5話
マリアはアルフレッドのちょっかいに苛立ち、ゼフィサスに声をかけられた事で手紙を読む時間が遅くなってしまった。
ゼフィサスと別れ、部屋に戻ってきたマリアは鞄からノートを取り出して、これ以上皺くちゃにならないようにノートの間に挟んでいた封筒と便箋を机の上へと置く。
便箋の方も、封筒同様に真っ白でありきたりな物であるが、紙質は良くて微かに花の香りがする。
この香りは紙にオイルを焚きつけたものだろう。
そして、時間と共にその香りは消失する。
まだ先の事なのにそれが勿体無くて、匂いが消えた後のことを考えると少しだけ物悲しくなる。
封筒の封を切られている部分は真っ直ぐだ。
適当に破いて開けた訳では無さそうだが、アルフレッドがペーパーナイフを持ち歩いているとは考えにくい。
魔法で切ったのだろうと予測を立てる。
今回は封筒がきちんとあり宛名にはマリアの学籍番号が書かれている。
便箋も、前回同様丁寧で綺麗な字だ。
唯一違うのは魔力ではなく、インクで書かれている事だ。
便箋の花の香りと共にインクの墨の香りも楽しめるのがマリアにはうれしい。
マリアは書かれている文字をそっと目で追う。
『1-2047様
お返事ありがとうございます。
まさかこんなに早くお返事が来るとは思わず、驚くばかりです。
友人に聞いた話だと、半年以上書き続けて返事が有ればいい方だと聞いていたので、わたしは幸運なのだと思います。
綺麗な字と思ってくださり、ありがとうございます。
私も貴方同様、緊張して書いたためミミズがはった様な字ではないかと少し不安でしたが、お返事から少し緊張が解けた気がしています。
貴方の字もとても可愛らしく、特に数字が可愛いですね。
手紙を読んでいると癒されます。
今後、貴方の事はどう呼べばいいでしょうか?
学籍番号のままだと、少し距離が遠い気がします。
名前を伝え合うのは会う時までのお楽しみにして、愛称などありましたらそちらでお呼びしたいです。
私の事はテクラと呼んでください。
今後少しずつ、お互いの事を知っていけたらと思います。
テクラ』
読み終えて、もう一度読み返す。
所々、文書の末尾がインクで滲んでいる部分があり、色々考えてながら書いてくれたのかもしれないな、と想像してしまう。
それだけの事でマリアの気持ちが温かくなる。
アルフレッドには酷いことされて気持ちがどす黒くなっていたが、文通で気持ちが浄化されて、優しくなれたような気がする。
(アルフレッドを許してやるか・・・)
気持ちを穏やかに保てるのは、文通のいい影響だろう。
マリアは手紙を見つめながら、早速返事を書くべきか、相手に合わせて数日、日にちを空けて書くべきか悩み始めた。
気持ち的には今日書いて、明日にでも投函したい。
しかし、あまり早く出しすぎては迷惑にならないだろうか?
積極的過ぎて引かれないだろうか?
マイナスの事を色々と考えてしまう。
マリア自身はさっぱりした性格のため、ここまでウジウジと悩む事が鬱陶しくてならなかった。
しかし、決まらないものは決まらない。
「あー、ウジウジしてても埒があかない!課題を先に片付けよっ!!」
マリアは便箋の代わりに机にノートと教科書を広げて、先ほどまでと違う事で頭を悩ませる事にした。
黙々と問題を解いてくのは、良い気晴らしになった。
課題に取り組んでいるあいだは返事の事を考えずに済み、いつも以上に集中して解くことができたとマリア自身も驚きだ。
その集中力のおかげで思っていたよりも早く、課題が終わってしまったのは想定外であったが。
「今日に限ってはもう少し難しい課題にしてほしかった・・・」
思わず独り言が口から零れ落ちる。
課題が終わってからは、先程以上に返事をどうするか頭から煙が出そうなほど悩んだ。
マリアは自分が思っていた以上に頭の中が乙女モードになっているようだ。
しかし、暫く悩むとその悩みすら煩わしくなってきた。
ここまで悩むならさっさと返事を書いたほうがスッキリすると答えに至った。
便箋を取り出し、テクラからの手紙を見ながら少しずつ手紙を書いていく。
途中、字を間違えたりしないように丁寧に文字を綴る。
『テクラ様
お返事ありがとうございます。
私の事はどうぞリアと呼んでください。
私は文通に憧れていて、入学当初から時々相性の良い人がいないか掲示板へ行っていました。
テクラ様と文通をはじめるのに、1年ほどかかったのでこのやり取りがとても嬉しいです。
文通相手を募集してくださって、本当にありがとうございます!
テクラさんと手紙を通してやり取りができる事がとても夢のようです。
私は最近、医療魔法に興味を持っています。テスラさんはどの分野に興味がありますか?
色々とテクラさんの事を知りたいです。
3年は現場実習や進路と忙しいとは思いますが、お互いに無理のないペースでやり取りができたら、嬉しいです。
リア』
マリアは手紙を書き終えると、封筒にはテクラの学籍番号を書き込み、引き出しから香油を何本か取り出した。
香油の瓶を眺めながらどの香りにするか真剣に悩む。
相手は男性のためあまり匂い類は好まないかもしれない。
だけど、香り付きの手紙を送り返してくれた心遣いが嬉しくて、同じ様な気持ちになってほしいと、マリアは考えて今回は香り付きの便箋では無く香油を付ける事にした。
甘めの匂いよりも、爽快感のある匂いの方が男性は良いと思い、リラックス効果のある香油を選び清潔な綿布に2滴落として、インクの乾き切った便箋に香りを移していく。
移し終わると、それをすぐに封筒に入れて匂いを閉じ込める。
まだ、下校時間までは余裕がある。
この匂いが薄れぬうちに送ろうと思い立つとマリアの行動は早かった。
書き終えたばかりの手紙を大切に鞄へとしまい、部屋を飛び出して行った。
手紙を読み、書き、出す。
これだけの事が、今のマリアにとってはとても貴重で大切な時間だ。
慌ただしく校舎へと向かう姿は、先ほどまで送り返すタイミングをウジウジと悩んでいたようには見えない。
それなりに距離はあるはずなのに、それすらもあっという間であった。
鞄から取り出した手紙をポストの中へ離す。
(無事に届きますように)
くるりと向きをかえ、鼻歌交じりに帰り道を気分よく軽快に歩く。
スキップでもしたいほど身体は軽いが、流石に人目が気になりそこは自重するマリアであった。