第二十七話 玄武
しばらくして、精神的打撃から復活した玄武こと明明が、ようやく詳しい事情を説明し始めた。
「ええと、多分知ってるとは思うけど、玄武は亀と蛇が組み合わさった霊獣だ。それぞれに頭と自我があって、守護獣の役目も話し合ってこなしていたんだ。雪那君が私を見かけたときは、確か……うん、そうだ。冥冥と一体化して化けてたんだと思う」
「メイメイ? そりゃアンタだろ」
当然の疑問を投げかけるパーラ。
「その、ややこしいんだけどね? 私は玄武の亀の方で、明るいと書いて明明。蛇の方は冥府とかの冥で冥冥なんだ。玄武はあくまで肩書とか称号のようなもので……」
「色々面倒なんだな。つーか、あんたの方が冥い方のメイメイじゃないのか」
「パーラ!?」
シュリンガが慌ててパーラの口を塞ぐも時既に遅し。
明明はまたもや打撃を受けて、玉座からずり落ちそうになってしまっていた。
「玄武様ーっ!? おのれ、西方の獣人! 玄武様は大変繊細なのだ!」
「相済まん! 後でよく言って聞かせる!」
……とまぁ、ドタバタしたやり取りを途中で挟みつつ、より詳しい事情を聞き出していく。
「こほん。ともかく私と冥冥は、二人で一人の『玄武』として、それなりに上手くやってきた……つもりだった。それが急に変わってしまったんだ」
「変わった……というと?」
「玄武としての主導権を、冥冥に奪われたんだ。理由までは……分からない。君には任せておけなくなったとか言われて、霊力の大部分を持っていかれて……その結果が、守護獣らしさの欠片もない、この有様ってわけ」
自虐的に笑う明明。
「何とか側近の甲人だけ連れて逃げ出して……人間達に居候させてもらって今に至る、っていうわけなんだけど……ははは、言葉にするとホント情けないなぁ……」
「お労しや玄武様……」
大袈裟なくらいに嘆き悲しむ甲人の従者達を前に、俺はいくらかの同情心よりも、彼らの国で起きた政変への関心に意識が傾いてしまっていた。
北方守護獣の片割れによる地位と霊力の簒奪。
立場を追われた霊獣とその従者が、中原の遊牧民の集落に逃げ込み潜伏。
真面目に嘆いているところ申し訳ないが、この顛末の方がずっと興味深い。
「私の醜態はどうでもいい! あ、いや、どうでもよくないし、むしろ本題にめちゃくちゃ関係あるんだけど……実は、冥冥達が軍隊を編成しているっていう、不穏な噂が聞こえてきたんだ」
「軍隊だって?」
思わず声を上げて聞き返してしまう。
「あくまで噂だよ、噂。でも、無視するわけにはいかなかったから、こっそり情報収集に出かけたんだ。その間に君達が来ただけで、別に君達を避けようとしたとか、そういうわけじゃなくってね?」
「それは分かってるから、続きをどうぞ」
「ど、ども。情報収集自体は全然空振りで、冥冥が何してるのかは分からなかったんだけど……ええと……君達が『空を飛ぶ虎の霊獣』を探してることは、この集落の人達から聞いてるよ。それで、実は……」
明明は俺達の反応を伺いながら、とても聞き流せないことを口にした。
「『窮奇を名乗る獣人』が、冥冥に接触したっていう話を聞いたんだ」
「本当ですか!?」
ずっと大人しく話を聞いていた桃花が前に飛び出して、玉座に座った明明に覆い被さる勢いで距離を詰める。
お付きの甲人が慌てて引き剥がそうとするも、そちらはパーラとシュリンガに阻まれてしまう。
「あくまで噂、噂だよ!? ここより北の集落で、そういう話を聞いたっていうだけで!」
「噂でもいいんです! 詳しく教えてください!」
「はわわわ……く、食いつきが凄い……」
助けを求める眼差しで俺達を見る明明。
雪那は俺と軽く目を合わせてから、じたばたする桃花を後ろから抱え上げた。
「玄武明明。貴女が言いたいことはよく分かったよ。情報を提供する代わりに協力を求めたいんだね。玄武領への偵察を今度こそ成功させるために」
「さ、さすがは西海龍王の娘さん。私と違って察しがいいなぁ」
一連の出来事を、時系列順かつ明明の視点で要約するなら、おおよそ以下のようになるのだろう。
共同で守護獣の任を果たしていた相棒が、何の前触れもなく反旗を翻す。
領地を離れて人間の集落に逃亡したものの、元相棒が軍隊を編成しているという不確定情報を入手したため、僅かな手勢を率いて偵察を敢行。
しかしこの偵察は不首尾に終わる。
辛うじて入手できたのは、どこの誰とも知れない獣人が元相棒に接触を図った、などという一見無価値な情報だけ。
ところが集落に戻ってみれば、何とも都合のいいことに、その情報を求める霊獣達が押しかけてきていた。
明明にしてみれば、まさに千載一遇。
協力を取り付けられれば今度こそ偵察の成功を……あるいはそれ以上の成果を得られるかもしれないのだ。
雪那が指摘した通りの思惑を抱くのは当然と言えるだろう。
……まぁ、本人の意思疎通能力の問題もあって、即席では簡潔に伝えられず、不器用で遠回りな説明になってしまったようなのだが。
「返答はもちろん『是』だ。桃花もそれで構わないね?」
「はい! 精一杯お手伝いさせてください!」
想定通りの返答をする雪那と桃花。
それを聞いた明明は、肩の力どころか全身の力が抜けきってしまったかのように、玉座の上でぐってりと脱力した。
「よ……よかったぁ……! ありがとぉ……」




