嘲に見合うだけの目に遭って来たのだろう。望むよりも諦めることが処世術として身に付くほどに。
それが禊には痛ましく、もどかしい。
『大和は気にしない。気にするようなら私がとっちめる』
「いいんです。私は今のままで十分に幸せなんです」
本当に、偽りなく幸せそうに言う恋華は――綺麗だった。さながら花びらを散らす春の桜のように。
「私は、この恋があれば……きっと」
胸に秘めるように呟いて、胸の前で両手をそっと包み込む。大切ななにかを抱きしめるように、恋華は儚く微笑った。
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