感情のリーディング
これは主人公の成長を中心に描いた青春物語です!
「お前っていいやつだな!」
何度目だろうか、こういう類の言葉を聞くのは。
「いやいや、そんなことないって。俺は少し口を挟んだだけだから」
そう答えると友人は笑顔で去っていく。ここまでがいつものパターン。
実際、本当に大したことはしていない。
ただ、その人が求めていそうなことをしているにすぎない。
「さすがだね~、人たらし♪」
いちご牛乳をストローで飲みながら近づいてくるのは、星南花火。
同じ中学から仲良くしていた親友だ。高校生になった今でもその関係は切れていない。
こいつは......なにも考えていないな。
「んで? 今日はどんな善行を?」
「善行なんて大層なことはしてない。ただ悩み事がありそうだったから口を挟んだだけ」
「ふ~ん?」
怪しまれている。
嘘は何一つ言っていないのに、疑われるのは少し不満である。
「なんだよ?」
「......ほいっ」
「うぐっ」
俺の顔をジッと見てから、メロンパンを口の中にぶち込んできやがった。
そして星南は背中を向け、教室を後にした。
なんだよ、美味しいじゃんか。
メロンパンを食べながらふと考える。
俺のこれまでの言動は間違っていないか、と。
俺、新垣秦は人の感情に機敏であるという自覚がある。
その人の雰囲気や表情、態度を見ているとなんとなく今どう思い感じているのかが分かるのだ。
人の感情さえ読み取ってしまえば、俺自身が起こすアクションはおのずと見えてくる。
怒っていそうなのであれば、怒りを発散させてあげられるような質問をする。
嬉しそうなのであれば、いくらでもエピソードトークをさせてあげる。
だからいつもみんな会話の最後には「ありがとう」と言ってくれるし、そう言ってもらえれば俺としても嬉しかった。
ただ俺は全知全能であるわけがないし間違いだっていくらでもする。
余計なことを言ってしまうときもあるし、話し中に思わず欠伸がでてしまう時もある。
だから毎回俺はこうして自己反省会を開いて、自分の言動が間違っていなかったかを確認するのだ。
うん、大丈夫。間違っていない......と思う。
心の中で自己反省会を終えると、教室の角からひと際大きい笑い声が聞こえてきた。
「なにそれ~、ヤバすぎ」
「もう少し詳しく聞きたいから、放課後カラオケ行こうよ~」
「いいじゃん! いこいこ!」
「じゃあ、この続きは放課後にしよっか」
会話が終わる。
すると丁度、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
まるで漫才を見ているかのような綺麗な会話の終わり方。
今どきの女子高生は会話レベルここまで高いのかと一瞬思ったが、違うようだ。
金色に染めた髪を揺らし、俺の隣の席に座ったポニーテールの少女が小さくため息をもらしていた。
俺も座る瞬間を気にしていなければ、こんな小さなため息には気づかない。
「......大変だな」
そうボソッと言うと隣の金髪少女、遊佐未来は体をビクリと反応させた。
「なんのこと?」
貼り付けた笑顔でそう答える彼女はとても苦しそうに見えた。
可哀そう、そんな感情に俺の心は支配される。
だが今の彼女を形作る全てがこれ以上の介入を拒否しているようにも見えた。
踏み込むな、そんな言葉のない圧力があった。
「フードが裏返ってるぞ」
「えぇ! 嘘!?」
からかうように指摘する。
中学男子だったら、彼女募集中とかいう意味で騒ぎ立てるからな~
彼氏募集中と思われるのではないかと。
これでいい。
遊佐は介入されることを拒んでいる。
ならば俺は遊佐が嫌がりそうな状況を避けるだけだ。
もう、と少し頬を膨らませてフードを直す彼女は言ってしまえば、もの凄く可愛い。
普段から彼女は男子連中の中で人気があり、スクールカーストもトップレベルだ。
そんな彼女に不愉快だと思われるのは俺としても避けたい話ではある。
だから、俺は隣の席でありながら遊佐とは一定の距離を取りながら接してきたのだ。
「お、教えてくれてありがと。一応恥ずかしいので、これは秘密でお願いします......」
「はいよ」
やがて先生が入ってきて授業が始まった。
そして俺は再び軽い自己反省会を開始するのだった。
**
月日は流れ、今日は文化祭当日。
クラスの出し物として「パラレルカフェ」なるものを営業していた。
内容は極々簡単で、接客係があらゆるコスプレをしているカフェというだけ。
王道のメイドと執事から、コックさんや車掌、サンタクロースなど本当に多種多様である。
「え、なにあの子。めっっちゃくちゃ可愛いのだが」
「本物のお姫様みたい~」
「俺あの子に接客してもらいたい......」
なかでも多くの人が目を惹かれる存在がいた。
どこぞの王女様の格好をした遊佐である。
持ち前の金髪と鮮やかなドレス姿はまるで絵本の中から飛び出してきたような印象があり、その姿を一度見た人のほとんどが一度は振り返っていた。
「凄いね、未来ちゃん! 大人気じゃん!」
「そうかな? ありがと~」
クラスメイトにも大絶賛され、遊佐は先ほどからもてはやされまくりである。
本人は褒められることが苦手なのか、ぎこちない反応をしているが、実際可愛いのだから仕方あるまい。甘んじて受け入れよ。
そんなことを考えていると、受付をしている俺に三人組の男性が話しかけてきた。
「ねね、今入ったらあの子に接客してもらえたりするの?」
上靴の色を見るに上級生だろうか。
この様子だとまぁ、そりゃそういう思考になる人もいるわな。
「すみません。当店は指名制はなくてですね。接客はランダムでやらせていただいてます」
「つまり運が良ければ接客してもらえるということだな!?」
「はい、そうなりますね......」
正直このような下心丸見えの連中を案内することはしたくないのだが、文化祭の飲食店である以上学校内で問題を起こすわけにはいかない。
これを拒否して、差別だとか言われたほうが困ってしまうのだ。
「この列に並んでればいいんだよね?」
「はい。三名様でよろしかったですね? では......」
「よっしゃ、楽しみだな!」
こちらの質問には答えず、上機嫌で列に並んでいく上級生たち。
たまにいるやつだ。自分の都合しか考えられなくなって、周りが見えなくなる客。
それを見てさらに案内したくないと思ったが、グッと堪えて予約リストに三名と記入していく。
そうして約二十分後、三馬鹿(仮名称)の番が来た。
あぁ~神よ。どうか遊佐が接客することになりませんようにっ。
叶わなそうな祈りをする。
この店はランダム接客とは言っても、この上級生たちが遊佐の手が空いた時を見計らってオーダーをすれば実質、指名制と同義である。
企画の時点でその懸念はあったのだが、問題があった際には瞬時に他の人が介入すればいい、そもそも学内において問題行動をするような人はいないのではという意見が多数を占めていたことから、特に大きな問題にはなりえなかったのだ。
「いらっしゃいませ! ご主人様方!」
上級生達が入店するとまずメイドのコスプレをしたクラスメイトが対応した。
担当が説明していたが、そそくさと空いている席に向かっていき座ってしまった。
ドア越しの隙間からしか見えない俺でも分かる。
彼らは遊佐のことしか見えていない。呆れたものである。
その時、ガッシャーンと大きな音が鳴り響いた。
「すみません! すぐに片づけますので!」
遊佐がお皿を割ってしまったようだった。
当然といえば当然だ。
王女のドレスを歩けるようにたくし上げているとはいえ、ドレスはドレス歩きずらさは残ってしまうものだなのだから。
「未来ちゃん大丈夫? 怪我してない?」
「うん、ありがと。ごめんね、早く片付けるね」
「私も手伝うよ」
「ありがとう。でも大丈夫。私のミスだし、それに接客が二人もいなくなったらマズいでしょ?」
「......うん、そうだね。じゃあ片づけ気をつけてね! 怪我はしないようにね」
クラスメイトが去っていくと、遊佐は軍手をして作業を始める。
分かりづらくはあるが、その表情は怯えているように感じた。
その光景を見て俺は、やはりと思う。
やはり彼女は............昔の俺によく似ているのだ。
「ねえ、ねえってば!」
話しかけられていることに気づき、俺は一瞬で我に返った。
「も、申し訳ございませんっ。来店希望の方でしょうか?」
「そうよ」
なじみのある声だ。
顔を上げると目の前に星南がいた。
「二人なんだけど大丈夫?」
「あぁ、星南か。大丈夫だ。うちの店、混雑時はファーストオーダーから十五分しか席にいられないが平気か?」
「平気~、並んでればいい?」
「おう。時間は少しかかるかもだが、待っててくれ」
「りょーかい」
そう言うと、星南は友達を連れてその場を離れていった。
星南はよく分からないやつだ。
彼女の表情や態度、雰囲気は常に一定なのだ。なにも感じないし、異常があるわけでもない。
まるでステージ上のアイドルを見続けている、そんな感覚。
常に自分を演じて偽の感情を作り出しているようで、本当の彼女の真意が読み取れないのだ。
だから遊佐とは別の意味で俺は星南のことも気にしていた。
遊佐を見ていると俺は純粋に心配という意味合いでの不安な気持ちになるのだが、星南を見ていると俺は未知のものに対峙しているような疑念という意味での不安な気持ちになる。
不安になるのは一緒なのに、どうしてこうまで違うのか。
俺は最近このことばかり考えている気がするな。
「えぇ~もう少しいてもいいだろ? 俺ら上級生だしさ」
「ですので、事前に当店は十五分で離席していただく必要があるとご説明をいたしました」
「聞いてないよ、そんなの。そっちの不手際なんだから十分ぐらい延長してよ」
「次のお客様がお待ちなので.......」
教室の中から不穏な会話が聞こえてくる。
あの三馬鹿、やっぱ説明聞いてなかったか。
俺もメイドの子も散々説明したのにな。
「新垣君」
呼ばれて振り向くとメイドの子が立っていた。
俺の耳に近づいてコソッと話しかけてくる。
「ご覧の通りあのお客さんたちがごねちゃってるから、対応してもらってもいいかな? 一旦ここは私が変わるから」
「わかったよ、受付よろしくね」
なにを隠そう、俺は本企画のクラス責任者である。
みんながあからさまにやりたくない感を出していたので、引き受けることにした。
うちの学校は文武両道がモットーだから、みんな部活に入っていてとても忙しいのだ。
「すみません、どうかされましたか?」
事情は把握しているが一応念のため、彼らの主張も聞いておく。
「説明されてないのに急に十五分経ったから帰れって言われたんだよ」
「ふむふむ」
「だからそっちの不手際なんだからもう少しだけここにいさせてくれってお願いしてるのに、聞き入れてくれないんだ」
「なるほどなるほど」
相手の機嫌を損ねない極意その一、適度な相槌である。
穏便な話し合いには機嫌よく冷静でいてもらわなくては。
そのうえで......
「我々としても説明はしているつもりではあるのですが。もしかしたら不手際があったかもしれません。大変申し訳ないです」
「話わかるじゃん。それなら......」
彼らの目的は遊佐の接客だ。
しかし遊佐はアクシデントにより接客ができず、隙を見計らう間もないまま彼らはそのまま時間がきてしまった。
だからこそ、ごねているのだ。
さっきからチラチラと遊佐の様子をうかがっていたことからも見るに間違いないだろう。
「しかしこの後のお客様方のご迷惑になってしまうことも事実。不手際があったということで、代金の方は結構ですのでご協力願えませんか? 先輩方」
ならば、遊佐の接客を受けるメリット以上のデメリットを彼らに自覚させればいい。
他のお客さんのなかにはもちろんうちの学校の生徒は多くいる。
今もこの場面に違和感を感じ、注目し始めている。
つまり、このまま悶着が続けば卒業を控えた上級生としてこれからの学校生活が多少なりとも居づらいものとなるだろう。
遊佐の接客を受ける代わりに、これからの学校生活が少しでも危ぶまれるのなら避けたいはずだ。
遊佐も一生徒であり有名人ではない。
そこまでリスクを冒す必要はないはずだ。
おまけにお代がチャラである。
些細な後押しだが、彼らを決断させるには十分な効力を発揮するはずだ。
「......わかった。それでいいさ」
最低限の理解はしてもらえたようでよかった。
俺のこの駆けも相手が色欲まみれの権化だった場合は、意味をなさないものだからな。
上級生たちは少し悔しそうに荷物をまとめて出ていった。
まったく......
こちらが非を認めてあげたのだから、むしろ感謝されたいぐらいだ。
「ありがとな、新垣」
「どういたしまして。また何かあれば呼んでくれ」
そう言い残すと、俺は再び受付に戻りメイドの子と交代した。
その後はこのようなあからさまなハプニングは起きることなく、文化祭は無事終了した。
**
『文化祭。それはただの表面的な殻にすぎない』
誰かがいった。
文化祭は殻であり、前哨戦にすぎないと。
というわけで、文化祭が終わりうちの高校では後夜祭が開かれていた。
華やかなライトアップや装飾がされており、実行委員の努力の色がうかがえる。
こういうのは苦手ではないが、好きでもない俺は人知れず教室に戻る。
あの場にいると無理にテンションを合わせなければ雰囲気をぶち壊してしまうため、早めの撤退が大事なのである。
教室につきドアを開ける。
すると、電気はついていないが奥の方に人影が見えた。
どうやら俺の他にも後夜祭を逃げ出してきたやつがいるみたいだな。
気になった俺は口を開く。
「なぁ、なにしてるんだ?」
ガタン! と大きな音が鳴り黒のシルエットが少し鮮明になる。
「......遊佐?」
「ッ!!」
俺の言葉を肯定するかのようにシルエットが体を揺らした。
なるほど......な。
大体の察しはついてしまった。
「新垣君はなにしにここへ?」
「いや別に目的があるわけじゃない。ただ後夜祭が俺には合わないみたいで、逃げてきた」
「そう......なんだ」
たった少しの会話だが、声音で分かってしまう。
いや入った瞬間から、シルエットの影が泣いているようには見えていた。
遊佐が泣いている。それだけで理解できてしまう。
遊佐がどうしてこんな人気のないところで泣いているのか。
あぁ彼女は本当に......
だがこのまま踏み込んでいいのだろうか。
ここから先は彼女が入り込むことを拒んだ領域だ。
人には言いたくないこともあるし、聞かれたくないことだって数多くある。
ここで踏み込んで、さらに状況を悪化させる可能性だって大いにある。
彼女の心、俺の立場。
全て考えたうえで俺は......踏み込むべきだと思った。
彼女は昔の俺にそっくりなんだ。
俺は昔から不器用な人間だ。人の話は引き出すくせに自分の話はすることができない。
同じなんだ、遊佐も。
だが俺の場合は一度壊れかけたとき、ある人が救ってくれた。
俺にはいたのだ。はけぐちになってくれる人が。
でも今の彼女には、そんな存在がいない。
だからずっと可哀そうだと思っていたのに、こうなるまで俺は何もできなかった。
だからーー
「遊佐。もう無理しなくてもいいんじゃないか?」
「ッ......どういうことかな?」
「お前、本当はあのいつものやつらと無理して付き合ってるんだろ?」
「......ッ。違うよ。友達だよ、大事な友達。そんな風に言わないで」
拒絶する遊佐。
だが俺はもう決めたのだ。見て見ぬふりはしないと。
「毎度毎度、会話を盛り上げるために作り話をしてくるような関係が?」
「なんでっ!」
「分かる。いつも会話しているときの遊佐の表情は何かを考え続けているものだった。ずっと思っていたんだ。遊佐は必死に何を考えているんだろうって」
「課題のことだよ! 今日の課題まだやってないなって」
「でも今日この瞬間で分かったよ。というか今ギャル友がいないってことで察した。その答えもさっきまでのお前の反応から得た」
「やめて、それ以上言ったら怒るよ!?」
少し呼吸を荒くしながら遊佐は言ってくる。
今の遊佐からはもはや感情を読みとることなど必要ないほどに、耳を抑えて明らかに焦っていた。
彼女に今、はけぐちがないのなら作ってやればいいんだ。
俺がかつてそうしてもらったように。
「遊佐......お前ホントは辛いんだろ? あいつらと一緒にいることが」
「いやだいやだ。違う違う」
「もう自分に言い聞かせるのはやめろよ」
「言い聞かせてなんかない。これが普通。これが当たり前。これが当然なの!」
「じゃあなんでお前は今、泣いてんだよ」
「......ッ!! これは違くて......」
「普通なのに泣くのか? 違うだろ? 異常だから嫌だからお前は泣いてるんだろ」
「だって......これは、だって......」
「もう自分に分からせるための言い訳は考えるな! 素直になれよ、遊佐っ」
少し強く言うと遊佐は手で顔を覆って、大泣きしてしまった。
まずい、少し言い過ぎたかも......いやでもこれぐらい言わないと彼女は分からないんだ。
でも泣かせてしまったことは事実だし、一度謝った方がいいのかもーー
そんなことを考えて少し焦っていると、遊佐が震えた声を発した。
「だってぇ、みんなが今日の模擬店のことで私のことを話していたの聞いちゃって逃げてきてさ、そしたら考えこんじゃって......」
そこから今日会ったことを話してくれた。
模擬店に戻ったら裏から自分の名前で話題が盛り上がっていたこと。
その話題に混ざろうと裏にいったら、友達が一斉に口をつぐんだこと。
こういう経験はこれまで何度もあったこと。
「いつも友達でいようと頑張ってたけど、それ聞いたら何もかも無駄に思えちゃって。もう知佳たちが怖くて仕方なくって......」
知佳というのは遊佐がいつも仲良くしているグループの中心的存在で、クラスのなかでも異色を放っている。
もちろん彼女はスクールカーストのトップに位置しているので彼女に嫌われたら、いくら遊佐といえどクラス内に居づらくなることは間違いない......が。
「ねぇ新垣君、どうすればよかったのかな」
溢れる涙を堪えながら遊佐が俺の目を見る。
酷い顔だった。
これまでの彼女の行いによって行きついた結果がこの表情なのだとしたら、あまりにも不憫だ。
このままでいいわけがない。
こんな結果にばかりなっていたら、遊佐が壊れてしまう。
だから俺がやるべきことは決まっていた。
「別にお前は間違ってはいないが、正しくもない」
「え?」
「この件は俺に一回預けてくれないか?」
ずっと踏み込むべきか否かを悩み、結果遊佐をこんな形で苦しませてしまった。
分かっていたのに、今まで踏み込めなかった俺にも落ち度があるのだ。
これは俺がやるべきことだ。
「なんで? 新垣君がどうにかできる問題じゃなくない?」
もっともだ。
本来なら個人的な問題にまったく関係のない第三者である俺が介入したところで、意味はない。
しかし、今回の遊佐と友人たちとの軋轢にはお互いの根本的な認識違いがある。
それを指摘し、働きかけるぐらいなら第三者の俺にもできるのだ。
「大丈夫だ。なんとかできるはずだ。だってーー」
そうして俺は遊佐に事の詳細を話し始めた。
**
文化祭も終わり、すっかり冷え込んできた今日この頃。
俺はいつもの席からいつもの光景を見渡す。
本を読むもの、談笑する者、寝る者。
教室の変わらぬ景色だ。
そう、変わらぬ景色なのだ。
教室の端では遊佐がいつものグループで、友達と一緒に笑い合っていた。
その笑顔からは以前のような苦労しているような感情はうかがえない。
もう、すっかり大丈夫なようだ。
そうして遊佐を凝視していた俺は、ぱちくりと目線があった。
慌てて目線をそらす。
なにやら遊佐の不満げな視線を感じるが関係ない。
俺は女性をし続けるような趣味は断じてないのだから。
「な~に。にやにやしてんのよ。阿呆め」
「おわっ!」
気が付くと机からひょこっと顔を出した星南がいた。
目を細めて怪しむような表情で俺のことを見てくる。
実際、怪しんでるか。
それはともかくとして
「いや、にやになんてしてないだろ」
「んや、してたね。なんか妙に上機嫌そうな雰囲気(?)みたいなの醸し出してた」
「どんな雰囲気だよ、それ」
「知らん。とにかくにやにやしてた......からそれが謎だったけど、分かったかも」
星南が立ち上がりながら遊佐の方に目を向ける。
「変わったね、あの子。もう苦しくなさそう」
「......!! 知ってたのか?」
まさか星南も感づいていたとは。
別のクラスで頻繁に見ているわけでもないだろうに。
「知っていたというか、感じてたって表現が適切。以前は何かかみ合っていないような歪な感じがしてたから。そっか。ちゃんと理解し合えたんだね、よかったよ」
たまに星南花火という人間を恐ろしく感じる。
全てを見透かしていたかのような言動と態度。
星南の観察眼は驚異的だ。
最初は俺のように感情に機敏なのかと思っていたが、違った。
彼女の場合は一人一人を観察し、それぞれをある程度理解しつくすのだ。
中学のときも星南のおかげで未遂に終わった喧嘩があったり、星南がいなければまとまらなかったかもしれない会議があった。
周りはあまり気がついていないが、彼女のおかげであった場面なんていくらでもあったのだ。
中学から同じでも未だに星南のことは分かりきっていない。
本当に俺にとって未知の存在だ。
「んで? 新垣はどうやってあんな風にしたの?」
「別に俺がなにかしたってわけじゃ......」
星南の睨みが俺の心を穿つ。
怖いよ、嫌だよ、助けてよ~。
「そういうのいいから教えて」
「......はぁ、だから言ってる通りホントに大したことはしてないんだ。ただ、あのグループ内の遊佐の認識とその他以外の認識をすり合わせる機会を作っただけだ」
そう。
あの日、あの時、文化差が完全終了したのち俺と遊佐は知佳さんを含めた遊佐の友人たちのもとへ向かった。
向かってなにをしたかと言えば事実を伝えただけだ。
もともと遊佐とその他の認識の間には根本的に大きな間違いがあった。
それは友人たちは遊佐の愚痴を言っていたのではなくて、褒めていた、いやもはや崇めていたといっても過言ではないかもしれないぐらいの称賛話をしていただけなのだ。
これは後から知ったことだが、行く前から絶対の確信はあった。
いつもにしたって遊佐からしてみれば面白い話を作ってこなければいけないグループであったが、友人たちからしてみれば、可愛くて面白い話もできる遊佐ちゃんマジ可愛い的な見方になるのだ。
別に面白い話を強要していたわけではなく、遊佐の可愛さを感じたいがために盛り上がっていただけなのだ。
俺から見れば友人たちが遊佐のこと大好きなんてことは分かっていたことだし、介入すればよかったのだ。
友人たち遊佐ちゃんマジラブ状態だと最初から言えば彼女があんなに苦しむことにはならなかったのに......だから俺の責任でもあった。
だが今回意を決して、遊佐からの見方、友人たちからの見方をお互いに認識させ合えたことでその違いを理解し、今はこんなにも仲良く話しているというわけだ。
概ねの説明をし終えると星南は、「なるほどね」と言って俺の頭にチョップしてきた。
「なんだよ」
「遊佐ちゃんの件は解決して本当によかったよ。よかったけど......君は少し顔色を窺い過ぎだよ」
まぁ言われるとは思っていた。
いつものことだから。
実は俺のはけぐちになってくれた人こそ、この星南花火なのだ。
「君が優しいことも、人の心を、感情を第一に考えていることも分かるけど、それじゃあ進めないこともあるよ、今回みたいにね。もう少し勇気出して人に関わってみるのもいいと思うよ」
小さな声で星南は言ってくる。
いつもの友人としての声音とはうって変わって、今回は真剣さをはらんだ声音。
「わかってる、わかってるんだ」
分かっていても、できない。
きっかけがないと俺は結局踏み込めないのだ。
ただの臆病な人間。
それが俺だ。
「......でも分かってるだけじゃ駄目なんだな」
心のどこかではずっと変わりたかった。
けれど勇気がでなかっただけ。
いつまでも昔のままではいられないのだ。
遊佐の以前と今を見ていると、俺もあんな風に変われるのかもしれないと思えてくる。
「うん、大丈夫。新垣なら変われるよ」
星南がいつも通りの声に戻って、声をかけてくれる。
「感情を読み解いたうえで、新垣がどんな風に人と関わるのか楽しみだね~」
「おい、なんか俺で遊んでないか!?」
「ほら、さっそく出番だよっと」
星南が強引に俺の顔をつかんで、反対方向に向ける。
嫌な音が首からなった。
「いっつ。なんだよ、急に......」
星南に怒ろうと思ったら、強引に向けられた先には遊佐がいた。
あれ? ご様子を見ると、怒ってらっしゃる? なぜに?
「新垣君。ずいぶんと星南さんと仲がいいんだね?」
「いや~ただの腐れ縁だが、って痛った!!」
机の下で星南におもいっきり足の先を踏まれた。
なんだよ! なんで踏むんだよ! 理不尽極まりない!
「またじゃれついてる......あれだけ私の恥ずかしいところ見たのに」
あら遊佐さん、とんでもないことをとんでもない言い方で言うやん。
「は?」
ほらおかげで星南さんがどす黒いオーラと目線を俺に向けてきてるじゃないか。
「いや別にあれに恥ずかしいところなんて......」
「おい、説明をしようか。新垣」
いつもは感情が分かりづらい星南が今はありありと感情をむき出しにしている。
『怒』
それ以外の感情がなさすぎて怖い、怖すぎる。
「新垣君、秘密でよろしくね?」
遊佐さん、酷なことを言う。
今この状況でそれは無理でしょうに......
でも楽しいな。
こんなにも感情が飛び交って、色々な意味を生み出している。
今の状況は人の負の感情ばかりを避けていては決してたどり着けない。
今は悲惨にもこんな状況ではあるが、たまには悪くないな。
心の底からそう思った。
だからとりあえず。
「誤解だからな? 星南。俺を殺そうとするなよ?」
勘違いしたままの星南が鬼の形相で俺を睨みつけてくる。
となりの椅子に手がかかってしまっているから、今すぐにでも俺は逃げないと,,,,,,死ぬ。
マジで死んじゃう!!!
そうして俺はおさらばしようと立ち上がる。
その場からも教室からも......そして過去の自分からも。
最後までお読みいただきありがとうございました!!
3人の関係性は今後どうなっていくんでしょうね笑
秦が大きく成長して、何不自由なく自分なりに行動できるようになることを祈ります。