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第三十四話 分析


 その後、俺達は負傷者を最寄りの町へ担ぎ込み、そこで消耗を癒やすことにした。


 町といっても、中原(ちゅうげん)の来たに位置する遊牧民の集落ではない。


 戦場から更に北へ移動し、人間の生息域である中原の境界を越えた先。


 非人間種族である甲人が暮らす玄武領の南端の町だ。


 平原を見下ろす山岳の麓に位置し、夏が近いにもかかわらず寒冷で、緑の少ない荒涼とした土地……目的地の町はそんな場所に位置していた。


 住人は当然ながら甲殻に覆われた甲人ばかり。


 住居は木材がほとんど使われておらず、白い石材で組み上げたか、あるいは岩肌を直接削って作られている。


 広場の喧騒も生物の声だと認識するのが難しく、硬いもの同士を小刻みにぶつけ合う無機質な音の連続に思えてしまう。


 異国情緒と呼ぶには異質すぎる風景。


 中原の外には想像も及ばない世界が広がっていると聞いたが、境界を越えてすぐの時点でこれほどとは、さすがに思いもしなかった。


 さて――それはそれとして。


 俺達は玄武と兵士達を助けた恩人として迎え入れられ、町で最も大きな建物の客間をあてがわれた。


 白い塔のような外観の建物で、恐らくは城塞として使うことを前提に建てられたものなのだろう。


 柔らかい身体の種族が住むには向いてなさそうな内装だが、野営と比べれば過ごしやすさは天と地だ。


「……とりあえず、今後の方針について話し合おうと思ったんだけど……」


 石造りの室内を見渡して、諦めの溜息を吐く。


「集まりが悪いし後にするか」


 今ここにいるのは、俺と雪那とシュリンガの三人だけ。


 他の面々は違う場所にいるらしく、意見を聞くこともできなかった。


「玄武なら蛇の方が別の部屋で休息中。亀の方も付きっきりで看病するそうだ。僕としてはすぐにでも話を聞きたいところなんだけどね」


 雪那が窓際にもたれ掛かったまま口を開く。


桃花(トウカ)達は?」

「お嬢なら珀月(ハクゲツ)のところだ。パーラも一緒にいる。まだ意識を取り戻していないようだから、心配で仕方がないんだろう」

「パーラがいるなら、万一の場合も最低限どうにかなるか」


 この場合の万が一とは、もちろん目を覚ました珀月が再び窮奇(キュウキ)として暴れ始めることだ。


 珀月がああなった詳しい原因が分からない以上、常に危険を頭に入れておかなければ。


「とはいえ、このまま珀月を保護し続けるとなると、あまり長居はできないね」


 雪那は窓から塔の下に視線を落とし、物憂げに呟いた。


「住民の中にも戸惑いが生まれつつある。玄武が許容しているから大きな声にはなっていないようだけどね。幸いにも死者が出なかったとはいえ、窮奇は彼らの仲間を駐屯地諸共吹き飛ばした張本人だ。反発に至るのも遠くはないだろう」

「確かに、甲人にとっては敵以外の何者でも……って、死者なし!?」


 思わぬ一言に耳を疑い、思わず大きな声で聞き返してしまう。


「いやいや、あれだけ派手にやられて誰も死んでないとか……」

「甲人は頑丈さが取り柄なんだ。物理的干渉に対する耐性は、四つの非人間種族の中でも最高峰。人間が即死するような衝撃で無傷に終わることも珍しくないんだよ」

「頑丈なのは見て分かるけど……凄い血の臭いまでしてたじゃないか。いくら身体の表面が固くても、大量出血に耐えられるわけじゃないだろ」

「ああ、あれは玄武の血だよ」


 俺の推測を雪那はあっさりと否定して、わざとらしく悪戯っぽい口調でその根拠を説明した。


「考えてもみたまえ。普通の虫や蟹、いわゆる甲殻生物の血は赤くないだろう? 甲人も赤い血液を持つのは亀型の個体くらいなんだ。もちろん臭気も全くの別物。獣人や人間が直感的に『血の匂いだ』と感じた時点で、それは甲人の血液ではありえなかったのさ」


 思いもしなかった理由に、大きな驚きと納得を同時に覚えてしまう。


 言われてみれば、玄武は深く傷ついて血を流していたし、甲人は見た目どころか身体の構造からして中原(ちゅうげん)の人間とは異なっている。


 あの巨体から流れ出る鮮血の異臭と、壊滅状態の駐屯地の様相で早合点しただけで、実際には俺が思っていたほどの被害は出ていなかった――これ自体は納得できる。


 ただ、腑に落ちないことが一つ。


「珀月……いや、窮奇が手加減してたってことなのか? あれだけ無茶苦茶に暴れまわってた奴が?」

「手加減をしていたわけではないだろう。あの時点の珀月に、そんな理性と良心があったとは考えにくい」


 そう言ったのは、珀月の知己(ちき)であるはずのシュリンガだった。


「恐らく、奴は()()()()()()()()なんだ」

「大雑把。つまりアレか。適当に攻撃したから被害も出なかったと」


 頷くシュリンガ。


麓城(ロクジョウ)で一悶着あったときもそうだった。窮奇(やつ)は善を害し悪に手を貸すことを好むが、効率的に殺戮を繰り広げるほど働き者でもない。どちらかというと、善人が苦しむ様を見て愉しむ類の悪神、というのが私の印象だ」

「僕も同感だ。直接的な破壊と殺戮を撒き散らすのは、四凶の別の一柱、檮杌(トウゴツ)辺りの領分だろうね。悪神にも色々あるのさ」

「なるほど……適度に甚振って見下すだけでも満足できる輩……駐屯地を壊滅させて、甲人達を絶望させた時点で欲求を満たせたから、命を奪えたかどうかには興味がなかったわけか……」


 思い返せば心当たりも幾つかある。


 まず麓城(ロクジョウ)での一件。


 都市のど真ん中で暴れたという割には、実際の被害は箝口令を敷いて隠蔽できる程度のもので、呪いを植え付けられたのも御偉方の息子一人だけ。


 まだ後者の犯人が窮奇と決まったわけではないが、いずれにせよ徹底的な破壊と殺戮には程遠い。


 次に、先程の戦い。


 あのとき、窮奇はどう考えても遊んでいた。


 本気で俺達を殺すつもりがあったのなら、いくらでも手早く終わらせることができたはずだ。


 俺達にあえて抵抗させ、それを一つずつ潰してくのを楽しんでいたのだと考えれば、あの非効率的な戦いぶりにも合点がいく。


 結果的には、そのせいで無駄に時間を使いすぎてしまい、桃花達の到着が間に合って珀月本来の性格が呼び起こされ。全力を出し切れないまま敗北するという結末を迎えたわけだが。


「窮奇の性格は大した問題じゃない。そうだろう、黎駿」


 雪那が窓際から離れて俺の方に向き直る。


「最も重要な事柄は、これからどうするべきなのか、だ。玄武と珀月には、事の次第を洗い浚い語ってもらう必要がある。最後の欠片の在り処を確定するためにもね」

「大怪我したばかりの玄武には悪いけど、こればっかりはな。新しい手掛かりを探さないと手詰まりだ。あんまり時間も掛けられないわけだし……」


 そのとき、部屋の中央に霊力が渦を巻いた。


 間髪入れず戦闘態勢を取る雪那とシュリンガ。


 雪那は竜人に変化して冷気を纏い、シュリンガは半透明の霊力の槍を隙なく構える。


 一触即発の緊迫感が張り詰める。


 霊力の渦は絶え間なく膨張と縮小を繰り返して、段々と具体的な形状を成していった。


 人間だ。霊力が人体の輪郭を描き出し、人間を模した霊力の塊を生み出していく。


 もちろん本物の物質ではない。


 シュリンガの槍と同じく、霊力によって形成された擬似的な存在だ。


「……待った。二人とも、こいつは無害だ」

「黎駿?」


 怪訝そうに眉を寄せる雪那。


 霊力によって編み上げられた人間の似姿――その顔は俺にとって見慣れた人物のものであった。


『黎駿殿下。(エイ)将軍が二女、(エイ)風蘭(フウラン)、ここに馳せ参じました。虚ろなる姿での御拝謁となったこと、どうかお許しください』

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