桜の散る頃
週末。
カナとその娘のリナちゃん、母親のナツミさんが我が家を訪れた。
アキヒロのお母さんはまだ来ていない。
「いらっしゃい。おばさん、お久しぶりです」
私はカナのお母さんのナツミさんに挨拶をする。
「ユキちゃん久しぶりね。
…………ああ……あの人が……」
ナツミさんが私に挨拶を返そうとして、玄関に姿を見せたアキヒロに目を留め言葉を詰まらせる。
「ユキ、母さんちょっと来るの遅れるって」
アキヒロは義母が遅れてくると伝える。
「お久しぶりね。
元気でした?」
母もハルトを連れて玄関にやって来る。
「ええ……」
ナツミさんは母に話し掛けられたがアキヒロの顔をジッと煮詰めて返事が上の空の様だ。
「お母さん、そんなに私の本当のお父さんに似てるの?」
「生き写しみたいにそっくり……」
『本当のお父さん?』
カナの言葉に私が思ったのは、私が何度も会った事のあるカナのお父さんの顔だった。
『カナのお母さんも浮気してたの?』
「まあまあ、こんな玄関で話してないで上がって貰ったら?」
母が玄関で立ち話を続ける私達にそう言葉を掛けた。
「そうだね。リビングで座って話しましょう」
カナの家族をリビングに案内して、私はキッチンでお茶の準備をする。
そこへ母がやって来た。
「アキヒロさんのお母さん遅れるみたいだけど、来るまで待つの?」
「どうしようか……私は待つ方が良いと思うけど」
「子供達はどうする?
タカコさんが来るまで待つのは良いけど、アキヒロさん早く話を聞きたそうにしているわよ? きっとあの話は子供達の前で話す内容では無いでしょ?」
母の言葉に私はキッチンからリビングの様子を見た。
アキヒロは先程のナツミさんの言葉を聞いてからソワソワしていて落ち着かない様子だ。
「お母さん。ハルトとリナちゃんを近くの公園かどこかに連れて行ってもらえない?」
「それは良いけど、今日は4月にしては暑いわよ。公園に行くなら水筒やおやつなんかも必要だと思うのだけど、用意してあるの?」
「いや、こんなに暑くなるとなるとは思ってなかったから……」
「それなら公園より2人はファミレスにでも連れて行こうか?」
「お願い。そうして貰えると助かる。みんなにお茶出したらファミレスの代金持ってくるから」
「いいわよ。孫の食事代くらい私が出すから」
母はそう言ったが私は急いでリビングのみんなにお茶を出すと財布を取りに向かう。
「ハルト、リナちゃん、おばあちゃんとファミレスに行こうか!」
「うん、行く!」
ハルトが嬉しそうに返事をする。
リナちゃんは困ったようにカナの顔を見た。カナはそんなリナちゃんに頷き返すと「お願い出来ますか」と鞄から財布を出そうとする。
「カナ、いいわよ。
お母さん、はい、これ。話、長くなるかもしれないから、お昼ご飯も食べさせてあげてもらえる?」
「分かったわ。話し合いが終わったら連絡して。2人がファミレスに飽きたら少し散歩とかしているかもしれないから」
「うん分かった。2人の事、お願いね」
そう言って私は母に一万円札を渡した。
カナと2人で母と子供達を見送ってリビングに戻るとアキヒロとナツミさんの間に気まずい空気が流れていた。
「どうする? やっぱりお義母さんが来てから話した方が良い?」
私はアキヒロとナツミさんに聞く。
「いや、母さんが来る前に少し先に話を聞いておいた方が良い気がする。
母さんに聞かせたくない話かもしれないから……」
アキヒロはナツミさんの話を義母のタカコさんに聞かせたくない様だ。
「そう……しましょうか」
私はアキヒロの隣に座るとそっと彼の手を握る。
アキヒロも不安を隠す様に私の手を強く握り返した。
「何から話そうか……」
カナが隣に座るナツミさんの顔をチラッと見る。
「最初に聞きたいのですが……アキヒロさんのお父さんの名前はアキノブさんで間違いないですか? ナナハラ アキノブでしたか?」
「……はい。結婚してシノミヤ アキノブになりましたが、母と結婚する前は多分そうだったと思います。
父の事はあまり記憶に無いので。父の親類ども会った事も無くて……」
ナツミさんの質問にアキヒロは俯いて答える。
「そうですか。多分、カナとアキヒロさんは異母姉弟だと思います」
こうしてナツミさんの口からカナとアキヒロの父親『ナナハラ アキノブ』の事が語られた。
2人はナツミさんが高校生の頃、ナツミさんのバイト先のファミレスでフリーターだったアキノブさんと出会ったらしい。
そしてナツミさんの一目惚れと猛アタックで2人は付き合う様になり、2年が過ぎたそうだ。
しかしナツミさんが高校3年生のある日。アキノブさんは突然、姿を消した。
ナツミさんはアキノブさんの住んでいたアパートに行ったが既にそこに荷物は何も無く、もぬけの殻になっていて携帯電話も繋がらず一切の連絡も取れなくなる。
ナツミさんは『私の事が嫌いになったの? 振られたの?』とアキノブさんがいなくなった理由を考え続けていたが、ある日、自分の体の異変に気付く。
お腹の中に赤ちゃんが出来ていたのだ。
ナツミさんは悩んで1人でも子供を産む決意をし、その決断を応援してくれたのが後に戸籍上のカナの父親になる『マサヒデ』。
マサヒデさんはナツミさんとアキノブさんが働くファミレスのエリアマネージャーで、2人が付き合っていた事も知っており、アキノブさんが突然いなくなって落ち込むナツミさんの悩みを聞いたり相談に乗ったりしていた。
そしてナツミさんが1人で赤ちゃんを産むと決意した時に『僕がその産まれてくる子供の父親になりたい』とプロポーズしてくれて、2人はナツミさんの高校卒業を待って結婚した。
3月に結婚して4月に赤ちゃんが産まれる。
その子がカナだった。
そのままカナはマサヒデさんの子供として育ち、カナが高校生の時にマサヒデさんは病気で死んでしまう。
《ピンポン》
カナの出生の秘密をナツミさんから聞いていると玄関のチャイムが鳴った。
『お義母さんが来た?』
私はアキヒロの顔を見る。
「どうしよう。母さんに何て言えば良いんだ……」
ナツミさんの話す自分の父親の過去の行いを真剣な顔でアキヒロはずっと聞いていたがチャイムの音で母親が来た事を知り、会社のお金を使い込み浮気中に死んで沢山の人に迷惑を掛けた父親の更なる悪行をどの様に伝えたら良いのか考えられ無くなっていた。
「ごめんね、遅れてしまって」
アキヒロの母『タカコ』を私は玄関に迎えに行った。
「いいえ。こちらこそ、忙しいのに急に予定を開けて貰って済みません」
「それはいいのよ。それで大事な話しって何?」
「それは……リビングで」
タカコさんをアキヒロの隣に座らせると私はお茶を入れ直しにキッチンへ向かう。
「嘘でしょ!」
タカコさんの驚く声が聞こえ、私は急いでリビングに戻る。
そこには向かい合って座る二組の親子。
1人の男の勝手な行動で人生を変えられた2人の女性と半分だけ血の繋がった姉弟。
『私はここに居てはいけない気がする』
私はそっとお茶を並べると静かに家を出て母と子供達のいるファミレスへと向かった。
母と子供達と一緒にファミレスでランチを食べ終わった頃、アキヒロからスマホに連絡が来た。
『話し合いが終わったよ。帰ってきて』
スマホの画面を見て私達はファミレスを出た。
家の前には悲しそうな顔をしたカナとナツミさんが待っていて、それを見付けたリナちゃんがカナに駆け寄り抱き付く。
リナちゃんに抱き付かれてカナの顔が笑顔に戻る。
『リナちゃん、何か感じてカナに抱き付いたのかな?』
私はそんな3人の親子の姿を見てハルトの背中をそっと押した。
ハルトは不思議そうな顔で私とリナちゃんを交互に見ると走ってアキヒロに駆け寄り抱き付いた。
アキヒロの目には涙が流れていた。
ハルトを寝かしつけ、アキヒロと2人でいつもの様に並んでリビングのソファーに座る。
「僕はユキとハルトを幸せにするからね。約束!」
「うん」
「それと……カナさんと…………カナ姉さんとこれから少しずつ家族に成れたらと思ってる」
「うん」
《ピンコン》
スマホにメッセージが表示された。
『ユキ、また昔みたいな親友に戻れるかな?』
それはカナからのメッセージだった。
『もちろん!』
私はそう返事を返し、続けてもう一つメッセージを送った。
『でも、これからはカナは私のお義姉さんになるのかな?』
アキヒロとカナはこれから家族ぐるみで過ごす時間を設けて、姉弟に成っていこうと決めた様だ
私の長い1日が終わった。
こうして桜の咲く頃に再会した幼馴染みの親友は桜が散る頃、私の新しい義姉になった。
私の初めてのミステリー楽しんで頂けたでしょうか。
『ミステリーか?』と言われてしまう様な作品だったかもしれません。
では、また次の作品で。