1話
マッチングアプリならぬ、マッチング文通。それをコンセプトに考えた設定です。
大きな掲示板の前に立ち、何枚も張り出されている何も書かれていない真っ白な紙達を眺めながらマリアは大きくゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。掲示板の脇にあるスイッチへと手をのせ魔力を流し込む。
「今日こそは!」
マリアの魔力がゆっくりと吸収され、掲示板全体が光る。
その光自体が張り出された紙1枚1枚へと吸収されていった。
魔力が見えるわけではなく光として可視化されているだけだが、紙へと魔力が吸収されたのは事実だ。
何十枚もある中の一枚にゆっくりと文字が浮かび上がってきた。マリアの魔力と共鳴しあったのだ。
「ついに!!??」
マリアは掲示板へ近づくと背伸びをして、文字が浮かび上がった紙を掲示板から外し、その紙を大切に折り畳み鞄へと仕舞い込んだ。
ここは全寮制のシャープン魔法学園。魔力があり、魔法の才能がある者が受かれば3年間通う事ができる領立の学校である。
マリア・ピヨタンは2学年に上がったばかりの、成績は可もなく不可もない至って普通の女の子である。
そんなマリアは只今小走りに、校舎から寮の自室へと急いで向かっている。
先程、紙を仕舞い込んだ学生鞄を胸の前で大切そうにぎゅっと抱きしめて、しかし顔はニヤニヤと少しだらしない表情をして走っていた。
あの掲示板は文通相手を探すための物―通称マッチングボード―である。
魔力で書かれた手紙が張り出されていて、その掲示板に魔力を流し込む事で、相性の良い魔力で書かれた相手の手紙の文字が浮かび上がる仕様だ。
魔力の相性が良い相手と言うのはなかなか見つからず、マリアも一年ちょっと挑戦して、今日初めて手紙に文字が浮かび上がったのだった。
ちなみに、手紙を貼り付ける側は男性。手紙を探す側は女性と決められており、一種の出会い目的の場でもある。
魔力の相性の良い者同士が結婚し、良質な魔力を持つ子孫を残す事が国の利益となるため、国に3か所ある魔法学園ではどこも取り入れているシステムである。
マリアは額に少し汗を浮かべ、寮の自室へと戻ってくるとドアを勢いよく閉めた。とても大きい音が響いたが、マリアの神経は完全に手紙へと向いており、隣の部屋の住人が壁をコンコンと鳴らし注意してきたが全く気付かなかった。
鞄を学習机へと置き、先程仕舞い込んだ手紙を取り出すとマリアは制服のまま背中からベッドへとダイブし、手紙を天井へと付き出す。
『わたしはシャープンの三学年に在籍しています。
文通相手を募集するのは初めてで、この手紙は誰かが読んでくれるのか、1ヶ月後破棄されるのかコレを書きながらドキドキしています。
最終学年となり、最後に魔力の相性の良い人とお手紙のやり取りができたらと思います。
素敵な相手と巡り会えますように
1-3235』
名前や素性は書かれていない、簡素な手紙である。素性は手紙では明かしてはいけないルールがあった。
ゆっくりとお互いの事を知り、相手に会ってみたいと言う想いを育むためだ。
少しずつ手紙のやり取りで、相手が誰か判明するのは問題ない。
勿論、そのルールを破ったからと言って罰則などあるわけではないが先入観なく、相手を知る事の出来る事が文通の醍醐味である。
そして手紙に書かれている末尾の数字が、唯一相手を特定するための証拠・・・学籍番号である。この数字は本人と学校側以外知る事はない。
「1-3235・・・うーん。どんな人だろう」
仰向けだった体を回転させ、ベッドへと顔と体を埋めるスリスリしながら考えを巡らす。
勿論、手紙は破かないように両手で持ち万歳の格好だ。
初めての文通、相性の良い相手。
17歳と言う多感な時期に、相手のことを想像して妄想を広げて行くのはとても容易く、マリアはワクワクドキドキしていた。
マリアは再び手紙を見つめる。書かれている文字はとても綺麗で、丁寧だ。書きなぐったような幼い字を書く男の人も多いため、とても好印象な文字である。
「返事書かないと!」
ベッドから起き上がり、先程鞄を置いた学習机へと戻る。机の上にある鞄を、いつもの定位置に仕舞うと手紙を書くために椅子へと腰掛けた。
柑橘系の甘い香りが着いたレター用紙を選び、魔力をインクとして書き付けるペンを取り出す。ペンに魔力を注いで、言葉を考えながら一言、一言丁寧に書いていく。
『1-3235様
初めまして、こんにちは。
お手紙を拝見することができ、今筆をとっています。
私もシャープン魔法学園で二学年です。
とても、素敵な文字のお手紙にお返事が書けることに心躍り、緊張もしています。
私も初めての文通で、どんな事を書けば良いのかとても迷っています。
今後も、良ければ文通相手として仲良くしてください。
1-2047より』
マリアが書き切り、ペンにキャップを戻せば書いた文字がゆっくりと消えて行く。その手紙を便箋へと入れ表に1-3235様とインクペンで書込み、封蝋で封をする。
その手紙をじっと見つめて、学生鞄へと仕舞い込んだ。
次の日、マリアはいつもより少しだけ早く登校し、昨日も来たマッチングボードへと寄り道をする。鞄を開けて、ゴソゴソと鞄の中を探り、昨日書いたばかりの手紙を取り出した。それを持って、掲示板の脇にあるポストの前へと立ち止まる。昨日と同じように大きく深呼吸するとマリアはその手紙をゆっくりとポストへと投函した。
宛先は学校側が学籍番号を確認して、その人へと送り届けられる。
マリアは次に届くだろう手紙の事を考えながら、期待に胸を膨らませ遅れぬように講義室へと速足で向かって行った。