第一話 序章
十五歳になる全ての子供は『天命』を授かる。
奴隷だろうと王侯貴族だろうと例外はない。それがこの世の常識だ。
天命とは、簡単に言えば一生をかけてやり遂げなければならない『使命』と、そのための役に立つ『異能』を合わせたものだ。
例えば『剣術』の天命を与えられた者は、一生を剣の道に捧げることになる代わりに、常人では実現不可能な異能を身につける。
もちろん、同じ名前の天命でも、具体的な使命と異能は人によって変わってくる。
だが少なくとも、剣術の天命なら剣に関わるものになることだけは共通だ。
他にも『耕作』『狩猟』『鑑定』『法術』『美麗』『征服』『冒険』と、天命には数え切れないくらいの種類がある。
天命を与えられた瞬間、人生の方向性がほとんど定まると言っても過言ではない。
異能の有無で能力に差がつくのは当然として、天命に背けば破滅が待っていると実しやかに語り継がれているのだ。
そして今まさに、俺はその運命の瞬間を迎えようとしていた。
◆ ◆ ◆
「分かっているだろうな、黎駿」
きらびやかな着物に身を包んだ父が、飽きるほど聞かされた言葉を繰り返す。
「お前は歴史ある黎家の長男であり、この『渓国』の次期国王なのだ。必ずや、お前には国王に相応しい天命が与えられることだろう」
基本的に、天命はそれぞれの家系に応じたものが与えられる。
農家の子には農家に適したものを。
芸術家の子には芸術家に適したものを。
古くからの言い伝えによると、天から世界を支配しているという『天帝』が、社会を安定させるために与える行動指針が天命なのだという。
その職業が途絶えたりしないよう、神の視点から調整を加えているわけだ。
ただし、原則はあくまで原則に過ぎない。
家業とは関係ない天命を授かることもあり、そういう場合は天命の達成を優先するべきだとされている。
「天命を授かるのは始まりに過ぎん。成人を迎えるまでの五年間、与えられた異能を使いこなすための修練に励み、天命の成就に向けて力を蓄えるのだ」
「父上のご期待に添えるよう、誠心誠意努力いたします」
「それでこそ、我が自慢の息子だ。お前を産んですぐ天に召された母親も、きっと心から喜んでいることだろうな」
満足気に頷く父。
我ながら呆れるくらいに優等生な応対だ。
「さぁ、もうすぐ時間だ。生まれ落ちた瞬間と同じ時刻に、天から遣わされた一羽の鳥が舞い降りて、その者に天命を告げる。庶民の場合は普通の鳥の姿だが、王侯貴族の下には美しい霊鳥が現れるのだ」
絵画に描かれていた鳳凰の姿を思い浮かべ、それが目の前に舞い降りる光景を想像し、思わず身震いする。
「……行って参ります」
遣いの鳥を出迎えるため、部屋を出て露台状の外廊下に出る。
父は俺が次期国王に相応しい天命を授かると確信し、何も不安を抱いていない様子で俺を見守っている。
けれど、それも絶対というわけじゃない。
もしも『王位を継ぐより相応しい道がある』と告げられてしまったら?
きっと俺は後継者から外されて、継承順位第二位の弟が後釜に据えられることになるのだろう。
否定しきれない最悪の展開を想像してしまい、息が詰まりそうになる。
「ふぅ……やっぱり、緊張するな……」
透き通る青空。その下で今日も賑わう王都の街並み。
朱塗りの欄干の向こうに広がる風景は、いつもよりも眩しく輝いていた。
城の下にいた使用人達が、露台の俺に気付いて次々に声を上げる。
「おお、見ろ! 王太子殿下だ!」
「遂に殿下も天命をお受けになる日が来たのか!」
「どんな御力を授かるんだろうなぁ……庶民に優しい王になっていただきたいものだ」
「私達にも分け隔てなく接してくださる御方だからねぇ。いつもふんぞり返ってる弟君とは大違い……おっと、失言失言」
「何にせよ、これで我が国も安泰だ。いやぁ、実にめでたい」
天井知らずの持ち上げられっぷりに、緊張と使命感が同時に湧き上がってくる。
……ところが待てども待てども、遣いの鳥がやってくる様子がない。
近くにいる鳥といえば、いつの間にか朱色の欄干に止まっていた鴉くらいで……
『カァー! 告げる! 告げる!』
「うわぁっ!?」
突然、鴉が人間の声らしき鳴き声で叫んだものだから、情けない悲鳴を上げて尻餅をついてしまう。
『天命を告げる! 天命を告げる! 心して聞け、黎駿!』
「……え、まさか……これが遣いの……ただの、ただの鴉じゃないか!」
嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
そしてこの予感は、即座に現実のものとなってしまった。
『汝の天命は『悪食』! 『悪食』なり! 思うままに喰らうべし! 是天命なり! 思うままに喰らうべし! 全ては天の意志! 天帝陛下の思し召しなり!』
「『悪食』の……天命? 『思うままに喰らうべし』って……」
烏は俺の反応など気にすることもなく、空の彼方へ飛び去っていった。
声が震える。頭から血の気が引いていく。
こんなもの国王の天命じゃない。
こんな能力、国王にとって何の価値もない。
ふらつきながらも立ち上がり、酷い目眩に耐えながら父の方へと振り返る。
「ち、父上! これはきっと何かの間違いで……」
「黙れっ!」
俺と同じように青ざめていた父の顔が、みるみるうちに怒りで紅潮していく。
「『悪食』だと!? ああ、知っているぞ! 最下層民のための天命だ! 腐肉や小虫を喰らい、飢えを凌いで生き延びるための哀れな力だ!」
「待ってください! どうか話を……」
「話すことなど何もない! 貴様は貪るためだけに生まれ落ちた塵に過ぎなかったのだ! 我が子だと思って育てたことすら呪わしい!」
こんなにも激怒した父を見たのは生まれて初めてだった。
父はひとしきり周囲の調度品に当たり散らすと、まるで殺意を抑えるかのように呼吸を整えてから、冷徹な声で俺にこう言い放った。
「廃嫡だ。貴様から王位継承権を剥奪する。こんな汚点を渓王朝の歴史に残すわけにはいかん」
「……っ! そんな……!」
「息子がお前一人でなかったのは不幸中の幸いだ。やはり予備があるに越したことはない。黎禅の奴が王に相応しいことを天に祈るとしよう」
「父……上……」
「貴様の処遇は追って伝える。これまで通りの生き方はできないと思え」
それだけ言うと、父は俺に対する関心を失ったかのように……いや、比喩ではなく本当に失って、すぐに部屋を出ていってしまった。
朱塗りの欄干に背中から倒れ、そのままずるずるとへたり込む。
想定していた最悪よりも遥かに悲惨。
希望の絶頂から急転直下、絶望のどん底へ。
これ以上に酷たらしい転落劇が、果たしてこの世にあるのだろうか。
あまりにも無慈悲な落差に、俺はしばらく顔を上げることもできなかった。
主人公がドン底なのは3話まで、4~5話からは右肩上がりに状況が良くなっていく予定です。
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