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幕間

 ――(ケイ)国首都、盛湫(セイシュウ)


 日没を迎え、公務を終えた(ケイ)王の前に、黒尽くめの仮面の法術士が虚空から姿を現した。


 突然の出来事に周囲の侍女達が怯え竦む。


 渓王は即座に人払いを命じ、従者と侍女を執務室から追い出して、仮面の法術士と二人きりで向かい合った。


「どうした、(コウ)法士」

「ご報告いたします。陛下の腕を苛む黒き呪詛、その解呪法が判明いたしました」

「何だと!?」


 驚きに声を荒らげる渓王。


 黒尽くめの法術士は人間性を感じさせない口調のまま、淡々と報告を続けた。


(キュウ)の王族が陛下と同様の呪詛に蝕まれておりましたが、つい先日、外部の協力者の手によって解呪に成功したとのことです」

「そんな事情はどうでもよい! 一体どのような手段を取ったというのだ!」

黎駿(レイシュン)(もと)太子でございます」

「……何?」


 法術士が平然と言い放ったその言葉の意味を、渓王はすぐには理解することができず、怪訝な顔のままで(まゆ)を顰めた。


「何を言っている。黎駿とこの呪詛に何の関係があるというのだ」


 渓王は豪奢な着物の袖を捲り上げ、呪詛に根を張られた左腕を露わにした。


「あやつは悪食の異能しか持たぬ出来損ない! 役になど立つものか!」

「いいえ、陛下。そうではありません。元太子の天命は、呪詛を食らうことすら可能としていたのです。元太子は穹国王家の求めに応じ、その異能を(もっ)て呪詛を祓いました」

「……馬鹿な。ありえん……そんなことが……」


 渓王は顔面蒼白となってふらふらと後退り、執務机の椅子に力なく座り込んだ。


 探し求めていたものを、実は既に自ら手放していた――この事実だけでも渓王に衝撃を与えるには充分過ぎたというのに、よもやそれが無能と見限った息子だったとは。


 衝撃はもはや絶望にも等しく、渓王は青褪(あおざ)めた顔で肩を震わせることしかできなかった。


如何(いかが)いたしましょう、陛下。穹国に使者を送り、黎駿元太子に解呪を依頼なさいますか。元太子の異能であれば陛下の……」

「ふざけるな! あやつに頭を下げろというのか! できるわけがなかろう!」


 渓王の拳が執務机を(したた)かに打ち据える。


 並大抵の者であれば、王の怒りに触れたことに恐れ(おのの)き、平伏して許しを請うていたところだろう。


 しかし、仮面の法術士は平然と佇んだままで、(こうべ)を垂れることすらしようとしなかった。


下手(したて)に出る必要はありません。元太子も今や一介の民草(たみくさ)。王として奉仕を命ずればよいのです。天命の異能を以て王に奉仕せよと、そう告げるだけで事足りましょう」

「……そうだな。確かにそうだ。命令書は黎禅(レイゼン)に代筆させよう。あれの支配の異能は文面でも有効のはずだ」


 渓王は執務室から追い出していた従者を呼び戻し、現王太子の黎禅を呼んでくるように指示を出した。


 それと入れ替わるように、仮面の法術士が黒い霧に包まれて姿を消し――


◆ ◆ ◆


「ああ、実に愚かでございます」


 ――その後、王宮の屋根の上に再び姿を現した。


 眼下に広がる王都盛湫(セイシュウ)の街並みは、既に深い夜闇に包まれて、家々の灯りだけが不規則に散らばっている。


 仮面の法術士は雲一つない夜空を見上げ、誰に聞かせるでもない独白を続けた。


「王の威光? 支配の天命? アレはもはや、そのようなものに縛られる存在ではないというのに。たかが一国の王太子風情が、己の(した)に見ることなど、もはや到底叶わぬというのに。無知なる愚者は実に面白い」


 法術士の呟きには明らかな(あざけり)りと、それ以上の愉快さが込められていた。


 まるで滑稽(こっけい)劇の登場人物を嘲笑(わら)うかのような。


「全てを喰らう悪食の(あぎと)……さぁ、早くお目覚めください。(せつ)はもう待ちきれません……」

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