幕間
――渓国某所、衛将軍邸宅。
将軍は娘の風蘭が術式を発動させたのを見届けてから、静かに儀式の場を後にした。
風蘭の天命は法術士。
数え切れないほどに存在する天命の中でも、法術士は特に引く手数多の天命であるといわれている。
言い換えれば、人生が天命に縛られるこの世において、法術士は数少ない『己の人生を自分自身で決められる天命』ということだ。
法術士は法術士として働き生きる限り、天命に背くことはない。
そして法術士が求められる分野は多岐に渡るため、それらの中から自分好みの稼業を選ぶことができる。
風蘭が十五歳となって天命を授かったとき、衛将軍は父として告げた。
――己の望むままに生きろ、と。
しかし風蘭はこう答えた。
――私は父上と同じ道を歩むことを望みます、と。
法術は軍事においても重要視される。
自然現象を兵器とする術は当然として、精神を霊力に乗せて遠方に投影する秘術も、重要な情報を迅速に伝達する手段として重宝されている。
様々な危険性を考慮すると、決して気軽に使用できるものではないが、それを踏まえても法術の価値の高さを疑うものはいない。
将軍としては、風蘭が軍事の道を選んだのは喜ぶべきことだ。
しかし一人の父としては、また異なる感情を抱かざるを得なかった。
「……はぁ、我ながら不甲斐ないものだ。常勝無敗などと呼ばれたこの儂が、可愛い娘だけに危険を押し付けねばならんとは。投影した霊体にもしものことがあれば、風蘭は……」
衛将軍は邸宅の縁側に腰を下ろし、屈強な背中を丸めて肩を落とした。
主君たる渓王や、娘にして部下である風蘭の前では威風堂々と振る舞ってはいても、それが衛将軍の全てというわけではない。
「だが、今は風蘭を頼るより他にない。法術寮が『奴』の指揮下に置かれてしまった以上、儂が独断で動かせる法術士は風蘭のみ。法術寮の連中を使えば、間違いなく『奴』の知るところとなる……」
拳を砕けんばかりに握り締め、衛将軍は吐き捨てるように『奴』の名を呼んだ。
「孔雅! 忌々しきはあの仮面の法術士! あやつが陛下に取り入ってからというもの、この国はおかしくなる一方だ!」
これがただの外敵であれば、将軍として軍を率いて討伐することができただろう。
だが敵は獅子身中の虫。それも如何なる手段を用いたのか、国王の信頼を得て国内での地位を確立している。
将軍の立場でこれを排除しようと思えば、それこそ反乱を起こすしかない。
しかしそれは、国全体を弱らせ他国に付け入る隙を与える諸刃の剣。
安易に振るえば渓国そのものを滅ぼすことになる。
「頼んだぞ、風蘭。必ずや、殿下に渓国の現状をお伝えするのだ。悪食の異能を開花させたという今の殿下であれば、陛下の乱心の原因を取り除けるやも……いや、取り除くことができるはずなのだ」




