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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アルテと恋煩い

作者: 椎名 華月

 初めて出会った中学の頃。あの時はそんな気持ちは全くなかった。

 ……そのはずだった。

 

 放課後。やっと授業が終わったと教室内の生徒は散り散りになっていく。

「翔―。行こうぜ」

 クラスの中でも特に目立つこともなく、どこにでもいる高校生な檜山翔にクラスの中心に近いところにいる柊綾斗は声をかける。他のクラスの人間にはなんでこの陰と陽に分かれそうな2人が仲がいいのか不思議に思うだろうが、この2人は中学からの友人であるというのは同じクラスの中では有名な話だ。

 翔はうん、と小さく頷くと鞄の中に教科書を仕舞い支度を済ます。2人で学校の中庭を通って向かった教室の室名札には『美術室』と書かれている。

 ドアを開けると、そこは閑散としていた。そもそも美術部の部員は殆ど幽霊で、あまり人が出入りすることはない。活動してる3年の先輩は何人か居るが、入試やらで最近忙しいようであまり顔を見せない。今そこに居るのはたった1人だけだった。

「あ! 先輩たち遅いですよぅ〜」

 ニコニコと駆け寄ってくる人当たりのいい後輩、蘇芳蓮。新入部員歓迎会では画匠・蘇芳昭信の息子だと顧問の先生からは紹介されたが、絵を描いてるところはあまり見たことがない。

「ホームルームがちょっと長くてな。今日も描かねーの?」

「んー、気分乗らないので綾斗先輩とお喋りしてたいなあ」

「今日は多分助っ人呼ばれないと思うからいいぞ」

 やる気のない2人を置いて、翔はイーゼルを棚から出してくる。

「翔先輩はこの間の続きですか?」

「そう。もう少し写本に近づけられたらいいんだけど……」

 イーゼルに未完成のキャンバスを置きながら翔は答える。幼少期から描いている蓮とは違い、高校で初めて絵を描くことと向き合っているので写本を見つつ模写から始めている状態だ。

 蛇口で水を汲み、席のほうへ振り返ると、蓮がまじまじと翔の絵を見つめている。

「……あんまり上手くないから、恥ずかしいんだけど」

「この辺」

 翔の抗議を無視して蓮は教本と翔の作品を交互に指をさす。

「色作るのにちょっと混ぜ過ぎですね。もう少しまだらになるくらいまでにして色置いていくといい感じになると思います。別の色を重ねる時は水は少なめで掠れる感じで」

 後輩だろうと蓮の指示は的確なのを翔は知っている。教本を見ながら指示通り色を塗っていく。

「おおー」

 さっきから少し遠いところから2人のやりとりを眺めていた綾斗が横から覗いてくる。

「流石だなあ」

「うん、前より良くなった。ありがとう蘇芳」

 先輩2人に褒められて少しだけ照れる蓮。そんな蓮を綾斗はわしゃわしゃと撫でる。

「ち、ちょっと!」

「綾斗、やりすぎ」

 兄弟みたいだなあと思いながらも咎めつつ、また翔は絵と向き合うことにした。

 こうなると集中し始め、邪魔をすると本気で怒ることを知っているので2人は席からそっと離れた。窓の向こうでは運動部が走り込みをしたり、練習に勤しんでいる。

「そういや、なんで美術部なんですか?」

 グラウンドを眺めながら蓮は綾斗に思ったことを訊く。

「中学じゃバスケ部のエースだったらしいじゃないですか。ならバスケ部に入ればよかったのに」

「んー……。確かにバスケは楽しかったけど、なんか他のスポーツもやってみたくてさ。1つの部活に入ればその部活しかできないし、助っ人って事ならいろんな部活回れんじゃん」

「まあ……それはそうかも知れませんが、美術部選んだ説明にはなってなくないですか?」

 少し痛いところを突いてきたな、と綾斗は思った。でも大体の言い訳は決まっている。

「……誰にも言うなよ?」

「? はい」

 訝しげな蓮にそっと耳を貸すように言う。そして集中して聞こえてないだろう翔に一応注意しながら小声で打ち明ける。

「……好きな人がいるから」

「えぇ!?」

 蓮の大きな声に翔がビクッとする。そして窓際にいる2人を睨みつけた。それに対して綾斗は焦りながらもにこにこしながら両手を振り、「作業にお戻りください」と念を送る。

「それってだ……」

「内緒」

 好きな人。美術部は殆ど幽霊部員ばかりだし、来るのは3年の先輩たちだけ。だからあの3人のうち誰か——。

 蓮が誰かを当てようと悶々と考えながらふと視線を上げると、綾斗はじっと絵を描いている翔を見ていた。その目は優しく、なぜか大切な人を見ているかのような目で……。

 ああ、そう言うことか。答えはすぐそこに居たんだ。

「……つまんないの」

 綾斗に聞こえないくらいの小さな声で蓮は低くポツリとつぶやいた。


 ***


「翔〜」

 綾斗が急いだように駆け寄ってくる。今日はどこか助っ人に呼ばれたんだろうか。

「今日はどこ?」

「野球!」

「本当に何でもできるなお前……」

 バットスイングのマネをしながら楽しそうに答える綾斗に半ば呆れ気味になる。その運動神経はどこで手に入れたのか。

 中学では同じバスケ部だったからその実力はチームメイトの中でも群を抜いていたし、エースと部長を兼ねていた。そのままバスケ部を続けるかと思っていたのに。

「まあ、怪我には気をつけて」

「おう! 蓮によろしくな」

 はいはいと手を振り見送りながら翔は思う。

 何で続けなかったのか。まあこれだけ運動神経がいいなら何でもできてしまうから助っ人の方が楽しいんだろう。本人からはそう聞かされたし、実際に楽しそうではある。

「俺の方が理由はテキトーか」

 バスケは飽きたと言ったが別にそうではない。でも少し部活としてやるのが怖くなった。他に興味があったのが絵を描くことだったから入っただけだ。

 今日は静かに描けるかもしれない。そう思いながら翔は美術室に向かった。


「あれ、今日は助っ人ですか?」

「野球部だって」

 ドアを開けて入ってきた蓮が綾斗を探すように教室を見渡す。

「じゃあ観戦しましょうよ」

 美術室の窓はグラウンドに面している。一番近い場所で練習しているのは野球部だ。練習試合の日だったが欠員が出たらしい。

「いや、俺は——」

「綾斗先輩の番になったら呼びますね!」

 まあ、それなら……と承諾する。多分何言ったって強引に誘ってくるだろう。

 いちいち移動するのも面倒なので今日は窓際にイーゼルを立てる。

「蘇芳は描かないのか?」

「あー、今日も気分乗らないんで」

 いつも誘うと大体こうやって断られる。その時は少しだけ哀しそうに笑う。

「俺は蘇芳の絵、好きなんだけどな」

「は?」

 翔が先輩なのも忘れて素っ頓狂な声が出る。出た後に咄嗟に取り付くような笑みを見せる。

「翔先輩、俺の父親の絵知ってますよね?」

「ああ。美術館で展覧会があったから見に行ったよ」

 日本画家、蘇芳昭信の特別展。伝統を守りながらも西洋の画風ものも少しずつ取り入れる新しい作風の絵画。蓮が入部してきたことで知り、ちょうどタイミングも良かったので行ってきた。

「俺の絵、どう見たって父親より拙いじゃないですか」

「上手さとかよりも好みかな。あ、いや、別に下手だなんて思ったことないけど……。素人と比べられるのも嫌だろうけど俺の方が下手だし、いつもくれるアドバイスは的確ですごいと思う」

「……そうですか」

 褒められてるのに上手く言葉が出てこない。なにかくすぐったいものを抱えながら数十分の沈黙が流れる。聞こえてくるのは筆を洗う水音とキャンバスを擦っていく音のみ。

 その沈黙を破ったのは『柊神!』という窓を閉めていても大きく聞こえてくるの野太いコールだった。

「ひいらぎしん? あ、綾斗先輩だ」

「あー……知らないんだっけ。綾斗のあだ名」

 まあ他学年だから知らないのも無理はないか。綾斗のあだ名の由来を呆れたように説明してやった。

「あいつ、助っ人で試合に出ると高確率で勝つんだよ」

「だから柊神? ……ダサくないです?」

「俺もそう思う」

 珍しく意見があったななどと思いながら窓の外を見下ろす。

 1投目、見送り。

 2投目、空振り。その後は何回かファウルが続く。

「あと1回でどうにかなるんですか?」

「多分コツは掴んできてるから打つと思う」

 翔の宣言と同時にピッチャーはストレートで勝負してきた。綾斗が思いっきりバットを振る。カーンと小気味良い音を立ててボールはぐんぐん飛んでいく。

「うわあ……ホームラン……」

「な? 言っただろ?」

 唖然としてる蓮がちょっと面白くてフッと笑みをこぼす。そんな翔を見てなにか黒いものが溜まっていくのを蓮は感じた。

 外から歓声が聞こえてくる。ホームに戻ってきた綾斗は部員たちにもみくちゃにされた後、囲まれて胴上げではなく拝まれていた。

 

***


 授業中、蓮はずっと鬱屈としていた。先生の話が耳に入ってこない。

「…………」

 綾斗先輩は翔先輩が好き。

 それだけでまた黒いものが渦巻いていく。気づかなきゃまだ幸せだったかもしれない。

 昨日、翔先輩は俺の絵を好きだと言ってくれた。あれはきっと本心だっただろう。

『出来損ないめ』

 そう父親から言われ続けた。父には多くの弟子がいる。その人達よりも劣っていると。中学時代はそれなりに頑張ってきた。全国中学生コンクールでは優秀賞を3年間取り続けてきた。

 でも自分の息子なら大人と混ざっても謙遜は無いはずだと期待されてきた。学生の中なら一番は当たり前だと。……だが結果は賞すら取れなかった。

 誰も認めてくれない。母親だって父親の言いなりで庇ってもくれない。

 自分を唯一認めてくれたのはあの人達だけだった。

(綾斗先輩……)

 あの人は元々根っからのスポーツマンで翔のように熱心ではなく、何も気にしたりしなかった。

 誰とも変わらない普通の人として初めて接してくれた。それが嬉しかったし何よりも心地よかった。初めて自分から人を好きになった。

 今まで付き合ったことは何度かある。でも全員、金持ち・ルックス……そんなものを求めてきて誰も自分を見てくれなかった。結局はステータスしか見てもらえない。

 ——綾斗先輩なら、ちゃんと俺だけを見てくれるかもしれない。

「……邪魔だなあ」

 そう呟くと同時に授業終了の鐘が鳴る。

 翔は綾斗の気持ちに気づいていないだろう。それなら——……。


「あれ、今日は柊先輩だけですか?」

 放課後の美術室。普段は2人一緒か綾斗が助っ人に抜けて翔だけのことが多い。

 駆け寄ってきた蓮に綾斗は説明する。

「今日は委員会」

「あー、図書委員でしたっけ翔先輩」

 予約しておいた新刊が急に大量に入荷したらしくジャンルのラベル貼りやら何やらで当分忙しいらしい。

「図書室ってそんなに行く機会あります?」

「俺はあんまり無いなあ……翔は結構行って借りてるみたいだけど」

 いつもの窓際の席に荷物を置き、椅子に座る。仕事がキリのいいところまで片付いたら部室に顔を出すと言っていた。だから部室で待つことにしたが、正直暇だ。

「翔先輩ってどんなの読んでるんですかね?」

「なんか教科書に載ってそうな古い作家のやつ」

「あー読んでそう」

 文学作品を読む翔。容易に想像できる。絵を描いてる時よりも様になりそうな図だ。

「あ、そうだ綾斗先輩!」

「うおっ」

 蓮が勢いよく横から抱きついてくる。何事かと肩がピクリと動く。

「昨日の見てましたよ! 特大ホームラン!」

「そういやここから一番近くに見えるの野球部か」

 頬擦りでもしてくるような勢いで蓮がくっつき始める。

「そうですよ〜。すごかったです!」

 ニコニコと笑う蓮。そんな様子に少々満更でもなくなってくる。

「そうか? まあ今回ちょっと球の変化が上手くて手こずったけど」

「あの後胴上げでもなく拝まれてたのには笑いました」

「あー……。あれ本当にやめて欲しいんだけどね」

 どうやら本人もあまり好きではないらしい。少し暑くなってきて無理やり蓮を離そうとした時、ガラッと扉が開く。

「遅くなった……。何、してんの?」

 抱きついたままの蓮を見て翔は不思議そうな顔をしている。

「この前すごかったのでお祝いです!」

「お祝いってなんだよ。てか暑いから離れてくれ……」

 もう一度ぎゅっと力を込めた後、蓮は綾斗から離れた。

「ふーん?」

 この霧のような晴れない心は何か、翔はまだ分からなかった。


***


 それから、翔が居ない間蓮の綾斗へのスキンシップが激しくなってきた。くっついてみたり、抱きついてみたり、顔を真正面からか近づけてきたり。

「最近、俺にくっつきすぎじゃね?」

「そうですかあ?」

「な、なんか企んでる?」

 若干アタックに怖くなり始めてきた綾斗。それでも蓮は腕を絡ませつつ、ニコニコと笑って肩に頭を預けてくる。

「僕、知ってるんですよ」

「何を?」

「綾斗先輩が翔先輩のこと好きなの」

「…………ッ」

「僕、小さい頃から大人の顔色ばかり伺ってたんです。先輩が好きな人がいるって言った時点で気づいてましたよ」

「だ、だったら?」

 鋭い観察眼に気圧されながら綾斗は訊ねる。

「僕、好きなんです。綾斗先輩が」

「え?」

 ぐらりと体が傾く。机に押し倒された。

「だから、俺でもいいじゃないかなって。……同じ男なんだから」

 ぐっと顔が近づく。や綾斗の腕力なら蹴飛ばしたり、押し返したりできただろう。でも、後輩だから怪我をさせたくないというのが強かった。顔だけは背ける。

「俺じゃだめですか? どうしても翔先輩じゃないといけないんですか?」

 強引な問いかけに戸惑う。いつから蓮は自分のことが好きだったのだろう。全くわからない。

「ねえ、顔背けてないでこっち見てくださいよ」

「……嫌だ」

「じゃあ抵抗してください。先輩ならできるでしょ? ——期待しちゃうじゃないですか」

 そう言って片手で押さえつけながらもう片方でシャツのボタンを外していく。

「おいやめ……っ」

「悪い、遅く——」

 その時だった。翔が委員会が終わり、美術室へやってきたのは。

 蓮が綾斗を押し倒してる。目を見開く綾斗。

 あぁ、終わった。そう思った。

「あ、翔せんぱ……」

 翔が蓮を綾斗から引き剥がす。そして平手を打った。

「……!」

 唖然としてる蓮を他所に、綾斗を引っ張り上げると美術室から出て行った。


「翔……!」

 ぐい、と引っ張り続ける翔に綾斗は声をかける。翔は誰もいない教室を見つけるとそこに入って鍵をかけた。

「……なにあれ」

 自分でもよくわからないが、あの光景がただただ嫌だった。蓮は多分綾斗が好きであんなことをしたんだろうと言うのは想像がつく。

 じゃあ抵抗してなかった綾斗は?

「……蘇芳のこと好きだったの?」

「ちが……!」

「じゃあなんで突き飛ばさなかったの」

「怪我、させたくなくて……」

 はあ、と溜息をつく翔。そうだろうとはなんとなく思っていた。

「だとしても一歩間違えれば……抵抗しなきゃだめじゃん」

「そう、だけど……」

 力の差を考えるとどうしても怪我をさせてしまいそうで怖かった。でも言われてみるとその選択は間違っていたんだとやっと自覚する。

「……なんかイライラする」

「え?」

「さっきからずっとイライラしてる。蘇芳を思いっきりはたいた自分が分からない」

 これがなんなのか分からない。

 綾斗を取られそうになったから?

 そんなわけはない。だって中学からの友達だとしてもそんな感情なんて抱かないだろう。

 じゃあ美術室で、学校であんな光景をみたから?

 2人とも男で、あんなことしてたから?

 グルグルと回る思考回路。自分自身が理解できない。なんなんだこれは。

「…………俺、さ」

 綾斗は外されたボタンを直しながら翔に話しかける。まだイライラしてるのかちょっと棘のある言い方て「何?」と返される。

「俺が好きなのは……」

 もう腹を括ってしまおう。そう綾斗思った。

「翔。お前だよ」

「……は?」

 間の抜けた返事。嫌悪感があるわけじゃないけど拍子抜けしたような。

 そのまま翔は固まった。

「い、いつから……」

「…………中学3年の、夏」


***


 その日は蒸し暑い日だった。体育館は耐震工事で締め切り状態。やめればいいのにと思いながら、大会に向けてやるしかなかった部活。一応顧問やコーチも大型の扇風機を設置したり細かく休憩をとるなど、熱中症には気をつけながら練習をしていた。

 それでも倒れた3年が居た。翔だ。

練習試合中ふらふらとし始め、バタンと音を立てて崩れ落ちた。幸い意識もあり怪我はなかったが、これ以上は危険だと判断され保健室へ付き添いで綾斗が運んだ。

「大丈夫か?」

「……なんとか。あたまが打ったから痛いのか熱中症だから痛いのか分からない」

「体重寄りかかったって良いから無理すんな」

 そう少し話しながら保健室へと辿り着く。冷房が冷たくて気持ちいい。

「どうした柊……って檜山大丈夫か!?」

「しょ……檜山が練習中に倒れちゃって」

「だからいくら大会があろうともうちの体育館使うなって……檜山はそこのベッドに寝かせて。すまないが私はこれから会議入ってるんだ。すぐ戻るからそこの冷蔵庫に経口補水液、棚に仮の制服あるからこれ以上冷えないように上だけでも着替えさせてくれ。ついでに柊も休んでおきなさい。お茶もあるから」

「わかりました」

 そう綾斗に指示をだして忙しそうに保健医は出て行った。

 とりあえず経口補水液からだろう。不味いって聞くけど大丈夫だろうか。

「翔、腹壊すからゆっくり飲めよ」

 冷えているペットボトルのキャップを開けてから渡したあと、棚を漁る。

「初めて飲んだけど、うまいなこれ」

「お前それ相当やばいだろ……。ちゃんと水分取ってたか?」

「普段あまり水分飲まないから。そのせいだろうな……」

 休憩の時に少しサボってたのは否めない。それが仇となってしまったのだから反省点だ。

「……ったく、気をつけろよなー。はい、着替え」

「ん。ありがとう」

 自分も紙コップにお茶を注いで横にあるベッドに座った。

 横で翔が着替え始める。

 引き締まった白い身体、熱ったそこにほんの少し残った汗が体のラインをなぞるように滴り落ちて行った。

「…………ッ!」

 一瞬、ドキッとする。ドクドクと脈が早くなっていく。これ以上は見てはいけない。

 でも閉じられていくボタンから目が離せない。

「どうした? 顔赤いけどお前も?」

 着替え終わった翔が不思議そうに綾斗を見ている。

「い、いや! そ、そろそろ俺は戻らねーと。あとは大丈夫か?」

「うん。できれば部活終わった後に荷物持ってきてもらいたいけど……いいかな」

「お、おう! わかった!」

 そう返事をしてお茶を飲み干すと、足早に保健室を出ていく。

 その後、部活終わりに荷物を届けるとそそくさと帰って行ってしまった。

 あの一瞬の高鳴りが忘れられず、1週間くらい翔を避け続けていてようやく気づいた。

 ……ずっと翔が、好きだったんだと。


 ***


「……避けてたの、そういうことだったの」

「……はい」

「俺、嫌われたかと思ったんだけど」

「ごめん」

 あのあからさまな避け方はどう考えてもおかしかったと自分でも思う。

 そのあと吹っ切れて「この間はごめん!」と無理やり関係持ち直したのだから。

「だからお前の離れるために美術部にしたのに」

「えっ、バスケ飽きたんじゃないの?」

 尤もな質問に翔はそっぽを向いた。

「あの倒れた後、体育館で練習するのが怖くなった。迷惑かけたからお前にも避けられたんだと思ったし」

 後半を強く言いながら不貞腐れる。

「ごめんってば……」

「お前と一緒だからバスケが楽しかったのに」

「……え」

 まだそっぽを向いたままの翔の耳が赤い。もう翔も自覚するしかなくなったようだ。

「……俺、も」

 一瞬躊躇する。これは友達の一線を超えてしまう。それでも伝えたいと思った。

「お前のことが……好きなんだと思う」

 今度は綾斗が固まる。今までずっと仕舞い込んできたものが溢れ出してくる。

「……気持ち悪くないの?」

「さっきのイライラしてたのもこれが原因だし。……気づくの、遅くなってごめん」

「…………!」

 誰もいない教室内で綾斗は翔を抱きしめた。

「もう、お前に対して我慢できなくなるかもしれない」

「いいよ、それでも」

 綾斗が近づいてくる。翔はそっと目を閉じた。

 唇が触れ合う。ほんの少しだけの間だが、大切なもの。

 真っ赤になった綾斗が正面を向いて翔を見据える。

 改めてちゃんと言わなきゃいけないだろう。

「好きです。付き合ってください」

「……はい」


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