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幕間

 ――(ケイ)国首都、盛湫(セイシュウ)


 突然の王太子の交代劇は、この街の住人達に大きな混乱と困惑をもたらした。


「聞いたか!? 殿下が追放されたって話!」

「ああ、国王に相応しい天命じゃなかったからって聞いたけど……」

「ハッ! どうだかな! それっぽい理由でもでっち上げて、殿下を追い出したかっただけかもしれないぞ?」

「殿下はお優しい方だったからな……弟の方が扱いやすいとか思ってる奴も多そうだ」


 黎駿(レイシュン)『元』王太子は庶民派として知られ、臣民からも善政を敷くものと期待されていた。


 一方、新たに後継者とされた黎禅(レイゼン)はまるで正反対。


 傲岸不遜で傍若無人、庶民を苦しめても心を傷めず、虚栄心を満たすためなら不正も看過する。


 民がどちらの即位を望んでいたかは明白で、それだけに今回の事件は大きな衝撃を以て受け止められていたのだった。


◆ ◆ ◆


 その頃、渓王の執務室に二人の男の姿があった。


 一人は主人たる渓王本人。


 豪奢な椅子に腰掛けて数え切れないほどの報告書に目を通しながら、机の前に立つ男と言葉を交わしている。


 もう一人は、屈強な体格を保った白髪の武人。


 顔に刻まれた幾つもの古傷が、積み重ねてきた歴戦の経歴を如実に物語っている。


(エイ)将軍、南方征伐ご苦労だった。して、折り入って話があるとのことだったが」

「無論、黎駿太子のことですとも。天命を理由に追放なさったそうですな」


 その将軍は老いを感じさせない声で、堂々と国王に啖呵を切った。


()()は王に相応しい天命を与えられなかった。不満を抱く民も少なくはないようだが、天命なき者を王に据えた国は滅びると歴史が証明している。それを知らぬお前ではないだろうに」

「そこに異存はありませぬ。廃嫡は致し方がない。だが、追放は理解しかねますな。歴史的に見れば、天命を理由として継承者を変えるのなら、王朝の庇護下において天命を全うさせることが常道! それをよりもよって追放とは!」

「ふん……詩人や鍛冶屋の天命ならまだしも、悪食の天命をどう扱えというのだ。話は終わりだ、将軍。しばしの休養を命ずる。王都を離れ、ゆっくりと疲れを癒やすがいい」


 取り付く島もない王の対応に、将軍は不愉快そうに鼻を鳴らして退出した。


 執務室に静寂が戻る。


 渓王は淡々と次の書類に左手を伸ばそうとし、突然痛みに震えて書類を取り落とした。


「ぐっ……!」

「……やはり疼きますか」


 どこからともなく、男とも女ともつかない声がした。


「今しばらくお待ち下さい。我ら法術寮、総力を上げて調査を進めておりますゆえ」


 執務室の中央に、仮面を被った黒尽くめの法術士が出現する。


 渓王は忌々しげに顔を歪めながら、痙攣を続ける左腕の袖を(まく)り上げた。


 ひび割れのような形で、瘡蓋(かさぶた)のような質感の、墨よりも黒い呪詛の具現。


 それが渓王の左腕に広く根を張っていた。


「急げ。日毎に根を拡げている。何としても解呪の手段を探し出すのだ」


◆ ◆ ◆


 執務室を後にした(エイ)将軍は、肩を怒らせながら王宮の廊下を闊歩していた。


 あまりの威圧感に従者も衛兵も声一つ掛けることができず、触らぬ神に祟りなしとばかりに道を譲ることしかできない。


 その状態を破ったのは、武将と同じ服に身を包んだ黒髪の少女だった。


「お帰りなさいませ、父上。そのお顔から察するに、陛下との謁見は不首尾に終わったようですね」

風蘭(フウラン)か。まさか黎駿太子があのようなことになるとはな。天命拝受の儀に居合わせられなかったこと、痛恨の極みだ」


 (エイ)風蘭(フウラン)


 将軍である父の後を追って軍務の道に進み、若くして名を挙げた新鋭の将。


「儂も領地で謹慎を命じられた。口(うるさ)い老人を遠ざけたいのだろうな。お前も連れて行くことになると思うが……む、待てよ……? ふむ……」


 衛将軍は何事か考え込み、そして不敵な笑みを浮かべた。


「……風蘭よ、ひとつ頼みたいことがある。お前の異能ならば容易かろう」


◆ ◆ ◆


 現時点において、渓王の決定は望ましい結果には繋がっていない。


 廃嫡によって民は不安を煽られ、追放によって配下の武将の忠誠に揺らぎが生じた。


 加えて、その左腕には漆黒の呪詛――


 当人は未だ気付いてはいなかったが、渓王の破滅の足音は、刻一刻とその背中に近付きつつあるのだった。

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