第四話 覚醒
突如として店に乗り込んできた集団は、どう見ても山賊としか言いようのない風体をしていた。
まずいと思って身構えたものの、他の客達の反応は俺よりもずっと早かった。
「やべぇ! 引っ込め!」
「後は任せたぞ!」
商人らしき客が荷物を引っ掴んで一斉に店舗の奥へ逃げていく。
それと入れ替わるようにして、武装した用心棒が山賊の迎撃に乗り出した。
「真っ昼間からいい度胸してんじゃねぇか!」
「遠慮はいらねぇ! やっちまえ! 金目の物はぶっ壊すなよ!」
宿の用心棒の男と、客の商人達が連れていた護衛の連中が、即座に武器を取って賊と乱闘を繰り広げる。
こんな山の中にある宿と、わざわざ山を越えて貿易をする商人。
山賊に襲われるのは想定内で準備済みということらしい。
(……しまった、感心してたら逃げ遅れた……)
気付けば、俺の周りでも大乱闘。
さすがに俺は身なりが見窄らしすぎて、金を持っていないのが丸分かりだったのか、山賊から狙われる様子は全くなかった。
今のうちにこっそり避難しておけば、巻き添え被害を受けることはないだろう。
だが――逃げ遅れたのは、俺だけではなかった。
「動くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか!」
山賊の大声が響き渡る。
そこにいたのは、山賊の下っ端に刃を突きつけられた、頭巾を被った小柄な人物だった。
小柄な客は椅子に座ったまま未動き一つしていない。
相変わらず頭巾で表情は伺えないが、まさか身体が竦んで動けないのか。
(……今のうちに隠れてしまえば――)
素性も分からないあの客は、誰よりも先に俺のことを助けようとしてくれた。
店の主人は嫌な顔一つせずに皿いっぱいの料理を食べさせてくれた。
それなのに、俺は保身に走るのか?
(――なんて真似! できるわけないだろ!)
山賊も用心棒も、誰一人として俺に注意を払っていない。
その隙を突いて一気に距離を詰め、下っ端の頭に強烈な蹴りを見舞う。
「ごはっ!」
一撃で昏倒する山賊の下っ端。
曲がりなりにも次期国王候補として育てられたのだ。
ある程度の武術なら、嗜みとして身に付けさせられている。
「はぁ……目の前であんなことされて、無視できるわけがないだろ……」
自分自身の安全だけを考えるなら、好機を窺って逃げ出すのが一番だ。
けれど、こんな俺を人間らしく扱ってくれた人達を見捨てるなんて、それこそ人間がしていいことじゃない。
「……ええい! やってやるさ! 人間らしくな!」
「やりやがったな、テメェ!」
他の山賊が力任せに斬りかかってくる。
そいつを軽くいなして床に叩きつけ、更に飛びかかってきた三人目の山賊に備えて身構える。
ところがその瞬間、ぐらりと視界が歪んで足から力が抜けた。
いくら真っ当な食事を取れたといっても、これまでの過酷な旅で受けた消耗が、すぐさま回復するわけではないのだ。
(まずい……無理しすぎたか……)
俺の首めがけて振り抜かれる刃。
ほとんど反射的に、頭が『どう回避するか』『どう防御するか』を考えようとしたのだが――その途端、明らかに余計な、意味の分からない思考が割り込んできた。
あれも食べられるんじゃないか? ――と。
だから、思わず体が動いたとしか言いようがない。
俺は不可思議な確信に突き動かされるまま、横薙ぎの刃を噛みついて受け止めていた。
「な、なにぃっ!?」
口の両端に刃が食い込む。しかし切れるどころか痛みすら感じない。
更に顎の力を強めると、さっきの羊肉の骨を噛み砕くのと同じくらいに呆気なく、刀身をばきりと噛み切ることができてしまった。
「ふっ!」
山賊が恐れ慄いたその隙に、鳩尾めがけて全力の前蹴りを叩き込む。
「ごへっ!」
壁に激突して昏倒する野盗を一瞥しつつ、噛みちぎった金属片を床に吐き出す。
刃の付いた鉄板が、まるで厚紙のように切り抜かれているにもかかわらず、唇も口の中も掠り傷一つ折っていない。
「……ははっ。何でも食べられるっていっても、限度があるだろ……」
想像以上に人間離れしていた自分の肉体に苦笑する。
だが改めて考えてみれば、おかしなことではないのかもしれない。
何でも食べられるという売り文句が本当なら、それは何でも噛み砕けて、何でも飲み込めるということに他ならない。
そうでなければ、食べるという行為が成り立たないのだから。
「っと……大丈夫か? 怪我は?」
椅子に座ったままの頭巾の客に声を掛ける。
次の瞬間、眩い光を放つ火球が俺の真横を掠め、壁にぶつかって小さな爆発を巻き起こした。
「……え?」
乱闘を繰り広げていた連中も言葉を失い、誰からともなく戦いの手を止める。
そして用心棒の誰かが、壁に火が燃え広がりつつあることに気が付いて、大慌てで消火に取り掛かった。
「やばい! 早く消せ! 裏から水甕持って来い!」
「あんたも、肩! 肩燃えてるぞ!」
「えっ? ……うわぁ! 熱っ!」
俺の服の肩部分も、焦げ臭い煙を放ちながら燃えかけていた。
運良く叩いて消し止められる程度の小火で済んだが、さっきの火球が直撃していたらどうなっていたことか。
「どんな異能か知らねぇが、これならどうだ!」
山賊の一人の両手に、拳大の火球が生成される。
火を扱う職業の天命の応用か。
法術士なら山賊なんかに身を落としていないはずだ。
「くらいやがれ!」
乱暴に投げ放たれた火球が眼前に迫る。
回避しようと思えばできたかもしれない。
だが俺は、再び湧き上がってきた直感に身を委ね、正面からの直撃を受け入れた。
圧縮された炎が一気に迸り、視界を閃光と灼熱が埋め尽くす。
まさにその瞬間、俺は力強く前に踏み出し、光熱の中心を齧り取るように素早く顎を動かした。
すると迸ったはずの炎が消え失せ、視界は開けて熱気もなくなり、その代わりに熱い羹を頬張ったような感覚が口の中を満たしていた。
「……んぐっ……ふぅ。火って辛いものなんだな。初めて知った」
「な……なな……っ!?」
野盗の親玉が目を見開いて肩を戦慄かせる。
「こ、こいつ! ありえねぇ! 火を食いやがった! 畜生っ!」
悪あがきのように投げつけられる三発目の火球。
俺はそれを片手で無造作に掴み取った。
この場にいた全員が戦うことも忘れて言葉を失う。
そんな驚愕の眼差しが不思議と心地良い。
「やっと分かってきた。何でも食べられるっていうのは、こういうことだったのか」
生きた動物に生の草木、泥土に岩石、鋭く研がれた鉄の刃。
挙句の果てには物理的な実体のない炎すらも、悪食の天命の前では食べることができるものでしかない。
普通に刃が体を掠めたときは怪我をしたが、刃を齧り取ったときには痛みすら与えられることはなかった。
一発目の火球は熱さと痛みを感じたが、二発目の火球を喰らったときには何の苦痛も覚えなかった。
「何かを食べるときだけは、怪我もしないし形がないものにも触れられる……まったく、まさか本当に文字通りの意味だったなんてな」
「や、やべぇ! さっさとずらかるぞ!」
「おっと! 逃がすか!」
逃げ出そうとする山賊の背中に、掴み取った火球を投げ返す。
「ぐぎゃあ!?」
悲鳴を上げて吹き飛ぶ山賊。
他のゴロツキ達も大混乱で総崩れ。
一目散に店から逃げ出す奴もいれば、武器を捨てて降伏する奴や、まだ抵抗を続けようとして用心棒に制圧された奴もいる。
とにもかくにも、これで完全に決着だ。
「はは……やったぞ……」
安堵感が湧き上がってくるのと同時に、目の前が急に暗くなっていく。
さすがにもう限界だ。
倒れそうになった俺を、細い腕が受け止めてくれた。
ああ、頭巾の子だ。
何か喋っているようだけれど、意識朦朧な俺の耳には届かない。
けれど、頭巾の下の素顔が少しだけ見えた気がした。
真っ白な肌に真っ白な髪。宝石のような青い瞳。
綺麗な顔をした女の子だ――そんな思考を最後に、俺は意識を手放したのだった。
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