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第二十三話 珀月

 (カン)珀月(ハクゲツ)――それが窮奇(キュウキ)を自称する霊獣の個体名(なまえ)


 西方守護獣として崇められる白虎の眷属であり、本来の姿は当然の如く白い虎。


 獣人達を外敵から守る霊獣の一体で、現地ではそれなりに敬意を払われる存在だった。


 ところが、ある日を境に状況が一変する。


 突然、珀月は『天命を得た』と主張し、持っているはずのない未知の異能を振るい、獣人の国に破壊をばら撒いたというのだ。


「確かにそれは異常事態だ。人間や獣人とは違って、霊獣が後天的に天命を授かることはない。能力も役割も先天的に備えて生まれるものだからね」


 ――というのは、霊獣である雪那(セツナ)の言だ。


 あり得ないはずの異能……風を操り空を駆ける能力を得た珀月は、伝説上の悪神である窮奇の再来を名乗り、西方を出奔。


 それに対し、白虎は幾つかの捜索隊を中原(ちゅうげん)に派遣し、珀月改め窮奇の行方を追わせた。


 桃花(トウカ)達三人もこの捜索隊の一つである。


 やがて桃花達は(キュウ)国首都の麓城(ロクジョウ)で窮奇を発見するも、出奔前よりも格段に力を増していた珀月を捕らえることができず、返り討ちに遭って取り逃がしてしまう。


 まさしくこれこそが、麓城(ロクジョウ)で幻獣が暴れたという事件の真相だ。


 三人は麓城(ロクジョウ)から逃げ出し、郊外にあった獣人向けの宿で態勢を整え――俺と最初に出会ったのはこのときだ――東へ飛び去った窮奇の追跡を再開した。


 以上が、シュリンガが語ったここに至るまでの経緯である。


「状況は理解した。けれど、僕と窮奇の間に関係性は見いだせないね。白虎本人ならともかく、その眷属の一人に過ぎないなら面識もないだろう。それとも、まだ肝心なところは話していないのかな?」

「御明察。問題は窮奇が強くなっていた理由だ。奴はこう言っていた。龍族の宝珠の欠片を手に入れた……とね」


 それを聞いた瞬間、雪那の表情が変わった。


「……本当かい?」

「あくまで本人の主張だ。私には肯定も否定もできない。だが実際に龍族が現れ、欠片を持つ亡霊までもが出現した。これらが全くの無関係だとは考えにくいだろう」

「だから僕に協力を持ちかけたわけだ。同じ目的を共有しているはずだと踏んで……いい読みだ」


 傍から見ている俺にもよく分かった。


 雪那は既に自分の中で結論を出している。


 今後の方針は決まったも同然だ。


「白龍殿、改めてお願い申し上げる。我らと共に窮奇を追跡してはもらえないか」

「喜んで協力させてもらうよ。僕にとっても渡りに船だ」


 予想通り、悩む素振りなど一切ない即答だった。


 ここまで判断材料が揃ってしまったら、むしろ断る理由を考える方が難しいくらいだろう。


 もちろん俺としても大歓迎だ。


 窮奇が雪那の宝珠の欠片を持っていると確定したわけではないが、絶対的な保証と確信がなければ動けないようでは、何かを掴み取ることなど到底できやしない。


 万が一にも、雪那が協力を躊躇するようなら、俺の方から尻を蹴飛ば……もとい背中を押してやろうと思っていたくらいだ。


「話は纏まったみたいだな」


 上機嫌になったパーラが俺と肩を組もうとする。


 喜ばしいのは分かるけれど、ちょっと浮かれ過ぎじゃないだろうか。


「いやぁ、一時はどうなることかと思ったぜ。お嬢と逸れたときなんか、心臓止まるかと思ったもんな」

「そこに同意を求められても困るんだが」

「あはは! そりゃそうだ!」


 さり気なく距離を取ろうとしてみるも、やたらと強烈な腕力で強引に引き寄せられてしまう。


「ところで、いつ言おういつ言おうって思い続けて、今の今まで言い出せなかったんだけどさ……」


 パーラが俺の耳元に顔を寄せ、深刻そうな口振りで囁きかける。


「白龍のあの格好、なんか卑猥じゃね?」

「……っ! だよな!?」

「あー、よかった! あたしの感覚がおかしいんじゃないよな! むしろ全裸よりやばいまであるって!」


 お互いに顔を見合わせながら共感に(ひた)る。


 まさかこんな理由でパーラと分かりあえるとは思いもしなかった。


 霊獣だから気にしないというだけでなく、獣人にとっても自然な格好だと言われていたら、今後の身の振り方を本気で考え直さないといけないところだった。


 その一方で、二人がかりで駄目出しされた雪那はいかにも不満そうだ。


「納得できないね。きちんと鱗で覆い隠しているじゃないか。君達の羞恥心の境界線はどこにあるんだい?」

「全くだ。幻獣の身体に見苦しい部分などあるはずがない。釣り合わない衣服を纏うくらいなら、ありのままの姿で振る舞う方が美しいだろう」

「いやお前、それはそれで変態っぽいぞ、シュリンガ」


 謎の方向性で雪那に同意したシュリンガに、パーラが呆れ混じりの苦言を投げる。


 まぁ雪那の格好についてはともかく、これから先の行動指針が固まったのは間違いない。


 桃花達と共に行動し、東へ飛び去った霊獣窮奇を追跡、身柄を確保して宝珠の欠片を奪還する。


 状況によっては捕縛ではなく討伐になってしまうかもしれないが、実際の対応はそのときにならなければ分からない。


 だがいずれにせよ、俺達にとって大きな前進であることだけは、疑いようもない事実。


 予想できないことを心配するより、まずは事態の進展を喜んだ方がいいだろう。

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